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6.女神の教示

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 倉庫の中に最初に響いたのは、大きな溜め息だった。
 それはもちろん俺の目の前の屈強な男から吐き出されたものである。

「……あのなぁ。スープに浸さないパンはパンじゃない。俺にサラダを作れっていうのか?」
「エルダさん、レイさんが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
「坊ちゃん、困りますよ。パン作りは遊びじゃない、生活なんです。思い付きで適当なことをして困るのは俺たちだけじゃなくうちのパンを買ってくれるすべての人だ」

 職人は見た目よりもずっと理性的で、それは紛れもなく大人の言葉だった。
 遊びじゃない。それはもっともだ。

 俺の代わりに叱られているリックに申し訳なく、口を挟もうとしたが上手い言葉が浮かばない。
 俺は自分がどうしたいのか、何をどう言えば様々な現状を変えることができるのかを見失いかけて、まるで子どものような言葉を口にした。

「……でも、どうしても食べたいんです。固いパンじゃなくて、柔らかくて、もっと味のするパンが」
「……どうして柔らかくする必要がある? 味なんてあったらスープの邪魔になる。おまえが食べたがっているのは一体なんなんだ?」

 職人の何度目かの溜め息が響いた。
 俺はもういよいよ逃げ出したくなり、頭の中では店の出口までの道順を想像しながら答えた。

「だから……だから、別にそういうパンがあったっていいじゃないですか……なんであなたは……あなたはパン職人なんだから、自由にパンが作れるのに固いパンしか作らない方が変なんです。もっと色々、美味しいパンを作ったらいいのに!」

 気付けば八つ当たりのように言い切ってしまっていた。

 勢い任せに言ったまま立ち上がり、俺はそのまま店を出るべくリックのいるドアの方へ向かおうとした。
 フロッカーさんと職人とは目を丸くして顔を見合わせた。

「レイさん待って!」
「悪かったね、リック。俺はやっぱり上手く自分の考えを伝えられない。世話になったよ、これからは自分でなんとかする」
「そんなこと言ったって……!」

 引き止めてくれるリックの腕を振り解き、半開きのドアを出ようとした俺の足に何かが纏わり付いた。

「ねえ、美味しいパンってなぁに?」

 そこにいたのはミーティだった。
 ウサギの人形を抱いて、俺の右足を幼い指で掴んでいる。

「……美味しいパンっていうのは」
「どこで食べられるの? 美味しいパンは、エルダが作るの?」

 ミーティの目は薄暗い廊下で不思議に輝いていた。

「ミーティ……」
「ねえ、あたしもそれが食べたい。柔らかいパンってなに? どんな味なの? エルダは本当はそういうパンが作れるのに、内緒にしてたの?」

 おそらく廊下で大人たちの話を聞いていたのだろう。
 ミーティは次々と質問を重ね、右に左に首を傾げた。
 それで肩の力が抜けたのは俺ではなく、リックだった。

「……ああミーティ、どうやらそうらしい。おじいちゃんとエルダさんにも言ってあげてよ、柔らかくて味のするパンが食べてみたいって」
「っ、坊ちゃん!」

 今度焦ったような声を出したのは堅物パン職人のエルダである。
 ミーティは俺の足を離れ、とことことエルダの椅子の前に進む。あのデカい男に食われやしないかというほどの小さなミーティは、しかし勇敢にも恋人の願いに答えてみせた。

「エルダ、あたしもそのパンが食べたい。作れるなら作って?」
「……お嬢さん、俺はそんなパンは作れませんよ。大体そんなものはパンじゃない、作れる人間なんていません」
「じゃあエルダが初めて作るの? それってとっても難しそうだけど、応援してあげる」
「……」

 今度の溜め息はそれまでとは明らかにトーンが異なるものだった。
 頭を抱えた職人がちらりと見たのはフロッカーさんの方で、フロッカーさんもまたそれに大きな溜め息で答えた。

「はぁあ……ミーティに言われちゃ仕方ないな。それで、どんなパンなんだ。本当に作れるかはわからんが、やってみるしかなかろう」
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