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第一部・海豹の章

32話 だいたいこういう話には出てくるんだよね、「あるもの」

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「さて、これでこの地の神社との抜け穴もできたんだけど、お前らそっちから帰るか」と、おれはあやかしネコのシロとクロに試しに聞いてみた。
 おれのカフェの近くには大きな神社があり、その隣には「乙女かよ神社」という、中くらいの稲荷神社が並んで設けられている。名前の通り、もっぱら恋愛関係を扱う稲荷がいて、数十年来のおれの顔なじみだ。稲荷神社同士は、抜け穴でつながっていて、一度通路ができれば地下鉄の初乗り程度のお賽銭でどこへでも行けるのである。
 えー、私はちょっと、と、シロは言い、ボスが車で帰るんだったら、俺もボスと一緒でいい、と、クロは言った。
 確かに、車で抜け穴通るには入り口は狭すぎるので、ここに来た道をだらだら帰るしかない。
 帰りの車の後部座席で、ふたりは仲良く肩を並べて眠っていた。
 おれは、助手席のシゲノブが運転してくれないかなあ、と思いながら、コンビニで買った缶コーヒーを飲んだ。
 東京の夜景は、「覆(くつがえ)された宝石」のようにきらきらしていて、スカイツリーは悪魔城のように霞んでいた。
 梅雨が明けるのも、そんなに先のことではないだろう。
     *
 乙女かよ稲荷のキツネ神系あやかしであるミカヨは、恋愛脳である。
 おれが事件を解決して帰ってくると、今度はいい子見つかった、とか聞かれる。浅見光彦ではないので、そんなにモテモテではない。とりあえず、ミカヨみたいにいい子はいないよ、と、物語の主人公っぽく気取ってみたり、昔を思い出させないでくれ、と、斜め下を見ながら鬱を混ぜてみたり、空の雲がきれいだなあ、と、斜め上を見ながらとぼけてみたり、いろいろな手はある。シロとクロはネコ系あやかしだから、普段は食欲と睡眠欲にしかモチベーションは上がらない。
「あー、ミコトちゃんかー、だったらあんたも知ってるはずだよ」と、ミカヨは言った。
「王子様稲荷の例大祭に、一緒に行ったことあったじゃん、そのとき。ついこの前」
 王子様稲荷は、乙女かよ稲荷の北方に古くからある稲荷で、関東全州を束ねている。ついこの前って。
「あんたまだちっちゃかったから覚えてないかなあ」
 ちっちゃかねぇよ。それに昭和の時代の話だろ。
 なお、キツネ系あやかしは、すこし目尻がつり上がってる気はあっても、だいたい傾国的美人でおねだりがうまい。
 王子様稲荷の王子様キツネは、宝塚系の美形で、みんなにきゃーきゃー言われてる。
 なお、ミカヨは、なんかあの子にあんたを取られると、負けた、みたいな気になるから嫌だ、と、実に乙女っぽい理由でおれを例大祭に誘ってくれなくなった。
     *
 そしておれはその夜、来週ぐらいにキツネの抜け穴を利用させてもらう予約をした。
 翌日、近くのコンビニからミチオの学校あてで「あるもの」を送った。
 だいたいこういう話には出てくるんだよね、「あるもの」。もったいぶってやがって、と、読者はいつもいらいらする。あなたもすこしいらいらしませんか。そうそれ、まさにそのいらいらが、おれの望んでいた奴だ。
 ヒントはねぇ、ひとりで持つと大変だけど、バラバラにすると持ち運びやすいのね。妖魔の森のピクニックに持っていけるかって、それはいい質問だね。もちろん。ちゃんとディクスン・カーとか読んでるね、あなた。
 なお、重さは中くらいのネコ2匹ぐらいだけど、シロとクロの死体じゃないよ。
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