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第七十七回『最強の敵?! つまんない星人の来襲!』
しおりを挟む脚に違和感が走った。
生々しく、やや滑りのある触感に足を取られて悔やみ、即座に怒りが込み上げてくる。
誰だ、こんなところに犬のフンを置き去りにしたのは!
しかしそこはスタジオで、セットの居間で、犬のフンと思わしきそれは闇に溶け切ったミカパイセンだった。
あのちゃんを背中に背負ったまま、こたつに突っ伏して沈黙している。
これはミカパイセンなのか? タタリガミやクサレガミのどろどろのようでいて、すでに顔、形、それら原型を留めていない。それなのに私ことマギはなぜパイセンだと思ってしまったのか。あのちゃんの存在もあろうが、普段から犬のクソのように思っていなければ、とてもこうはいかない。いやしかし、私だってそこまで無礼ではない。しかし、ときどきは、そう。犬のクソかあるいは、柴犬が散歩中やたらに雄々しい顔つきをしたかと思えば、肛門からぽろぽろ垂れこぼしているやっぱり排泄物のように思うことが確かにある。
認めざるを得まい。
私ことマギは瞳を固く閉ざして、意を改める。
これは犬のクソだ。また私に心配という名のシャベルとポリ袋を持たせて世話を焼けと肛門を向けた、何なら喋る分、犬のクソよりもなおタチの悪い、犬のクソ以下の何かなのだ。
私ことマギは、くるりとお座敷を一回りして、横についた。
「…………」
「…………」
死んでいる?
もしかしたら、これは、死んでいるんじゃないか?
そこで私は改めてその可能性を考慮するに至った。
というのも、私はまず、おはようございますを一応言いかけて、そこでなぜ犬のフンに挨拶をしなければならないのか? という思考迷路に行き当たり、躊躇うこと数秒、犬のフンに挨拶をしたくないばかりに、もしかしたらこれは死んでいるんじゃないか? と逃げ道を思い浮かべ、この可能性に行き着いたのだ。
死んでいるならば、とりあえずのところ、挨拶はしなくてもいい。それどころか、救急車を呼ばなければならない。しかし、まだ息があるとなれば、もう少し話が変わってくる。
放っとけばこのままパイセンは死ぬからだ。
これは何も独善的なばかりではなかった。正直、そうしてあげたほうがこの人のためなのではないか? とも思われるからだ。
私はこたつに突っ伏したどろどろを前に苦悶する。
救急車を……いやこの人がこれ以上生き続けて何とする? 幸せになれることがあるとでもいうのか? それならばいっそ……いっそ、このまま……。
「うぅ……あぅぅ……」
そのときマギは見た。
テーブルの斜め前、どろどろになったミカパイセンの背中から、身を乗り出すあのちゃん。その姿はどこかどろどろの様子を伺っているように見えた。
少し前に聞いた海外の悲惨なニュースを思い出した。ちょっとコメディの枠では語るにも憚られるような、とある父子家庭で起きた悲劇だ。
しかし、マギこと私はそのニュースを思い出していた。
それでも、この二人には何かしらの絆が芽生えているのかもしれない。あのちゃんにとっては、ミカパイセンは犬のクソではないのかもしれない。
私は少し考えて、どろどろをゆすった。
「パイセン。溶けてますよ、どうしたんですか?」
「……ん。あ、あぁ、マギ……」
思った通り、どろどろはミカパイセンだった。
力無く眼球をこちらに向けると、ミカパイセンはだらだらとして言った。
「大変なんだけど……でも、あー、まぁどうでもいっかーってことでもあって……でもどうにかしなきゃなぁってことではあって……でもどうすることもできないのでは? ってことでもありつつ……」
「めんどくさい。はっきり言え」
「つまんない星人が来襲してるんだ」
「つまんない星人?」
「そう。何もかもをつまんなくさせる異星人が来襲して、我が心のプラネットは陥落寸前……」
「意味がわかりません。なんですか、そのつまんない星人って」
