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第二十一回『メアリがいっぱいコレクション』
しおりを挟む「嘘だよ。バランスなんかとらねーよ! むしろ一層尖っていく。世はまさに世紀末だひゃっはーっ! 小鳥遊! ロードローラー持ってこいよロードローラー!」
休憩明け。
中村のカットとともにミカがベロを出し、両手の中指をカメラに向けてぴんと伸ばしながらタイトルアップ。
「汚物について語ろうぜ消毒すべきこの世の汚物について! まずよぉ! ざまあ、ぶっ潰したい! 雌オタどもの逃げ道を塞いで、尊厳を根こそぎぶっ壊してやりてぇぜっ! へへへへっ! 都合のいい悪役を仕立てて、いもしない架空のゲス女をこき下ろすのが趣味になってる時点で、ソイツの尊厳はすでに失われてるも同然だがっ! その死体を蹴り飛ばしてサッカーしながら笑い転げてやりてぇっ!」
「約束の日までまだ半月だぞ……今からそんなでどうする、ミカパイセン」
「知ったことか! この世にはサンタなんか来ない連中のがずっと多いんだよっ! 手話? 知らないねぇ!」
ミカは右の肩パッドについたホコリを、同じく右手で払うように二回振り、続けて、お嬢様笑いの要領で頬につけ、そりかえらせた手のひらを、反対の手の指先で再度後ろに払いながら言った。
「そんな遠い昔の設定、忘れた!」
人差し指で頬を突いてから、面前に指をそろえて出した手をくるりと翻してみせ、指でネクタイを表すように人差し指と親指を広げながら首から胸先まで腕を下げる。
最後に人差し指で自分の鼻先を指した。
「嘘だよ! けど、もう我慢の限界なんだよっ、この世というこの世に、私は!」
「ちゃんと推しを推さないで斜に構え、構ってほしさのすえに天邪鬼で暴論ぶっぱなすから自己嫌悪に押しつぶされてそうなるんですよ。適当に可愛い可愛い言ってりゃそれでいいのに」
「うるっせえ! いいんだよっ! 知らねえんだから。私のことなんか何も見てねえんだから向こうは!」
「泣くなよ」
ミカはトゲトゲ腕輪のついた手の甲で目元を拭うと、バタフライナイフを両手で開き、きちんと末端を金具で留めながら、またベロを出してその刃先を舐めた。
「……へへへ、話戻すと、ざまあとか転生とか、私、あれ大嫌いなんだよねっ! タイムリープも大嫌い! なに、あの主人公に都合よすぎる展開! 無敵かよっ! そんなことできんなら。できんならさ……誰も不幸になんかならねーんだよっ! ズルいじゃんっ、そんなの!」
「泣くなよ」
ミカはまた人差し指の付け根で目元を拭うと、初めてのハロウィンでそわそわする悪ガキのように言った。
「……この間してきたけどなっ! へへへへっ!」
「ミカ先輩はずっとクリスマスとV嫌いですけど、尋常じゃないですよ。過去に何かあったんですか?」
「あった」
「よしよーし。じゃあ、今年は四人でクリスマス女子会しますか」
「うん、私、ときどきね」
ミカはトゲつきパッドの肩を縮めて、改めて腕までコタツに入れながら告白した。
「いっそマギが男だったらなーって思うよもう」
「百合展開拒否ったのパイセンじゃないですか。なんか中高生のストローがどうのこうのって」
「これは百合じゃないだろし、違うんだよ。ビアンとかそういうことじゃなくて、そんくらい仲の良い同性の子っていない? 子供の頃からズッ友で、もう家族みたいなやつ。で、いっそコイツが男だったらな、って何の気もなく思うこと。でもさ、私なんかのために引き止めとくこともできないし、そのうち結婚とかしたら、自分は潔く消えないとな……って今から腹括ってるやつ」
「せつねえよ」
「それもストックホルム症候群に近いものかもしれませんね。つまり、『自分にはその人しかいない』って錯誤がその人を中心に世界を構築しようという偏向性の意識に変わるわけです。ぜんぜんそんなことないのに」とリツ。
「ストックホルム、懐広いな」
