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序章・この素晴らしくも狂った世界へ

第2話

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謁見の間は緊張感に包まれていた。高い天井、壁一面の絵画、重厚なカーテン。その中央に据えられた玉座に父が座っている。父の表情は、まるで世界樹が枯れたと聞かされたかのように深刻だ。

「エルミア、お前ももう大人だ。そろそろ婿探しだ。好きな相手を言ってみよ。ドワーフでもオークでも構わんぞ」

父の声が静寂を破る。私は深呼吸をして、覚悟を決める。

「父上、私エルミア・アズルウッドは生涯、独身貴族でいきます。結婚とかお断りです。私の伴侶は自由と趣味だけで十分です」

言い終わった瞬間、部屋中の空気が凍りついた。父の顔が見る見る青くなり、側近たちは互いに顔を見合わせ、小声でザワザワと議論を始める。

「え?マジで?エルちゃん、冗談だよね?それとも呪いでもかけられたの?」

父の口調が急に崩れる。私は背筋を伸ばし、毅然とした態度で答えた。

「ええ、もちろんです。独身最高!結婚よりも趣味の方が大事です。私の人生は私のものですから」

父の目が点になる。彼は王冠を外し、額を押さえた。その姿は、まるで全ての希望を失った老人のようだ。
見た目は青年だが、彼は数千年の時を生きた老王なのだ。

「で、でもぉ……王族の義務が……跡継ぎが……」
 「それならお兄様がいます。ねえ、お兄様?あなたが王国の未来を担ってください」

私は兄の方を向く。長い金髪が光を反射して輝いている。整った顔立ちは彫刻のようで、女性たちが彼を見るたびにため息をつくのも無理はない。

しかし……。

「なるほどな」

兄の声が静寂を破る。彼の深緑色の瞳が、何かを悟ったかのように輝いている。
長い金髪が肩で揺れ、私に向かって微笑む。その端正な顔立ちは、エルフの美の極致を体現しているかのようだ。

「お前が俺にそんな想いを抱いていたとは知らなかった。さすがは我が妹だ、良い趣味してるじゃないか」
「え?」

思わず声が出る。頭の中で歯車が狂ったように回り始めたような気がした。

「よし分かった。お前を俺の妻にしてやろう。これなら王国の未来も安泰だ」

あ、ダメだこれ……。と察した私だった。何が悲しくて自分の兄と結婚しなきゃならんのだ。
確かに兄はとんでもない美形だが、それとこれとは話が別だ。エルフの寿命なんて考えたら、永遠に付きまとわれるようなものじゃないか。


「いえ、それは結構です。私の言葉、聞こえてました?独身貴族になりたいんですけど」

私はキッパリと断る事にした。だが兄は諦めず、尚も言い寄ってくる。その目は、獲物を見つけた狩人のように輝いている。

「遠慮するな。俺たちの愛は世界樹よりも深いはずだ」
「遠慮なんかしてません。むしろ世界樹の根っこくらい遠ざかりたいです」

父は呆然とした表情で私たちを見ている。


「父上。兄上の脳味噌が心配です。頭でも打ったのでしょうか」

兄は悲しそうな顔をして言った。

「エルミア、お前の冷たい態度が俺の心を氷らせる」
「それなら溶かさないでください。そのまま凍ったままでいてください」

謁見の間に緊張感が漂う。
重厚なカーテンが微かに揺れ、壁の肖像画が私たちを見下ろしているようだ。私は深呼吸し、背筋を伸ばして父に向き直る。

「とにかく!私は、金輪際!結婚しませんから!独身エルフの道を突き進みます!」

私の宣言に、謁見の間は騒然となった。側近たちの小声が蜂の巣をつついたように飛び交う。父は眉間にしわを寄せ、言葉を探しているようだ。
やがて、諦めたように大きなため息をつく。彼の王冠が少し傾き、宝石が光を反射して目がくらむほどだ。

