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最強剣士

メイド?

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 凛としたその佇まいからはただのメイドではないだろうとアルは前々から思っていたのだが、まさかここで顔を合わせることになるとは思ってもいなかった。

「……あの、チグサさんがどうしてここに?」
「……旦那様からのお言いつけです」
「ち、父上からの?」

 冷静になって考えても、今回は全く理由が分からなかった。
 困惑のままメイドのチグサはアルの方へと歩いてくる。
 その姿勢は全くブレることなく、隙を見つけることができない。

「……あ、あなたは、いったい?」
「全てを告げてもいいと言われております。私は旦那様の身辺警護を請け負っているメイド兼護衛のチグサ・フリュネストと申します」
「メイド兼、護衛だって?」

 貴族が護衛を雇い入れることはよくあることだが、それはより身近に配することが通常であり、メイドという遠い立場で雇い入れるなどはあまり聞いたことがなかった。

「でも、だとしても、どうしてチグサさんが俺のところに?」
「……旦那様からお話を伺いました。アルお坊ちゃまは、剣術を習いたいのだと」

 チグサの口から剣術という言葉を聞いて、アルの心臓は大きく高鳴った。
 食堂では口に出させてもらえなかった言葉を、なぜレオンは護衛であるチグサに伝えているのか。
 その理由を考えると、ほんの少しだけの期待を持つことができたのだ。

「……はい。俺は、剣術を学びたいです」
「そうですか。……私は、多少ではございますが剣術にも覚えがございます。旦那様は、アルお坊ちゃまに剣術を指導するようにと私に仰られました」
「ほ、本当で──んぐっ!」

 あまりに興奮し過ぎて大声をあげようとしたアルの口を人差し指で塞いでしまう。
 塞がれたことにも驚いたのだが、一番の驚きはアルとチグサとの距離は歩幅五歩分はあったはず。
 それにもかかわらず一瞬のうちにその間合いを埋めてきたのだ。

「お静かに、いいですか?」

 無言のまま頷いたアルだったが、チグサの端正な顔が目の前にあることで恥ずかしさも相まって何度も何度も頷いていた。

「……では、まずは素振り、でしょうか。裏庭に来た時に物干し竿を見ていらっしゃいましたね?」
「き、気づいていたんですか?」
「はい。恐れながら、観察させていただきました。ですが、あれではアルお坊ちゃまには長過ぎるのではないでしょうか?」
「……そこまで気づいていましたか」
「その言い方ですと、アルお坊ちゃまも気づいておいでだったんですね?」
「そうですね。本当はもう少し短い……腰の高さくらいの物がいいかなって思っているんですけど、ない物ねだりですから」
「……いえ、ご用意しておりますよ」
「……えっ?」

 チグサは背中に手を回して腰に差していた木剣を取り出す。
 先ほどアルが口にしたのとほぼ同じ長さの木剣を手にしたアルは、あまりの嬉しさに木剣を抱きしめていた。

「そこまで嬉しいものなのですか?」
「はい、はい! 俺にとっては、この日をどれだけ待ち望んでいたことか!」
「そう、ですか」

 そこまで口にした後、チグサは黙り込みアルが落ち着くのを見つめていた。

 しばらくして落ち着きを取り戻したアルの表情は真っ赤に染まっていた。

「す、すみませんでした! あの、その、とても嬉しくなってしまって、つい!」
「いえ……その、私も嬉しかったので、よかったです」
「う、嬉しかった、ですか?」
「……は、はい。ここまで剣術のことを気に入ってくれているのだと知れただけでも、私は嬉しいのです」
「チグサさんも、その……剣術がお好きなんですか?」
「はい。剣術はとても美しいです。魔法にはない洗練さを持っており、達人ともなればその一振りを見るだけでその一日を幸せに過ごすことができますから」
「まさにその通りですよね! ま、まさか、ここに剣術好きの方がいらっしゃるとは思いもしませんでした!」
「私もアルお坊ちゃまがここまで剣術を気に入ってくれているとは思ってもいませんでした」

 アルもチグサも素振りそっちのけで剣術論議に時間を費やしてしまった──ということで。

 ──ゴーン、ゴーン……。

「あっ、もうこんな時間ですね」
「えっと、その、素振りは~?」
「……申し訳ありませんが、今日のところは無理ですね」
「……そ、そんなああああぁぁっ!」
「……お静かに、アルお坊ちゃま」
「……はううぅぅぅぅ」

 肩を大きく落としたアルの頭を撫でようとしたチグサだったが、すぐに手を引っ込めた。
 立場、というものがある。
 チグサはメイドであり、アルはチグサが仕えるノワール家の子息だ。
 剣術を知っているというだけで、その頭を易々と撫でていいものではない。

「……明日からも、時間はありますよ、アルお坊ちゃま」
「……そ、そうですね、そうですよね。すみません、取り乱してしまって」
「いえ、そうなるお気持ちも、少しは分かりますから」
「……チグサさん、その、もしよければ明日からは日中もお話しませんか?」

 そして、アルからの突然の提案にチグサは一瞬固まってしまった。

「……いえ、私にはメイドの仕事もありますから」
「あっ……そ、そうですよね、あはは」

 アルの表情は悲しそうになったものの、すぐにいつもの笑みを浮かべていた。
 それが無理をして笑っているのだということは、誰の目から見ても明らかだった。

「……で、ですが! ……その、時間がある時でしたら、たまになら大丈夫かも、しれません」
「……ほ、本当ですか! ありがとうございます、チグサさん!」

 引っ込めていた手をアルから握られて、チグサは頬を朱に染めていた。

「それではまた明日! よろしくお願いします!」
「……は、はい。また、明日」

 ただ、月が雲に隠れていたこともありアルがそのことに気づくことはなかった。
 アルが裏庭を離れていくところを見送ったチグサは、握られた手を見つめると一人で微笑んでいた。
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