「なんかそういうの、特別意識する人が大勢だと思うけど、実際人間誰しもあると思うよ。真実の意味で分かり合えてしまうのが、異性ではなかったってだけのこと。いないじゃん、そもそも自分のことそんな理解して甘えさせてくれるやつなんて。もし、この気持ちがわからない人がいたら、たぶん理解されることの嬉しさを知らないのだと思うよ。幸せものだね」
「……ふつーとりあえず、まず家族に認められてるものですからねー。それ言うとレイさんはなんともなかったんですか?」
「私は幼稚舎育ちですし。物心ついた頃にはもう親元を離れておりまして……」
「ねーねは私立リリアン女学園出身だからね」
「リリアンって……マリ見てか」とリツ。
「白薔薇様って呼ばれ、後輩から慕われてたんだぜ」
「マリ見てか」
「上級生が通りがかると下級生の子は姿が見えなくなるまで深くお辞儀してたんだって」
「宝塚か」
「おろ?」
「宝塚か」
「残念でしたー。今は佐藤健さんか斉藤壮馬くんですー。こりゃ良いリトマス試験紙になんなー」
とマギが鬼の首を取ったようにはしゃぐ一方、レイはたんたんと語るのだった。
「先輩方をお姉様とお呼びして、特に親しい下級生の子はアン・ブゥトン。さらにそのアン・ブゥトンの妹はプティ・スールとして本当の姉妹のような関係を育むの。契約にはロザリオを渡してね。憧れのお姉様のロザリオを待っているということが信頼の証として、百合のように尊ばれたものですわ」とレイ。
「マリ見てか」
「マリルが進化した」とマギ。
「それはマリルリだよ」
「クイーン・オブ・スコッツ」とミカ。
「メアリーだよ」
「三ヶ月だけ元フランス王妃」
「クイーン・メアリーだよ」
「血まみれの」
「イングランド女王メアリー一世だよ。めちゃくちゃ紛らわしいけど全員別人だよ。メアリーいっぱいいるんだよ。スコットランドのはメアリー・ステュアート。元フランスのは大体三ヶ月で何か起きるクイーン・メアリーだよ。さらにこのメアリーは、後述の血まみれメアリーと姓名が同じテューダーだよ。メアリー・テューダー。んで、カクテルの元ネタになった血まみれのメアリーには、紛らわしい別人がまたいて、血の伯爵夫人バートリ・エルジェーベトだよ、全然違う人だよ。混同してる人多いけど、血まみれメアリーはプロテスタントを三百人くらい迫害、処刑しまくったヤバい奴で、血の伯爵夫人のほうがよく吸血鬼のネタにもされるショタの生き血の風呂入ってたヤバい奴だよ」
「嘘つき」
「エアリーだよ」
「水星の」
「エアリアルだよ」
「人魚とセバスチャン」
「アリエルだよ」
「パンがなければ」
「アントワネットだよ」
「わ、た、しは、バ~ラぁ~の」とレイ。
「ベル薔薇だよ。あとお菓子は本人言ってないし、白髪はベル薔薇の創作らしいよ」
「最近の神」
「公私をないまぜにしてるよ」
「GACKTがボーカルやってた」とミカ。
「それはマリミゼだよ」
「もしもしもしもしっ?!」とマギ。
「それはゴリアテだよ」
「クリスティ」
「ラクリマだよ」
「L'Arc~en~Ciel?」
「hydeだよ」
「ロケットダイブ」
「Hideだよ」
「ジキルと」
「ハイドだよ。ってちょっと待って、何? いったい何が始まったの? これ。汚物とクリスマスと先輩の過去とレイさんの学歴を話してたはずなのに、おかしいでしょ」
ミカとマギとレイはそれぞれ照れくさそうにぽりぽり頭をかいた。
リツは呆れるように一口水を含んで切り返した。
「どっちみち、でもその心境は実に良くないですよ。まさしく愛着障害のそれ」
「そもそもー愛着障害ってなになにー? おせーて! (少年少女の合わせ声とともに)リッちゃん先生っ!」
「……さっき言ったようにですね。ふつーは親から無償の愛をいただいて、自分は産まれてきてよかったんだなって悟ります。で、これが自己肯定感とかにつながります」
「うんうん」
まんざらでもなく解説し始めるリツの前で、マギは漫画を読みだし、レイはコタツの上の灯りをぼけっと見上げ、ミカはわりと真面目に聴いていた。
