上 下
7 / 41
第一章:役立たずから英雄へ

7.ユーグリッシュ

しおりを挟む
 ………………あぁ、体が、軽いな。
 …………それに、気持ちがいい。
 ……僕は、死んだ、のか?

「起きてください、リッツ・アルスラーダ」
「――!」

 名前を呼ばれた事で意識を取り戻した僕は、目を見開いて体を起こそうとする。
 だが、僕は倒れていたわけではなく、立ったまま意識を失っていたようだ。

「……ここは、どこだ?」

 目の前に存在していたはずの神木の姿はなく、さらに周囲の景色も王城の中庭ではなく、何もない真っ白な空間に変わっている。
 何が起きているのか理解できなくなった僕へ、再び声が掛けられた。

「起きたようですね、リッツ・アルスラーダ」

 声は後ろから聞こえてきた。
 慌てて振り返ると、そこには初対面の少女が僕を真っすぐに見つめていた。

「……あの、君はいったい?」
「私の声、聞こえたのでしょう?」
「君の声? 僕の名前を呼んだ?」
「いいえ、違います。その前、私の声を聞いて、助けてくれたでしょう?」

 その前だって? ……それは、僕が意識を失う前という事だろうか。
 何が起きたのかを遡り考えていくと、少女が口にするタイミングがわかった気がする。

「……神木に魔力を注ぐ前、かな?」

 僕の答えに少女は笑みを浮かべてコクンと一つ頷く。
 そうなると、目の前の少女がそうなのだという事になるが、間違いないのかな。

「悩んでいるようですね」
「えっと……はい」
「うふふ。ですが、その悩みは無意味です。何故なら、私は間違いなく、あなたが助けてくれた神木ユーグリッシュなのですから」

 ここまで来ると、あり得ないなんて思わなくなってきたかな。
 そんな事もあるかと心の中で自分に落とし込み、改めて少女を見つめる。
 言葉使いは大人のそれだが、見た目はとても幼く、ニーナ様よりも小さなとてもかわいらしい少女。

「この姿は仮の姿なのです」
「えっ!」
「すみません。あなたの心を覗かせていただきました」
「そう、ですか」

 これは、隠し事なんてできそうもないな。
 そうとわかれば素直に聞いてみる事にしよう。

「適応力が高いのですね」
「あり得ない事が続きましたから。それでは……ユーグリッシュ様」
「なんでしょうか?」
「そのお姿は仮の姿だと仰いましたが、それは魔力が尽きかけていた事と関係があるのですか?」
「えぇ、その通りです。元の姿を維持する事ができないくらいに、今は魔力を消費してしまっていました。先ほどまでは、姿を見せる事すらできなかったのです」
「今は?」
「あなたの魔力、【緑魔法】の力が込められた魔力を頂けた事で、今の姿にまで回復する事ができました。本当にありがとうございます」

 今のユーグリッシュ様に頭を下げられるのはどうもむず痒い気がする。少女に頭を下げてもらっているからだ。
 僕の感情も伝わったのだろう、顔を上げたユーグリッシュ様は少し困ったような表情を浮かべていた。

「……次ですが、ここはどこなんですか?」

 微妙になってしまった雰囲気を変えるため、僕は次の質問を口にする。

「ここは私の精神世界になります。あなたの肉体はライブラッド王国の王城、その中庭で横になっています。外傷をありませんし、精神にもダメージはありませんのでご安心ください」

 この場所の事について聞いただけだが、次の質問にまで答えてもらえた。
 どうやら僕は、まだ死んではいないようだ。

「危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「い、いえ! ユーグリッシュ様を助けると決めたのは僕ですし、僕みたいな役立たずが役に立つなら命くらい――」
「役立たずだなどと、私は思っておりません!」

 僕の言葉が気に喰わなかったのか、ユーグリッシュ様は少し強めの語気でそう口にした。
 驚いて瞬きを繰り返していると、ゆっくりと近づきながら声を掛けてくれた。

「私には、あなたの【緑魔法】が必要です。そして、【緑魔法】の使い方を教える事ができます」

 ユーグリッシュ様の言葉に、僕は大きな驚きと可能性を見い出した。
 アルスラーダ帝国ではどれだけ調べても出てこなかった。
 ライブラッド王国ではニーナ様が調べていたが、神木を復活させるために必要だという事しかわからなかった。
 そんな【緑魔法】の使い方を、知る事ができる?

「【緑魔法】は唯一無二です。あなたは、誰よりも強い者になれる可能性を秘めているのですよ?」
「……僕が、誰よりも強く?」

 ……はは、さすがにそれは、信じられないな。
 ならばどうして僕は虐げられてきたのだろう。役立たずだと言われ続けてきたのだろう。処分されそうになったのだろう。

「色を冠するスキルは数百年に一度しか現れないと言われています。文献に残されていないのは、仕方がない事なのです」
「……そう、なんですね」

 こういう時、心の覗く事ができるユーグリッシュ様を少し卑怯だと思ってしまう。
 ……あぁ、この言葉すらも見えてしまっているだよね。

「……申し訳ございません」
「いえ、いいんです。……長い間自暴自棄になっていたので、すぐには自分の存在価値を認める事ができないだけなので」

 頭の中を整理するには時間が少なすぎる。
 だけど、この場で僕がやるべき事ははっきりしていた。

「……ユーグリッシュ様」
「はい」
「僕に――【緑魔法】の使い方を教えてください!」

 決意を込めた僕の言葉を受けて、ユーグリッシュ様は満面の笑みを浮かべながら大きく頷いてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

私は冒険者になるのでほっといてください!

雪華
ファンタジー
アイビー王国の公爵令嬢であるスノウ・アリウムは、冒険者になるため日々鍛錬をしている。 頭脳明晰、容姿端麗の公爵令嬢は、王子と婚約させられそうになり、断る!しかし何故か懐いてきた?! この物語は公爵令嬢が周囲の反対を押し切り冒険者となり、活躍するお話。 彼女の周りには弟や王子、友人など国の重要人物が集まるのである。 未熟者ですがよろしくお願いします。 誤字の指摘やコメントはしていただけるととても嬉しいです。 いつ完結になるかわかりません。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

夫の愛は偽りです。

杉本凪咲
恋愛
若くして公爵家の当主となった私。 周囲から馬鹿にされ辛い日々を送っていたが、ある日唐突に愛を告げられる。 しかしその愛は偽りで……

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

婚約破棄された公爵令嬢ですが、どうやら周りの人たちは私の味方のようです。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵令嬢のリリーシャは王太子から婚約破棄された。 隣には男爵令嬢を侍らせている。 側近の実兄と宰相子息と騎士団長子息も王太子と男爵令嬢の味方のようだ。 落ち込むリリーシャ。 だが実はリリーシャは本人が知らないだけでその5人以外からは慕われていたのだ。 リリーシャの知らないところで王太子たちはざまぁされていく― ざまぁがメインの話です。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

処理中です...