人の心、クズ知らず。

木樫

文字の大きさ
上 下
182 / 319
第✕話 不法投棄。

04

しおりを挟む


 門を抜けると、送り届けた時と同じように立ち尽くす男がいた。

 ──昔、父の秘書だったこの男は、今日の話題を知っていたのだろう。

 頭と口の優秀さを買われ今でも目をかけられているハイテクロボットなのだから、定期不定期と行われるくだらない集まりのプログラムくらい把握している。

 でもなにも言わなかった。
 慎ましく頭を下げたくせに。

 逃げる気もないが逃がさず確実に捕え送り出すと、これは父に信用されているから。

 つまり咲野が不法投棄されることも、承知の上のタクシー役だったのだ。

 忠谷池理久は。


「咲、帰ろう」

「いらね。一人で歩いてく」


 自然に差し出された手をにっこり笑って叩き落とす。
 口を噤んでいたことを責めてはいない。口を開くも閉じるも持ち主の自由でなんら不満はない。今は気分じゃない。

 咲野を王様扱いする理久は神の騎士だというのに、いつも行儀よく、咲野のそれらしい振る舞いをする。

 それを腑に落ちないと思う時もあれば、滑稽だと笑える時もある。
 いずれにせよ承知の上で使っていた。

 それも、もう。

 家路につこうと一歩足を踏み出すと、目の前の男がらしからない表情をするので、つい首を傾げて笑ってしまった。


「なんで泣いてんの? オマエ」


 高性能ロボットのように従順で朴訥とした冷徹な鉄仮面。
 そんな男が無表情のまま、ボロボロと大粒の涙を流してうるんだ視界で自分を見つめている。


「どうしてだろう……」


 理久は知っていた。
 かつて人間性を奪われた産屋にこの人を連れてくるということは、心の痛みを感じない彼に深い深い傷を刻む時間を、黙認どころか勧めたに等しいということで。

 現にたった今、なんでもないように実家から不必要と宣告されてきたわけで。

 決して泣かない、泣けないこの人は。

 笑っていると、わかっていた。


「……知っていてあなたをここへ連れてきた私も、同罪だ」


 命じられたことをただ忠実にこなす自分は、こんな時でさえ強引に引き寄せて一緒に帰ろうだなんて言えず、一人で帰ると言う咲野をただ送り出すことしかできないのだ。

 いつもあなたのためにと跪いているくせに、今はそれら全てが薄く感じる。

 この家と関わりを失った咲野とは、セフレでも友人でもなんでもない自分は本当に無関係な人間へと成り下がった。

 どうしようもない。手遅れだ。
 半端に体を重ねてしまったから、理久の執着なんてバレている。
 そうでなければビジネスライクな理由をつけて居座れたかもしれないのに。

 味わった体温を忘れることもできず。


「一目惚れに呪われたことがあるかい?」

「ねーよ。オトクイの謎掛けは、これからは一人でやんなさいな」


 いつも通り。
 意味のわからない気取った言い草は、咲野にとってはジョークに過ぎない。真顔でそういう言葉を使うところが理久のいいところだと思っている。

 理久とは、父親の人形として出会った。

 学校へ行き始めた頃。
 子守り代わりの世話係として、ほんの数年共に暮らした程度の繋がりだ。

 実に十年以上の時を経て、ここにある出会いの成れの果ては、なかったことになる。


「歩きたい。足を踏み出すべきなのか。踏み出していいのか。どうやって、あなたのそばで歩いていけばいいのか……わからない」


 理久があの日々から積み重ねた恋心と執着と庇護欲だけを、置き去りにして。

 無関係になった自分が、それを抱えて追いかけて、そばで生きることを許される理由なんてあるのだろうか。

 そんな自己嫌悪に囚われ、結局大人の足は動き出さずに未練がましく泣くばかり。

 それがなぜかわからない。
 咲野はなにもわからない。

 人の心が、わからない。


「あはは。意味わかんねーし今更気にする必要性ないじゃん? 俺はいつでも一人で歩いてるんだし」

「……私は……どうしたらいい……?」

「怖いの? ダイジョーブ。指針をあげる。アヤヒサが歩いて行けるようにね」


 頭のいいロボットはいつも物事を難しく考える。
 昨日も今日も、そして明日も、違いなんてなにもないのに。


「かわいいアヤヒサ。お前はいいこ。泣くことに飽きたら、車に乗って、好きなところへ行っておいで。決して振り返らずに、ずっと遠くへ、さようなら」


 ──壊すことはできないね、と笑った彼に、壊れることはあったでしょ、と笑ってあげよう。

 ロボットの恋心なんて知りもしない咲野は、満開の桜が散るように美しく儚い涙を横目に、一人で歩き出した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

淫紋付けたら逆襲!!巨根絶倫種付けでメス奴隷に堕とされる悪魔ちゃん♂

朝井染両
BL
お久しぶりです! ご飯を二日食べずに寝ていたら、身体が生きようとしてエロ小説が書き終わりました。人間って不思議ですね。 こういう間抜けな受けが好きなんだと思います。可愛いね~ばかだね~可愛いね~と大切にしてあげたいですね。 合意のようで合意ではないのでお気をつけ下さい。幸せラブラブエンドなのでご安心下さい。 ご飯食べます。

見せしめ王子監禁調教日誌

ミツミチ
BL
敵国につかまった王子様がなぶられる話。 徐々に王×王子に成る

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

処理中です...