上 下
69 / 72
午後3時20分~30分 すべての謎が解決する

69・こういう時に、ぼくは時々清さんのことを思い出します

しおりを挟む
 三角関数を知っているといろいろなことがわかる。

 巨大ロボットの距離と見上げる角度から、その大きさがわかるし、川の流れの速さと幅から、ボートで渡るときの実際の距離がわかる。

 たとえばアイドルアニメで、最後のステージにあがるとき、メンバーの6人が(これは7人でも11人でもいいんだけど、計算が面倒くさい)ステージ裏で気合い入れのために手を重ねて、「ザ・ストーリーズ(仮)、ファイト!」という場面があるとするよね。

 その6人の構成は、背の高い低いがあるから(身長・体重その他は最初に決めておく)、全体的には歪んだ円になり、伸ばした腕の長さは60~70センチで、まあちょっと体を前に出したりするからうまくそろう。

 その場合の6人は、円の中の六角形を構成するので、正三角形が6つできる。

 ということは、右手を前に出して左手を自分の右側の子に乗せることができる。

 実際にそんなことをやる場合は、円陣はもっと小さくなるんだけどね。

 でも、円の中心までの距離と左右の子の距離とは同じ。

 じゃあこれが8人になったらどうなる?

 その六角形の面積は?

 実写の場合は、大ざっぱに円を作って、真ん中にカメラを置いて、大ざっぱにぐるっと、30秒から1分の間で撮る、とする。

 それに「私たち………やっと来れたのね………ここまで………」みたいな各人のモノローグと回想シーンを適当に重ねる。

 どのくらい「大ざっぱ」で「適当」にするか、というのは監督が決める。

 きちんと決めたいと思っても、実写の場合はできない。

 アニメの場合は、6人を42秒で撮るからひとり7秒、回想はこのカットとかシークエンスを入れる、とか、ちゃんと決められる。

 半径50センチの円を回るにはどのくらいの原画・動画枚数が必要で、音声・音響はコンマ1秒ではなく24分割(あるいは8分割)された1秒で計算される。

 面倒くさいけど徹底できる。

 キューブリック監督が今のデジタルアニメのスタッフを持つことができたら、うっひょー、とか喜んじゃう気がする。

     *

 さて、おれ(立花備たちばなそなえ)とわたし(樋浦清ひうらせい)は、大机の東側に座っているおれ(市川醍醐いちかわだいご)に、南側・北側から手を伸ばして近づいた。大机の大きさは、3尺×6尺、88センチ×176センチなんだけど、面倒くさいから90×180センチとする。

 この3人が等距離になったとき、おれ(立花)とわたしは、机の東側から見て何センチ西側に行ったところに座ることになるか。

 45×√3だから、78センチぐらいかな。

 でもって、ひとり45センチ手を伸ばせばいいんだけど、正三角形の中心で手を重ねるには何センチ伸ばせばいいか。

 こういう話をしていると、物語というより数学の練習問題みたいになりそうなのですこし手加減したい。

 おれ(立花)たちの学校では、1年の2学期の中ごろに三角関数を習う予定なので、せっせと予習をしていると、もっと難しい角度でもできるはずなのだった。

 もちろんわたしにはすぐにわかる。えーと、机の長いほうの辺の、真ん中よりやや東寄り。

     *

 薄くなった霞と空の雲を通して、真夏の午後の太陽はその力を取り戻しつつあった。

「夜中に物語を書くと、本当にろくでもないものしかできないのよな。実はおれの手元に、お前が誰にも読まれないよう、ネットにも置かなかったテキストがあるんだ」

 ふたりから手を離したおれ(立花)はおれ(市川)にそう言って、携帯端末のネット内フォルダを開いてテキストを読み上げた。


『こういう時に、ぼくは時々清さんのことを思い出します。夜の営みをかわしたい理由は たった一つあるきりです。そうしてその理由は、ぼくは清さんが好きだということです。もちろん昔から好きでした。今でも好きです。そのほかに何も理由はありません。』

