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第四十九回『信用してはならない言葉なのだった』

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「ねーねは(ズキューン)年の四月二十九日産まれだから、穏やかで母性的な真実探究者だって……」
「あらあら」
「当たってるっちゃ当たってる……」とリツ。
 その日はキャストの四人でお出かけ。途中本屋に立ち寄り面白いもん見つけたといってミカが買ったのは太宰治全集四巻と占いの本。
 太宰はともかくとして、四人は喫茶店で自分たちの今年の運勢を調べてみることにしたのでした。
「…………」
 が、マギは占いやら心霊やらそういった眠たい類の話には懐疑的。
 朝のニュースで結果が最低だったら一日最低なのか? 最高だったら推しと街中でばったり遭遇して、ファンサしてもらえるとでもいうのか。そんなことないだろ? 占いなんてアホじゃねーの。てめえの欲はてめえでつかむもんだろボケナス共。こんなん何が面白いの? 占星術師とか(笑)。あんなのみんな捕まってないだけの詐欺師だろ。なんで統一教会やらジャ◯は吊るされたのに奴らはまだピンピンしてんだよ。民放ぐるみの公開宗教洗脳体質、ぜんぜん改善されてねえじゃん派でした。
(そこまで思ってねえし、言いすぎなんだよいつも! なんかナレーターで人を悪者みたいにすんのやめてくんない)
「私は? 私は?」
「リッちゃんは(キュピーン!)年の一月第三月曜日産まれだから……」
(日でいえ、日で。特定されてないの?)とマギ。
「あったあった」
(あんのかよ。一月の第三月曜日産まれ用の項目)
「ええと、苦難に負けず、虎視眈々と上位の寝首をかこうとする野心家……だって」
「まぁまぁ、まさにリツそのものねぇ」
「別に寝首をかこうとはしてませんよ。マウント取りたいだけです」
「基本的に他人を信用しておらず、また自分がこの世で最も尊ばれるべき愛され人格だと陰で自覚しているので、内心では自分のことを最強だと思っていますが、如何せん世界は広く、調子こいて本物の実力者に挑みかかった結果、集団で公然とボコられた上、腕と脚、鼻を無くします」
「あー……」
(あれ、これヒソカの占いだっけ? あと、あー、じゃねえよ。心当たりあんのかよ……危機感、機能させろ……!)
「ただあなたはめげないので、それでも今度は一人ずつやっていけばいいか。と思考を柔軟に切り替え、根性でこれを乗り越えられます。何事もクジラの腹に飛び込むつもりでやってみると良いでしょう。ラッキーアイテムは蜘蛛と壺、鎖……だって」
「蜘蛛と壺と鎖? どれも関連性なくて、なんかよくわかりませんね……」
(めっちゃわかったよ! 今の、特定の読者にはめっちゃわかるキーワードだった!)
「よし。じゃあ次はマギ……」
「私はいいです」
 マギはそっぽを向いてきっぱりと言った。
「えー一緒にやろうよ。私だって特に信じちゃいないけど、それなりに面白いよ? こういうので浮かれるバカを演じてみるのも」
「複雑な楽しみ見出してんじゃねえよ。……でも、私はそういうのやっぱ、なんか胡散臭くて。それにパイセン、もし上岡龍太郎氏がこの場にいたら、なんて言うと思いますか?」
「ぐ……そ、それは……たしかに……」
「危険だって言って、一刀両断してたんじゃないですか。龍を継ごうというものがそんなんでいいんですか」
「……私もね。信じているわけじゃないの。けど、占いは一生懸命生きてる人を幸せにするものだと思うから。結果次第でそうならないように努力したり、逆に良ければそうなるように努力したり、そうやって頑張りを促せるものでしょ?」
「…………」
「受け売りよ! 今の言葉。TVで占い師がそんなこと言ってたの。何年かしてその人詐欺師で捕まったんだけど」
「銀河の祖母?」とリツ。
「そうそう!」
「……んー。まぁ、パイセンがそこまで言うなら……そこまで頑なには拒みませんけど……」
 マギもゲッターズの本に占ってもらうことにしたのだった。
 …………。
 その、背中側の席で……ベレー帽を被った作業員風の男が耳を澄ませて、神経を尖らせていた。
(今の巻き戻せるか……?)