「何もかもをつまんなくさせる異星人。それに心のプラネットを制圧されると、何をやってもつまんなくなるんだ。色んなことを試そうとするんだけど、試そうってところで終わるほどに何もかもがつまんなく思えてくるの」
「つまり、双極でいう、躁の反対。鬱状態ってことですか?」
「それが……今までの鬱は悲観的になるくらいで、むしろエンターテイナーとしては吟じやすい、良い状態でもあったの……感覚的な力はみなぎってる状態でもあるし」
「はぁ……そんなもんなんですね」
「駿さんも、こういう気分の時にこそ描くんだって言ってて。あーわかるわかる。ってなるよ。けど、今度のはなんかこれまでのとは違って……」
「今までの鬱よりも、もっと酷い鬱ってことですか?」
「そう……さっきも言ったけど、こういう時はこれして元気出そう! とか、一方感傷的なものが浮かびやすいとか、あるわけじゃん」
「うん」
「だけど、今度のは、それをしようとしても、したところでなぁ……って思っちゃって、するまでにも至れないの」
「それさ」
「うん……」
「双極を超えた、ガチの鬱が発症したってことなんじゃないですか?」
「つまんない星人の来襲なんだ」
「いや、そうじゃなくて……」
「今の私には何をやらせてもつまんなくできるよ」
「じゃあーよし。パイセン、見て!」
ジャン! とマギが取り出したのは、ポップコーンのアレだった。銀紙に包まれたフライパンみたいなので、家庭でポップコーンを作るアレだ。これを見て楽しくならない人はいないだろう。
「ほらー、どうです? 小鳥遊! 台所!」
マギの一声で小鳥遊はセットの外にコンロを用意し、マギはポップコーンセットを焼き始めた。
「あ、ほら、もう弾けてきた。ぽんぽん言い出してきた! ポップコーンの良い匂いがしてきた! これをやってワクワクしない人はいませんね?!」
「…………」
「うそでしょ……」
マギはポップコーンセットをその場に取りこぼした。
ミカパイセンはポップコーンの良い匂いがしてきても、ぽんぽん弾ける音が聞こえてきても、うんともすんとも言わないのだ。
「そんな……パイセン……」
「うぅ……あぅぅ……」
マギはお座敷に戻るや、焼きたてのポップコーンを一粒二粒あのちゃんの口元に運んで、自分も摘みつつ、ミカの様子を伺う。
「……ね? 何をやっても無駄なのさ。楽しい気分には永遠になれない気がする……」
「ぐぬぬ……こうなったら——スマブラだ! 小鳥遊! スマブラ!」
小鳥遊はすぐにSwitchと人数分のスイッチ仕様ゲームキューブコントローラーを用意して、お座敷のテレビに接続した。
キングダムハーツのソラ(豆:キングダムハーツ自体は旧スクウェア現スクエニ産のゲームだが、その実ソラはなんと、あの夢の国のキャラという位置付けである。それゆえに非常に難しいとされていた)まで、総勢87名ものファイターが集う細かくもダイナミックなキャラ選択画面は、もう見てるだけでワクワクしてくる。あんなキャラからこんなキャラまで?! これを見て興奮しない小学生もといゲーマーはいないだろうという面子だ。
次はソウルシリーズやまさかのACやデスストのサムやホロウナイトなんかもピックアップしてほしいところだ! セイバーは……元が18禁だから、いくら望まれても、一生難しいかもしれない……。一方、2Bは百パーくると思うし、最初の目玉キャラになりそうではある。
桜井さんのYouTubeが惜しくも終わるみたいだし、Switch2のローンチに来るかどうか……はてさてと今後の展開を考えているだけでもワクワクしてくるのが、スマブラだった。
「あー、ちょ、小鳥遊! カービィで吸い込むな」
『ファルコォーン、パァーンチ!』
「出たー! カービィでファルコン吸い込んで、ファルコンパンチの可愛さ連発するやつー! ……ちらっ」
「…………」
「うそでしょ……」
ミカはゲームキューブ仕様のコントローラーを握りしめたまま泥化していた。
このままミカパイセンは犬のクソに成り下がってしまうのか。
彼女を救えるものは……精神科くらいしかいないのかもしれない……。
続く。
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