「どどど………どうしてそれを、いやどこでどうやって」とおれ(市川)は脂汗を流した。

「お前と清が、新校舎の探索からまだ戻って来てなくて、おれがたまたま誰もいない物語部の部室に戻ってきたときやね」

『おれは、市川醍醐いちかわだいごが残しておいたタブレットをいじりながら、なすべきことをして、4人が戻ってくるだろうぐらいの時間を待った。そして騒々しく戻ってきた。』(31話)

「この作者が「なすべきことをした」と書いたらもっと用心深く読まないといかんよ。ふふん」とおれ(立花)は桂文珍のように鼻で笑った。

 この市川のテキストは、芥川龍之介の恋文の模倣だな。

 しかしお前らふたり、どうしておれ(立花)抜きで、もっと固く手を握りあってるの?

 市川なんて、右手だけじゃなくて左手まで清の手を握ってるし。

「もっと面白いのがあるよ。こんなの」

『いつかいつかと狙いすましていたかいがあって、今日という今日、とうとう捕まえたわ。とてもむっくりとして素敵な××。卵焼きよりも好物よ。さあさあ、吸って吸って吸いつくして、竜宮城へ連れてってあげる。ああ、お願いやめて藤堂さん。そこはやめて、息がはずんで、行くいく行っちゃう。』

 ほぼ唐突に出てくる藤堂さんというのは、清と市川、それに高校生声優の松川志展まつかわしのぶと同じクラスの物語部サポーター、才色兼備のレジェンド・藤堂明音とうどうあかねのことである。

 清のことが好きで好きでたまらない病に陥って、名門私立女子中学からこの学校に来たという話だけど、ふたりはいつも勉強の話しかしない。

 このテキストは、葛飾北斎「蛸と海女」の現代文訳だな。

 今の市川のメイド服と同じく、趣味が出ている。

 要するにレズプレイがしたい。

 したいんじゃなくて書いてみたいだけなのか。

 なお、北斎のテキストに出てくるタコがメスだというのは確認されている。

 おれ(市川)が握っている清の手がどんどん熱くなって、おれ(市川)から離れて、清自身の頬に両手が移った。

 漫画の記号的には、頭から湯気が出ている、ゆでダコ状態だ。

 わたしは思わず、体を伸ばして右手で、備の左頬を平手打ちした。

「なんなんだよ、この………この………ドエロ野郎!」

 ひどい。

 書いたのはおれ(立花)じゃなくて市川なのに。

 おれ(立花)は読んだだけなのに。

 顔の赤みが全身に回って、うっすらと肌が髪の毛の色に近い感じになった清は、おれ(市川)に言った。

「続きあるの?」

「いや、それはまだ」

「ちゃんとあるから転送しておく」と、おれ(立花)は言った。

 いずれにしても、ネットで公開はとてもできない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が 要所要所の事件の連続で主人公は性格が変わって行くわ だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

強制調教脱出ゲーム

荒邦
ホラー
脱出ゲームr18です。 肛虐多め 拉致された犠牲者がBDSMなどのSMプレイに強制参加させられます。

【R18】スライム調教

不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ホラー
スライムに調教されちゃうお話です 「どうしよう、どうしよう」 Aは泣きながらシャワーを浴びていた。 スライムを入れられてしまったお腹。 中でスライムポコポコと動いているのが外からでも分かった。 「もし出そうとしたら、その子達は暴れて君の内臓をめちゃくちゃにするわよ。 だから変なことなんて考えないでね」 スライムをいれた店主の言葉が再びAの頭の中をよぎった。 彼女の言葉が本当ならば、もうスライムを出すことは不可能だった。 それに出そうにも店主によってお尻に栓を付けられてしまっているためそれも難しかった。 「こらから、どうなっちゃうんだろう」 主人公がスライムをお尻から入れられてしまうお話です。 汚い内容は一切書く気はありません。また人物はアルファベットで表記しており 性別もどちらでも捉えられるようにしています。お好きな設定でお読みください。 ※続きを書くつもりはなかったのですが想像以上に閲覧数が多いため、少しだけ続きを書くことにしました。

処理中です...