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第七章 火曜日はサディスト(裏)

7-5話 お前、知ってるの、真部岡さんの正体を?

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 物語の中では、物語の登場人物が嘘をついてもいいことになっている。

 現実世界でも同じで、自分が昔こんな目に会った、というのはある程度盛って、ひどい言い方をすれば偽装記憶として残っている。それに対して、そんな目に会わせたほうは、そんなことあったっけ、って感じですっかり忘れている。

 それはともかく、物語の中ではついてもいい嘘とそうでない嘘があるんだけど、その違いは人の記憶と同じぐらい曖昧である。嘘がついてもいい嘘になるのは、その嘘に意味が生まれたときからで、それは「伏線回収」という手である。

     *

 サバの塩焼きをするにはサバがないといけないのだけど、サバの切り身はスーパーで買う場合は半身ずつ2枚がワンセットになっており、それをさらに半分ずつにして4枚(4切れ)を焼くことになる。

 ここでサバの料理法とか、きんぴらごぼうの作りかたをだらだら書いても仕方がないので話を進めると、おれは台所で豆腐とワカメのみそ汁の味見をして、サバを焼いている。今日の妹は食卓で、先に作っておいたきんぴらごぼうをつまみ食いしながら、昨日の妹がスラスラとやっていた数学の教科書とノートを広げて、頭の上から疑問符をだだ流しにしており、ときどき「!」と感嘆符を出している。

 今日の妹は武人だが、実を言うとあまり勉強ができない。学校の勉強に関しては一番バカと言ってもいいだろう。

 風呂場からは何やら小さな声の歌が聞こえてくる。ああ、これは「線路は続くよどこまでも」か。日本ではのんきな鉄道の旅の歌になっているが、元歌は大陸横断鉄道を作ったアメリカの非白人系の労働者が、つらい労働をしながら歌った歌だ。アイヴ・ビーン・ウォーキング・オン・ザ・レイルロード。

 次は「リパブリック讃歌」か。「線路はつづくよどこまでも」とちょっと似ているけど、南北戦争時の北軍の軍歌だな。日本ではなぜか家電量販店のテーマ音楽になっている。グローリィ・グローリィ・ハレルヤ。

 その次は「ディキシー」。南軍の行進曲だけど日本語にはなっていない。ルカウェイ・ルカウェイ・ルカウェイ・ディキシーランド。

 今日の妹はとりあえず数学はあきらめて、英語の教科書を広げて食卓を叩き、「遅い!」と怒った。きんぴらごぼうは半分ぐらい食われている。

 おれは震えながら、もう少しだから待ってて、と言った。妹は冷蔵庫から、先に作っておいた大根おろしを出してきた。次はそれを食べるつもりなのだろうか。

 風呂場の歌は「ヤンキー・ドゥードル」に変わった。アメリカ独立戦争時の歌。日本では「アルプス一万尺」として知られており、アルプススタンドつながりで甲子園の応援歌として使われるようになったものだ。ヤンキードゥードゥル・キーピッアップ、ヤンキードゥードゥル・ダンディ。

 非常にちゃんとした、ネイティブ・アメリカンの発音で、それらの歌は歌われた。

 …日本へ夏に観光に来たアメリカ人は、テレビを見ていたらこの曲が流れてびっくりする、みたいなことないんだろうか。

 それはともかく、今我が家の風呂に入っているのは、新しく妹のクラスメートになった、アメリカ生まれの真部岡恵留(まぶおかえる)さんだ。

 おれは小声で妹に聞いた。

「お前、知ってるの、真部岡さんの正体を?」

 おれは、最初に会ったときから知っていた。

「正体とは大げさだな。狐狸妖怪の類でもあるまいし」と、妹は大笑した。

「もちろん知っている。昨日茶道部に行こうとしたが大雪で行きそこない、ふたりでお手洗いに戻ったときに聞いた」

 これが伏線という奴である。
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