「あーうん分かった。無理なんだね?まぁ、成人と言っても私からすればまだ子供だ。もう少しゆっくり考えれば良いよ。千年くらい考えてもいいからね」

その言葉に、私の肩から力が抜ける。良かった。分かってくれたみたいだ。
安堵の表情を浮かべる私。しかし、父の次の言葉で、その安堵は一瞬で吹き飛んだ。

「でも、縁談の申し込み受け付けちゃったからさぁ、来たら一応目を通しといてくれ。公爵家の御曹司とかちょっと断り辛いのもあるから……あと異種族の王子様とか」
「えぇ……まぁ、目を通すくらいなら……」

どうせ私に縁談なんてそんなに来ないだろう。そう思いながら渋々頷く。

「縁談を断ってまで俺とツガイになりたいとは、エルはよほど俺のことが好きなのだな……」
「ええ、そうですね。兄上のことは大好きです。そこら辺にいるカタツムリくらい好きです」

真顔で答える私に兄はニヤリと笑う。

「可愛い妹の為だ。俺も応えてやらねばならんな」
「ごめんなさい。今の言葉、全部嘘でした。実はカタツムリのほうがずっと好きです」

そんなやりとりがしばらく続き、私が婚約を断るという話はうやむやのままになってしまったのだ。

「ははは、エルミア。お前の冗談は本当に面白いな!いつからそんなにジョークが上手くなったんだ?」
「ありがとうございます。でも冗談じゃないんですよ。冗談なのはお兄様の頭の中身です」

私の兄の声が、謁見の間にいつまでも木霊していた……。



♢   ♢   ♢



「あぁ、思い出した……」

私は頭を抱えて、謁見の間での出来事を回想していた。

「姫様、大丈夫ですか?」

セルシルが心配そうに私の顔を覗き込む。私は慌てて笑顔を作ると、彼に言った。

「ええ、大丈夫ですよ」

しかし、その笑顔が引きつっているのを感じる。縁談というか、兄様とのやり取りを思い出し、気分が悪くなっているだけなのだが。

「しかしまさかこんなに縁談の話がくるなんて……予想外でした」

私は頭を抱えながら呟く。机の上には山のような縁談状の束。
まるでうちの国の森全部切り倒してできた紙の山だ。

「そりゃ王族だから少しは来るだろうと思ってたけど、まさかここまでとは。これじゃ私の人生、お見合い地獄行きですよ」
「姫様はご自分の美しさを理解しておられませんな。この国一番と言っても過言ではない程に美しい姫様を妻にしたいと思うのは当然の事です」

セルシルがニコニコと微笑む。まるで孫の初恋を喜ぶおじいちゃんみたいだ。

「セルシル、それ褒めてるつもりかもしれないけど、私には『あなたは顔しか取り柄がありません』って言ってるように聞こえるわ」
「も、申し訳ございません!そういう意味では……その、あの……」

慌てるセルシルを見て、私は思わず吹き出してしまう。

「冗談です。そんなに慌てなくていいわ。私の美貌を褒めてくれてありがとう。でも、その美貌のおかげでこんな山積みの縁談状が来ちゃったんだから、複雑な気分だけれど」

見た目だけで選ばれた相手なんて、絶対にイヤだ。そもそも結婚なんてする気はない。
だって、まだ一人の自由を謳歌したいし、私はまだ若すぎるだろう。

……あれ?私って何歳なんだっけ?

「ん?」

不意にセルシルのカバンから一枚の写真がヒラヒラと落ちる。私が拾い上げると……。

「おや、これは」

そこに写っているのは、まるで絵画から抜け出してきたかのような美青年。
金髪を腰まで伸ばし、整った顔立ち。煌めくような紅い瞳が写真の中から私をジッと見つめている。

「まあ、なんて美しい……まるで王族のような高貴な雰囲気を纏う青年……」

一瞬、見惚れてしまう私。

しかし次の瞬間……。

「ってお兄様じゃねぇか!」

その事実に気付いた瞬間、私の表情が一変する。
その写真をぐしゃりと握り潰すと、床に落とし、そのまま踏みつける。

「セルシル、これは燃えるゴミに出しといてください。いや、燃やすのも惜しい。お兄様の自意識過剰を養う餌になりそうだから」
「畏まりました」

そう言って彼は何事もなかったかのように他の書状を整理し始める。
私は妹に求婚するという兄の理解不能さに呆れながらも、大量の縁談の写真と向き合う事にしたのだった。

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