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第七章 火曜日はサディスト(裏)

7-4話 席夜さん、この本ってひょっとして運動のために借りてるの?

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 架空世界を作るには、まず地球を中心にした半径100光年の球形の銀河光世紀地図を使って、モデルになりそうな星(恒星)を決めます。

 舞台にする惑星と恒星の距離は、恒星がどのくらいのエネルギーを放出しているかで決まり、同時にその惑星における1年(公転周期)、恒星からの距離も決まります。公転の速さは恒星からの距離の平方根に反比例します。

 恒星の色と大きさも決まります。小さくて鋭い光源(その惑星における太陽)と、大きくてぼんやりしている光源とでは、風景の色も変わります。極地と赤道付近との温度差は、地軸の傾き、海(水)が地表面を覆っている面積、などなどを計算して出します。

 だいたいの大陸の形と川の流れと都市の場所を決めます。それは物語の舞台となる場所です。そして、その都市と国に1千年の記録された歴史、大陸の主要地域に5千年の記録された歴史、2万年の記録されない部分を含む文明の歴史、数回の大変動期を含む数億年の生物の歴史を作ります。生物が生まれる前の歴史は、そんなにちゃんと作らなくても大丈夫です。

 それができたら、物語の主要人物を、顕微鏡で微生物を拡大して個別認識するように、ピントを合わせて、光を正しく当てて、観察できるようにして、物語のテーマをその人物にかぶせます。

 あっ、いちばん最初に決めておかなければいけないのは、テーマ、つまりこの話で、物語の作者はどういうメッセージを伝えたいか、ということでした。それを忘れてた。そのテーマとメッセージは、いきなり頭の中に浮かんでくるので、それを忘れずにメモするのが話作りの基本です。

 私は誰か、って、まあ、曽根地直(そねじなお)くんじゃないですよね。惑星製作委員会? 何ですかそれ?

     *

 新学期が始まって2日目の放課後、夕方の閉室まじかの図書室は、勉強している者も本を貸し借りする者もなく、奥の広い机に座ったおれの前に、席夜晴香(せきやはるか)さんは十数冊の本を積み上げた。

「必要と思われる本は用意しといたよ。貸し出しは一度に5冊まで、2週間だから。明日も来るんだったら別の本も用意しておく。図書室は…多分図書委員がいれば5分ぐらいは閉室延長できるかな」

「かたじけない」と、おれは言い、本を選んで、借りる手続きをして(学生証がそのまま利用カードにもなるという便利仕様だ。ただしクレジットカードとかポイントが貯まるカードにはなってない)、席夜さんが図書室を閉めるのを手伝って、ついでだから、ということで、一緒に駅の図書館分室経由で駅まで行った。

 おれが借りたのは歴史系のノンフィクションで、1冊数百ページもあってとても重く、席夜さんは駅に行く途中の図書館の分室に返す本と借りる本があるから、ということで、席夜さんの本も持ってあげたらその重いのなんの。『テラ・ノストラ』、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』、『編年体 大正文学全集』『大岡昇平全集』『全集・黒澤明』の第何巻だかを1冊ずつ。

「席夜さん、この本ってひょっとして運動のために借りてるの?」と、おれは道を歩きながら聞いた。

「嫌だなあもう、読むために決まってるじゃないですか」

 おれたちが帰り道で話したことは、今のところ秘密だ。

 図書館の分室で席夜さんは本を5冊返して、ライトノベル2冊と全集の続き3冊を受け取った。受け取ったライトノベルはその場で読みはじめて、駅のホームまで一緒のおれは無視されてしまう。この勢いならライトノベルは30分ぐらいで読めるかなあ、と観察していると電車が来た。おれの家とは反対方向に行く電車だ。

「私が乗る電車、こっち行きだけど、直(なお)くんとは反対だね」

 妹の出身中学を知っているので、おれが降りる電車の駅も知ってるんだな。

「うん。きょうはいろいろどうもありがとう」

「それは…死亡フラグみたいだけど、ちょっと違ってるのかな。それじゃ、明日また会いましょう」

 電車に乗った席夜さんは、ホームのおれをいつまでも見つづけて、手を軽く振っていた。

 ということは全然なくて、もうすぐにおれなんかいなかったみたいな感じで、本を読みはじめた。

 この話に席夜さんって必要なのか、と思いながら、おれも学校の図書室で借りた本を読みはじめた。
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