上 下
3 / 62

2.カンパラの町へ

しおりを挟む
「いやあ助かった! 見たところリック君は腕が立ちそうだ、俺一人で村を出るには魔物が恐ろしくてね!」

 恥やプライドを持ち合わせていない俺は年下の後ろで意気揚々と鼻歌混じりに歩いていた。

「リックで良いですよ。レイさんは剣や槍は持たないんですか?」

 町への同行者であるリックは純粋な目をしてそう俺に尋ねた。

 この世界では男はみんな、十二、三歳になる頃には何かしらの武器の訓練を受け、出かける際には武器を持つ。滅多にないこととはいえ魔物が人里を襲った場合に備えたり、遠出の際に身を守ったりするために戦闘スキルを身につけるのだ。
 だからそういうものを持たずに村を出ようとする大人の男を見て、リックが不思議がるのは無理もない。

「俺はこの通りヒョロヒョロで剣術や武術には向いてないからね。村には教えてくれる人もいなかったし」
「そうですか。僕は十八歳ですが、あと二年したら城の兵士団に志願するつもりで訓練しています。この辺りにいるような魔物には負けませんよ」

 リックは朗らかに笑い、ぐっと二の腕に力こぶを出してみせた。革製の胸当ての下の体も相応に厚く見える。

「確かによく鍛えられてるなぁ。俺より七つも年下なのに立派な志だ」
「レイさんは二十五歳なんですか? あはは、全然見えませんね。二十歳くらいかと思いました」

 悪意のない言葉だが、ほんの少し居た堪れないような気分になる。

 リックの身長は百七十五センチほどだろうか。俺よりも五センチ以上高そうな上に、切れ長の目と同じ色の髪は綺麗な栗色をしている。物腰も柔らかく育ちの良さそうな言動からして、いかにも都会風だった。

「俺は田舎者だからな……リックのように洗練された雰囲気が羨ましいよ。魔物と戦ったこともないし、学もない。俺もせめて町に生まれていたらなぁ」

 前世でもごく普通の人間だった俺は、それでも環境のおかげでそれなりの人生を歩むことができていた。人間性が変わらなかった今世では、前よりも過酷な環境に置かれてしまったせいか年齢よりもずいぶん社会経験の少ない、少々無様な男になってしまっている。

「でも、これからその町に行くんですから大丈夫ですよ。町では何をするんですか? 商売? それとも、旅に出る支度?」
「いや、実はカンパラの町のパン屋に行きたくてね。俺は美味しいパンを食べたいんだ、村で食べられるのは固いバゲットばかりで」
「パンを食べる?」

 俺の答えが意外だったのか、リックは目を丸くして頓狂な声をあげた。

「そうだよ。作るのも結構好きだから、できればカンパラのパン屋で働けないかと思って。作りたいパンもたくさんあるし」

 俺はまだ見ぬカンパラの町とそこにあるパン屋を想像し、自然と口角が上がる。
 惣菜パンとはいかずとも、ベーグルやフォカッチャのようなものならあるかもしれない。サンドイッチが売られていれば、惣菜パンの作られる世界はすぐそこだと言っても過言ではないだろう。

「……カンパラにパン屋は一つしかないですよ。そこで働くつもりですか?」
「え、知ってるの? どんなパンが売ってる? ふかふかしたパンとか、何か挟んだり乗せたりしたパンも売ってるかな? 俺が作りたいのはそういう美味しいパンなんだ」
「知ってるも何も……カンパラに一つしかないパン屋、フロッキースのオーナーは僕の父なんです」
「ええ? じゃあ、リックの家がパン屋だってこと?」

 今度は俺が目を丸くする番だった。
 なぜか申し訳なさそうな顔をしたリックは頷き、そして背負っている鞄の中から薄紙の包みを取り出した。

「これ、よかったら食べてください。うちで作っているパンです」
「いいの? ありがとう」

 薄い包みを開いてみると、そこには見慣れた生地の固そうな、丸いパンが入っていた。

「ブールです。食べやすい大きさなので一番よく売れるんですよ」

 ブールというのはバゲットと同じような生地で作る、丸型のパンの名前だったはずだ。
 俺はほんの少し嫌な予感がしたものの、そのパンをちぎってみる。いつもマウイばあさんの家で食べていたパンと同じような感触で、それよりは少し香ばしいような気もする。
 ちぎったかけらを口に放り込むと、まだ村を離れて数時間しか経っていないというのに、マウイばあさんの皺だらけの顔がなんだか妙に懐かしく思い出された。

「……うん。おいしい、ね」
「無理しないでください。自分の家だけど、なんでもない平凡なパン屋だということはよくわかっています。レイさんが求めているような不思議なパンは売っていなくて、たぶんレイさんが食べ慣れているという固いバゲットもうちの商品だと思います」

 アサの村にも時々パンを届けに行くので、と付け足し、リックはまた申し訳なさそうに笑った。

 さて、申し訳ないのはこちらの方である。
 固いと散々こき下ろしていたパンは俺を親切にカンパラの町まで送り届けようとしてくれている青年の家のもので、せっかく貰ったパンもどうにも二口目が進まない。この固いパンはとにかくそのまま食べるには不便なもので、スープに浸して柔らかくしないと噛むことも容易にはいかない頑固者なのだ。
 俺は一口目をようやく飲み込み、貰ったパンの残りを自分の鞄に入れた。

「いやあ……なんだか色々と申し訳ないね。俺はその、えーと、世間知らずで」
「気にしないでください。うちの店にはレイさんの気に入るパンはないかもしれないけど、働いてくれる人なら募集しています。もしレイさんが来てくれるなら僕も嬉しいです」
「本当に?」
「父はパン作りを引退して今は隠居の身なんです。弟子の職人さんが一人いて、本当なら僕が跡を継がなきゃいけなかったんですが……」
「あ……リックが兵士団に入るなら、後継がいないということか」
「職人さんもまだ若いので当面の心配はないんですが、彼もいずれは自分の店を持ちたいらしくて。弟子を取ろうとしたこともあるんですが、何しろ職人気質の気難しい人なので……」

 俺はまた嫌な予感がした。
 パン屋の状況も知らず働きたいと言い出す世間知らずの男がいて、気難しい職人がいるとなればその結果は明白である。

「……俺、もしかして秒で追い出されちゃうやつ?」
「……僕からも口添えはしますが」

 木々の開けた小高い丘に出ると、遠くカンパラの町が見えてきた。
 目標に近づいたはずの俺の気分は下降の一途を辿っている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

元銀行員の俺が異世界で経営コンサルタントに転職しました

きゅちゃん
ファンタジー
元エリート (?)銀行員の高山左近が異世界に転生し、コンサルタントとしてがんばるお話です。武器屋の経営を改善したり、王国軍の人事制度を改定していったりして、異世界でビジネススキルを磨きつつ、まったり立身出世していく予定です。 元エリートではないものの銀行員、現小売で働く意識高い系の筆者が実体験や付け焼き刃の知識を元に書いていますので、ツッコミどころが多々あるかもしれません。 もしかしたらひょっとすると仕事で役に立つかもしれない…そんな気軽な気持ちで読んで頂ければと思います。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...