 数秒前に自分の耳が確かに聴いた言葉を思い返しながら、目を笑わせた。
(おそろしくさりげないパロディ……オレでなきゃ聴き逃しちゃうね……)
「お客様……?」
 その変な人はくっくっくっと笑いながら席を立つと、会計に向かった。しかしいざレジに着いてからようやく伝票を持ってないことを思い出して、きょとんとする店員さんに「あっ……あっ、で、伝票忘れちゃって……へへっ」とか痛い笑みを浮かべながら、一回席に戻るのだった。
 とっても恥ずかしい恥ずかしいなのだった。
「お待たせしました。デミグラスオムライスでございます」
「あ、私です」とリツが律儀に挙手した。
 一方、四人の天使がいる席では、ほかほかの湯気が立つ黄色の輝く宝箱。オムライスが届けられていた。
「本当に良かったんですか? 皆さん、頼まなくて。お腹空いてないの?」
「と思ってたけど、現物見るとお腹空いてきた」とミカ。
 マギ、レイも続けて、
「同じく」
「私もー」
「一口ちょうだい」
「ええー……だから、頼めばよかったじゃないですか。今からでも頼めば?」
「でもそこまででもないんだよ。一口くらいでいい腹具合」 
「同じく」
「私もー」
「このビッチども、こういう時の連携はうめえんだよなぁ……はぁ、一口だけですよ?」
「ありがとうありがとう。喫茶店のオムライスって訳もなく美味そうに見えるよね。食べてみると家で作るのと同じ、何だったら私が作ったほうが見た目はともかく味は美味くね? ってオムライスなんだけど」
「わかる。海の家の焼きそばのようなもん」
「じゃあ食うなよ。私は自分で作ったのじゃなく、喫茶店のオムライスが食べたくて頼んだんだから」
 リツは言うと、オムライスの皿を他の三人の前に差し出した。
「んじゃいただきます!」
 ミカはスプーンを利用してすくえるだけの分を切り取ると口に流し込もうとし、
「いや待て。お前、それはどう見ても十口くらいあんだろ」
「え、私の一口いつもこんなだけど」
「もうやめろってぇー! お前……お前もうこれ絶対あれじゃん! みんなで食べて私の分なくなるヤツじゃん! 見え透いてんだよ、オチが! 頼めよ! 食べたいなら! やめて! 私はガチでお腹空いてるの。だから頼んだの!」
「ええー一口だけだから」
「それ、この世で最も信用できない言葉の一つだからー……」
 そして帰ってきた皿には、案の定、ピサの斜塔のごとき赤い米の柱と申し訳程度の卵の切れ端が残ってるのみなのだった。
 マギならプロレス技の一つも出ているところだが、そのようなスキルのないリツはイタイイタイなのだった。
「おい、ビッチども。おい、おい……! ……おーいぃぃぃーーーっ……!」
「うん。この喫茶店のオムライス美味い。あとリッちゃん、それ銀魂?」
「これは美味い。三つ星あげたい」
「これは家庭では出ない味ねえ」
「おぃーーっ! 一口って! 一口って言ったじゃん! なんで?! なんで! こういうことするの?! 信じらんね! 私が頼んだのに、私が一口しか食べられないっ!」
「人類のまだ知らない物理法則が発動した」
「それは仕方ない」
「あらあら」
「あらあらじゃねえよっ! お前、これ、二口いったやついるだろ! 正直に手ぇあげろ!」
「……うるさいですね」
 店員が気付いた。
「他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いします……」
 最近はクレーマーも多い中、こんな風に店から注意するのはそれこそ清水の舞台から飛び降りるような覚悟がいる。それを押してまで注意されるほどに四人の席はうるさかったということなのだった。
「ほら、リッちゃんがうるさいから」
「おい! ちげぇだろ! お前らが人のオムライス食うから!」
「なんかあれですね。確かにちょっと店の人に迷惑かも。そろそろ出ます?」
「そうしましょうか」
「おい! 私、オムライス……!」
「ほら、リッちゃん最後の一口はよ」
「……くっそ。お前ら公園に行ったとき覚えてろよ。ブランコに磔にしてやる……絶対磔にしてカラスの餌にしてやる……」
 四人はそうして店を出たのだった。
 みんなしてヒドイヒドイなのだった。





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