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第二章:新たなる力、メガネ付き

第36話:神原岳人 12

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「聖女の――祝福!」

 夏希の声は、どこか澄み切っているかのように全員の耳に響いてきた。
 夏希の体から放たれている光は白から金に色を変えていき、細かな粒子となってラクシアの森に広がっていく。
 すると、折れて、砕かれて、燃えて灰になってしまった木々の根が力を取り戻し、一瞬にして土が蘇り、芽が顔を出し、茎を伸ばして幹を形成し、気づけば元の――いいや、それ以上の逞しい大木に変貌を遂げたのだ。

「……ナツキのお嬢さん、これはいったい?」
「……これが、聖女の力なのですね」
「……ん? 傷が、癒えているのか?」

 ガゼルが、リヒトが、アルが驚きの声を漏らしていく。
 そんな中、イーライは岳人を見つめながらギュッと剣を握りしめている。
 目の前で起きている奇跡を目の当たりにして、手足を失った岳人がここから一命を取り留めることもあるだろう。
 しかし、そうなった時に岳人は本当に改心しているのだろうか? すぐにこちらへ襲い掛かってくるのではないだろうか? そんな不安が拭えなかった。

「信じて、イーライ」
「……アスカ」
「岳人君を、私の同郷の人間を信じて」

 イーライの隣に立ち、明日香が優しい声音でそう口にする。
 明日香には全幅の信頼を置いているイーライだが、彼女の言葉であっても今回に限ってはすぐに信じることができない。

「……アスカには悪いが、俺はすぐにこいつを信じられない。城にいた時も、離れてからも、俺はこいつのことを全く知らないわけだからな」
「イーライ……」

 元騎士であるイーライからすると、こちらの都合で異世界から勝手に呼び出した岳人に対して引け目はある。
 だとしても、ラクシアの森を破壊し、騎士や冒険者に負傷を与え、明日香たちにまで危害を加えようとした相手である。
 相手が謝罪を口にしたからといって、簡単に信じるということはどうしてもできなかった。

「……構わねぇよ。むしろ、それくらいが、ちょうどいいんじゃねぇかぁ?」
「……岳人君」
「……おい、イケメン野郎。もしも、俺がまた、魔獣になっちまったら、すぐに首を刎ねろ」
「当然だ」
「かかかか、即答過ぎて、気持ちがいいぜぇ」

 額に大粒の汗を浮かべながら、岳人はニヤリと笑みを作る。
 この言葉が、表情が強がりだということは誰もがわかっていた。
 瞳には涙が溜まり、体は小刻みに震えている。
 だからといってこの場にそれを指摘する様な者はいない。
 誰もが岳人に助かってほしいと、首を刎ねると約束したイーライですら、本音をいえば助けられる命であれば助かってほしいと願っているからだ。

「お願い……お願い……お願い、助かって!」
「……かかかか。お前は、本当に、優しい奴だよなぁ。だから、いじめたくなっちまった」

 聞こえているのかどうかはわからないが、岳人は夏希に視線を向けながら、まるで独白のように言葉を紡いでいく。

「……俺が死んでも、悲しむんだろうなぁ。だがよぅ、悲しむ必要なんてどこにもねぇんだがなぁ。……俺が死んでも、誰も悲しまねぇだろうしよぅ」
「助かって……助かって……助かって!」

 細かな粒子になっていた金色の光が、夏希の想いを受けて光の粒を大きくしていく。
 比例して夏希の体からは膨大な魔力が放出されていくが、構うことなく彼女は聖女の祝福を発動し続けていく。
 金色の粒が岳人に触れようとするが、黒い靄が邪魔をして光を相殺して消えてしまう。

「ぐがあっ! ……ぐぅぅっ、ぐぅぅぅぅううぅぅっ!?」

 黒い靄が金色の粒を相殺するのと同時に、岳人が苦悶の声を漏らしていく。
 それでも悲鳴をあげるようなことはせず、夏希の邪魔にならないようにと激痛を必死に耐えていた。
 夏希の魔力が尽きるか、黒い靄が尽きるか、その戦いになっていく。
 この状況をただ見守ることしかできない明日香は、ここでも自分の無力さを痛感してしまう。

「……頑張れ」
「……アスカ?」
「頑張れ、夏希ちゃん! 岳人君! 二人とも、頑張れ!」

 自分にできること、それは誰にでもできる、声に出して応援することだった。
 力になるとは思えない、しかしそれでも応援せずにはいられなかった。

「……気張れよ、ナツキのお嬢さん!」
「ガクト様、頑張ってください!」
「カミヤ様、カミハラ様、頑張るんだ!」
「二人とも、頑張れよ!」

 ガゼルが、リヒトが、アルが、ダルトが声をあげる。

「……ナツキ、頑張れ! ……ガクトも、負けるな! 生き残って、俺と手合わせしようじゃないか!」

 剣を握ったままだったイーライは、その剣を鞘に納めて声を掛けた。

「……かかか、甘いなぁ」
「岳人君、頑張れ! 大丈夫だよ、夏希ちゃんを信じて!」

 金色の粒が、ついにはこぶし大の大きな光となり、岳人にまとわりつく黒い靄を確実に消していく。中には岳人の体に触れて傷を癒し始める光まで現れ始めた。
 どれだけこの場に留まっていただろうか。誰もその時間を把握している者はいなかった。
 そこにあるのはただ一つの事実のみ。

「…………かかか。助かったぜ、夏希ぃ」
「…………よかった、岳人君」

 岳人を助けた夏希も、夏希に助けられた岳人も、直後には意識を失い、疲れを癒すため深い眠りについたのだった。
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