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間話その七『日本一怖いモンペ退治』

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 窮余の一策を閃いたミカは昼前にパチリと目覚めて間もなくベッドから飛び起きると、次の瞬間には何をすべきだったかを完全に理解していたかのようにリツに取り次いでもらい、すぐ彼の者と連絡を取った。
 それは、一ヶ月早いが、新しい下着をはいたばかりの正月元旦の朝のように陽気で爽やかな風を音楽にして耳を流し込んでいるようだった。
 そして——カチリ。
 じゅわぎゅるきゅるるるるる……!
 時間を巻き戻したのだった。
 古いビデオテープの逆再生をするかのように昨日の夕方過ぎにまで時間が戻る。
「きゃーーーっ! まさるちゃんまさるちゃん! どうしたのっ! このお姉さんに何かされたの?!」
「うええええ」
「いやちが! ちがくて、その……!」
 ミカが気付くと、ちょうど例の場面だった。願い事の効果は完璧だ。
 奇妙な感覚だが、この後に起こること。そしてミカ自身が行うことをミカは予期できていた。
(この後、私は率先してマギを警察に突き出してしまう……! スデニ……! 私には……見てきたように解る……!)
 ゴゴゴゴゴ……!
 ミカの覚悟…………最初は背中から。カメラはゆっくりとスピンショットして次第に顔面のアップ……彼女の生まれ変わったような勇ましい顔つきを映す…………それがッ! 描画にまで伝わるッ! タッチまでもが劇画調になったッ……!
 ミカは運命に抗えぬままマギの腕を掴み、持ち上げてしまっていた——しかし、これを待っていたッ! 振り向くと同時に! すかさず左の拳を、その腕に叩き込むッ!
 ドグッシャアアアッ!
 まるで『爆発』だアァァァッ! ミカの腕が覚悟を見せつけたジョルノのようにッ! へし折れ、夕暮れの空に真っ赤な血飛沫を舞い上げたッ! だがッ! 真の覚悟はここからだッ!
 何も知らないマギは目ん玉をひん剥いて驚いた。
「何ィィィーーーーッ! ナニしてんだぁぁあっ! ミカ……コイツッ!」
「お母さんッ……!」
 ミカは叫んだッ!
 ぴゅーぴゅー裂けた腕から飛び散る血潮と共に迫るその姿は…………見る者に決死の覚悟と、恐怖を! 与えた!
 加えてミカの必死の形相に、まさるのお母さんはたじろいだ……!
「は、はいッ!」
「その子は…………もう生殖本能が……芽生えてます。文献によれば『精通』の時期は早ければ九歳、遅くても十五歳……! まぁこれは昨今滅多にないことかと思われるがよぉ~~~~……しかしながら、見てください。まさるくんのズボンを!」
「ハッ——!」
 まさるのお母さんはまさるのズボンの股下を見た! 確かにッ! もっこりと膨らんでいたッ!
「いいですか……お母さん! いつまでも……いつまでも……子供を自分の愛玩動物たらしめペットのように思って、飼い殺しておきたいという愛情はわからないでもない。普遍でしょう! だが、息子さんの息子の目醒めはあなたが考えているよりもずっと早いッ! ずっとだッ! まさかあなた……?」
「はぁっ……はぁっ……!」
「…………こんな年齢になってもまだ……『銭湯』や旅先の……『露天風呂』なんかで……」
「あ……あぁ……!」
 次第に追い詰められていくまさるのお母さんは挙動不審に息を荒げた。ゴゴゴゴゴ……!
「お母さんと一緒じゃなきゃこの子は入れないから……とか言って……女風呂に一緒に連れ込んでたりしませんよね……?」
「そ、そんなことはっ……! しかしっ!」
「あなた……『覚悟して入ってきている人』ですよね……女湯を覗こうとするってことは、それがバレた時、逆に社会から除かれるかもしれないという危険を、常に『覚悟して入ってきている人』ってわけですよね……?」
 まさるのお母さんはミカの目を見て思った。
(こいつ……マジだ……天使のくせに世間の代表取締役である『おかあさんとお子様』を始末しようとしている……こいつには未就学児だろうが、低学年だろうが、やると言ったらやる……『スゴ味』があるッ! ていうか、シンプルに血まみれで怖いッ!)