「この親との信頼関係を愛着っていうんですよ。小学上がる前までに育ちます。これを得られた人は安定型って呼ばれます、が! もしこれが得られないと……?」
「え……えっ! ど、どうなっちゃうの!」
「自分の存在に否定的になったり、人が信じられなくなったり、反対に距離感がめちゃくちゃで知らない人にもついてって容易く股を開いちゃったり、そんな子になっちゃいます」
「私だ……!」
「それは否定しろよ。ヒロインとして」とマギ。
「愛着障害には三つあります。不安型、回避型、これらを併せ持つ恐れ・回避型。まず不安型は、親同士の関係が悪くて喧嘩ばっかだったり、情緒が不安定でめちゃくちゃ褒められたかと思うと、突然また訳のわからない理由で怒られたりして、善し悪しがよくわかんなくなっちゃいます。なので、大人になっても、常に人の顔色をうかがって他者評価に依存しまくったあげく、裏切られるかもしれない不安でぶっ壊れます。これが不安型。メンヘラの代表的なやつ」
「まさに私じゃん……!」
「回避型。これはいわゆる放任主義の親の子ですね。親に頼っても構ってもらえない経験から誰かに頼るのを諦めて、いつもグループの外にいようとします。本当は混ざりたいのに過度に距離をとって、気付いたとき孤独に憤死するパターンです。たぶんシンジくんがこれ」
「待って。私かも……」
「…………」
「で三つ目。恐れ・回避型は、死別とか、さらに酷い虐待、無視なんかをされた子に起こる前述二つの併せ技です。他二つの距離感が近・遠とすると、このタイプは極から極へと走るタイプ。めちゃくちゃ親しくしてたかと思いきや、ふとしたことから傷付き、一気に距離を置くようになったりします。ゼロ百の思考が強くて、敵か味方かで考えちゃうんですね。裏切られたと思った瞬間から一気に疑心が始まり、攻撃的になったりします。衝動的にヤッちゃう奴たぶんこれ。ちなみに神もたぶんこれ」
「すごい……私のことみたい」
「……おまえ全部じゃねえか! ぜったい性格診断とか占いとか大好きなやつ!」とマギが突っ込んだ。
「当たり! 私、そういうの大好き。すごいよね、こんなとこに理解者がいた! って感動したりする」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい! そういう風にできてんの! コールドリーディングとかマルチプルアウトっつって!」
「最近流行ってたRefined Self: 性格診断ゲームだと番長だったよ」
「……そっちの面でも危ないなぁ。同級生と再会したらすぐ私に言ってくださいね? 詐欺師の常套手段ですよ」
「でもさ」
ミカは神妙な顔で言った。
「詐欺師じゃない人は私のこと理解したり、少なからずそれで救われる思いがしたとかそういう気持ちにさせてくれないじゃん。私のこと病気扱いするだけで」
「ガチで深刻な感じのやつやめろ。リッちゃん……なんか回復する方法とかないんですか。ミカパイセンが幸せになれる術は……」
「最初に言った安定型。親からきちんと愛情を受けた人と接するのが一番いいとか言われてます。あとペット飼うとか、自分で俯瞰的に自分を見て、甘やかしたり、可愛がって回復するケースもあるそうですよ」
リツは続けた。
「ちなみに発達障害。いわゆるADHDは脳神経の発達の偏りによる問題で先天的なもの。愛着障害は後天的なものなので、付き合う人や環境で如何ようにも改善できます。安定型の人を見つけて付きまとえ!」
「それも違くね?」
「で? そろそろ聞かせてくださいよ。先輩の過去。Vはいいとして、クリスマスに何があったんですか? もしかしたらそこから改善の糸口が見出せるかもしれませんよ」
「え、あー。過去っていうか……簡単だよ? ……んーでも、それは改善とかには絶対に結びつかないと思うー」
「いいから言え。なんでですか」
「私の誕生日ね……十月二十三日なんだ」
「あっ……」
カットが入った。
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