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第✕話 不法投棄。
04
しおりを挟む門を抜けると、送り届けた時と同じように立ち尽くす男がいた。
──昔、父の秘書だったこの男は、今日の話題を知っていたのだろう。
頭と口の優秀さを買われ今でも目をかけられているハイテクロボットなのだから、定期不定期と行われるくだらない集まりのプログラムくらい把握している。
でもなにも言わなかった。
慎ましく頭を下げたくせに。
逃げる気もないが逃がさず確実に捕え送り出すと、これは父に信用されているから。
つまり咲野が不法投棄されることも、承知の上のタクシー役だったのだ。
忠谷池理久は。
「咲、帰ろう」
「いらね。一人で歩いてく」
自然に差し出された手をにっこり笑って叩き落とす。
口を噤んでいたことを責めてはいない。口を開くも閉じるも持ち主の自由でなんら不満はない。今は気分じゃない。
咲野を王様扱いする理久は神の騎士だというのに、いつも行儀よく、咲野のそれらしい振る舞いをする。
それを腑に落ちないと思う時もあれば、滑稽だと笑える時もある。
いずれにせよ承知の上で使っていた。
それも、もう。
家路につこうと一歩足を踏み出すと、目の前の男がらしからない表情をするので、つい首を傾げて笑ってしまった。
「なんで泣いてんの? オマエ」
高性能ロボットのように従順で朴訥とした冷徹な鉄仮面。
そんな男が無表情のまま、ボロボロと大粒の涙を流してうるんだ視界で自分を見つめている。
「どうしてだろう……」
理久は知っていた。
かつて人間性を奪われた産屋にこの人を連れてくるということは、心の痛みを感じない彼に深い深い傷を刻む時間を、黙認どころか勧めたに等しいということで。
現にたった今、なんでもないように実家から不必要と宣告されてきたわけで。
決して泣かない、泣けないこの人は。
笑っていると、わかっていた。
「……知っていてあなたをここへ連れてきた私も、同罪だ」
命じられたことをただ忠実にこなす自分は、こんな時でさえ強引に引き寄せて一緒に帰ろうだなんて言えず、一人で帰ると言う咲野をただ送り出すことしかできないのだ。
いつもあなたのためにと跪いているくせに、今はそれら全てが薄く感じる。
この家と関わりを失った咲野とは、セフレでも友人でもなんでもない自分は本当に無関係な人間へと成り下がった。
どうしようもない。手遅れだ。
半端に体を重ねてしまったから、理久の執着なんてバレている。
そうでなければビジネスライクな理由をつけて居座れたかもしれないのに。
味わった体温を忘れることもできず。
「一目惚れに呪われたことがあるかい?」
「ねーよ。オトクイの謎掛けは、これからは一人でやんなさいな」
いつも通り。
意味のわからない気取った言い草は、咲野にとってはジョークに過ぎない。真顔でそういう言葉を使うところが理久のいいところだと思っている。
理久とは、父親の人形として出会った。
学校へ行き始めた頃。
子守り代わりの世話係として、ほんの数年共に暮らした程度の繋がりだ。
実に十年以上の時を経て、ここにある出会いの成れの果ては、なかったことになる。
「歩きたい。足を踏み出すべきなのか。踏み出していいのか。どうやって、あなたのそばで歩いていけばいいのか……わからない」
理久があの日々から積み重ねた恋心と執着と庇護欲だけを、置き去りにして。
無関係になった自分が、それを抱えて追いかけて、そばで生きることを許される理由なんてあるのだろうか。
そんな自己嫌悪に囚われ、結局大人の足は動き出さずに未練がましく泣くばかり。
それがなぜかわからない。
咲野はなにもわからない。
人の心が、わからない。
「あはは。意味わかんねーし今更気にする必要性ないじゃん? 俺はいつでも一人で歩いてるんだし」
「……私は……どうしたらいい……?」
「怖いの? ダイジョーブ。指針をあげる。アヤヒサが歩いて行けるようにね」
頭のいいロボットはいつも物事を難しく考える。
昨日も今日も、そして明日も、違いなんてなにもないのに。
「かわいいアヤヒサ。お前はいいこ。泣くことに飽きたら、車に乗って、好きなところへ行っておいで。決して振り返らずに、ずっと遠くへ、さようなら」
──壊すことはできないね、と笑った彼に、壊れることはあったでしょ、と笑ってあげよう。
ロボットの恋心なんて知りもしない咲野は、満開の桜が散るように美しく儚い涙を横目に、一人で歩き出した。
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