「パ、パイセン……」
「お母さん……息子さんはこのお姉さんにサカってしまったというわけなんですよ……そして羽根でシコってしまった……」
「シコられてはないです、パイセン」
「ほ、ほんとうなの。まさるちゃん……」
 まさるはバレたとなるや、とたんに泣き止んでふてぶてしく顔を逸らした。嘘泣きだったのだッ!
 子供は時にスデニ自分が子供であるという特権を理解し、邪悪に振る舞うことが確かにあるッ!
 天使に見えてすでに悪魔の素養もある、それが子供という一見天使に見えてすでに素養のある小悪魔だ。
 剣幕は鳴り止んでいた。
 その場を支配していた殺気はやりきれないムードに代わり、ミカは死んだ目つきで二人を見て続ける。
「見知らぬ公園のお姉さんで発情してしまった件について家族会議は家でしてもらうとして、わかったら、もう行っていいですか。私たち……決して女は男みんなの見せ物じゃないので」
「——!」
 状況はすでに示談交渉の段階に入っていた。
「す、すみませんでした……ほら! まさるちゃんもお姉さんに謝りなさい!」
「いえ。要りません。謝ってもらったところで、その無邪気に見えて、すでにどす黒い吐き気のする欲望の眼差しに汚された友人や銭湯のお客さんやその旦那、彼氏の尊厳は戻ってはきませんから……いくぞ、マギ——」
「は、はいっ」
 血まみれの右腕を垂れ下げたまま歩き出すミカに、マギも追いかけるように連れ立った。
 しばらく二人、黙り込んでいた。
 初めて見るミカのタッチの違う顔つき。もう描いている人からして違うようなその濃ゆい顔立ちに、マギはどぎまぎして口ごもり、少しして、勇気を出して言った。
「あ、あの……」
「ん?」
「庇ってくれて、ありがとうございました……あんなところもあるんですね。なんか、出る作品が違うみたいに……ええと……今日のミカパイセンはちょっと……格好良かったです」
「そう……ま、一度見捨てちゃったからね。その反省とお詫びも兼ねて……たまには先輩らしいところも見せなきゃと思ってさ」
「……あー、あ! う、腕、大丈夫ですか? 結構勢いよく血が吹き出していましたし、完全に折れてるように見えましたけど」
「うん。我慢してるけど、正直今にも泣きそうなくらい痛い……このあと病院いくわ……」
(すぅーっ。外科なら通えるんだ……)
 しかし、ミカが病院に行くため、マギはその日イヌヌワンとシヌヌワンを預かることになって歓喜するうち、そのような些細なことはまったくどうでもよくなった。
 一方、アドレナリンが切れたころに腕はひどく痛み出し、ミカは半ベソをかきながら、その日のうちに急患で近くの附属病院に飛び込み、
「天使ならなんか、その、回復魔法とかで何とかならないの? 転生してみたら? この機会に」
 って眠そうな先生に言われた。
「はぁ……って言われても……転生、には、やっぱトラックー……うーん……が必要なんじゃないですかねぇ……」
 愛想よく付き合いながら、(なんで医者って当然のようにタメ口で、むしろ自分たちの方が気を遣って敬語なんだ?)と思いつつも黙って治療を受けたが、腕はなんと翌朝には完治していた。
 というのも、おそらく、その日から肌身離さず持っていなきゃならなくなったとあるアクセサリに起因する。
 白いモヤを包み込むガラスの卵のようなアクセサリ……それを次の収録日に控え室に持っていくと、リツが唖然としながら言った。
「……あの、これ、ミカ先輩……。もしかしなくてもソウルジェムじゃね?」
「うん。訳あって魔法少女になっちった」
「おいおいマジか……平気なの?」とマギ。
「平気平気。私の心とっくに真っ黒だしー、ソウルジェムのせいで魔女になるくらいなら、私、とっくに魔女になってると思うの!」
「確かになぁ……」
 二人も深く息を吸いつつも、納得せざるを得なかった。





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