魂を殺された女

早坂 悠

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あの夏の日。

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 夏がじわじわと訪れていた6月は、特に問題なく工事のパートに専念し仕事内容にも肉体労働にも慣れていった。

 7月の本格的な夏の訪れにハルカの心はざわつき始めるが、もうこればかりは仕方ないと腹を括り、変わらない日常を送ろうとしていた。

 それでも7月の仕事帰りは怖かった。原付バイクに乗って1時間の距離を帰っていたハルカだったが、途中でコンビニで休憩することも出来ず、真っ直ぐに帰ってくる生活がなんとか続いていた。

 台風が上陸したら原付で行くのは危険だと思い、仕方なく工事のパートを休む。職場は病気のことをオープンにしてあるのでうつ病悪化ととらえてくれて、心置きなく休んでいいよといってくれる職場がハルカにはありがたかった。

 ハルカは人によって人生を狂わされたが、助けてくれる、支えてくれるものまた人の存在なのだ。

 と思うと心がキュッと締め付けられた。私には私の帰る家があって良かった。寄り添ってくれる友達がいてくれてよかったと思うのだった。

 その感謝だけで7月が乗り切れる……というほど甘くはなかった。7月の中旬になるにつれ、ハルカのメンタルはどんどん沈んでいった。

 彩乃やみずきからの遊びの誘いを断ったり、ひなたから次の美容院の予約はしないの?と心配されてきた。勇太のランチにも行かなくなってきて、

 そのことをメンタルクリニックの主治医の先生に相談すると、不安感を和らげる頓服が新たに処方された。

 工事の勤務も休みがちになり、そろそろ休職する必要があるかも……と暗い気持ちで過ごしていたある日。

 高齢の親族が老衰で亡くなりハルカの両親は葬儀の出席と手伝いをしに、数日間家を空けることになった。
 
 本来ならハルカも葬儀に参列した方が良かったが、少し遠方で車でいかないと不便な場所だった。車に乗れないハルカをむりやり乗せる訳にもいかず、両親はハルカに留守番するように言ってくれた。

 ハルカは両親が家にいないことに最大の不安を感じていた。1人で夜を過ごすのは田舎に戻ってきてから始めてのことだ。しかもこのメンタルが弱っている夏に両親が2人揃って数日間も不在となる。

 睡眠薬と頓服があるにせよ、ハルカにとっては不安な夜になることは間違いなかった。

 しかも神様の悪戯か。
ハルカの両親が葬儀出席のために旅立つ日。

 奇しくも地元の花火大会が開催される日だった。

 パートはもともと休みだったが、休みでなくても休みを取ったと思われる。地元の花火大会は都会のそれと比べれば規模はかなり小さい。それでもそれなりに花火は上がる。

 あの夏の夜空に咲く大輪の花火を見たその日の夜に、ハルカは面識のない複数の男たちから輪姦された。

 あの悍おぞましい光景が1年経とうというのに体に脳に染み込まれて忘れられない。

 それを連想させる夏の花火。おまえはたくさんの男たちの精子を浴びて中出しされて、たくさん汚されたんだぞ。汚い女めーーーーと誰に言われた訳じゃないのに誰かに、後ろ指を指されている気になるそんな夏の花火大会。

 その日に両親が不在なんて。

 ハルカは泣きそうになってしまった。いや実際に何度も泣いた。もうすぐ24歳になる大人なのに情けないと自分で思う。花火大会の夜に1人でいなくちゃいかないなんて……。

 彩乃たちからも勇太からも地元の花火大会、『一緒に行かない?』というLINEが来たが、ハルカは双方に断りの連絡をしている。
 
 みんな知らない。知る訳がない。ハルカはもう純粋な気持ちで夏の花火を見れないということを。

ーーーーーーーー
 花火大会の当日。

 「ハルカちゃん、本当に1人で大丈夫?」

 と何度も母に言われてもハルカは「大丈夫」と言っていた。本当は大丈夫など決してなかったが両親を困らせたくない。

 平気なふりをして両親を送り出すと、日中はなんとか今夜のことを考えないように過ごした。ここで昼寝してしまえば、睡眠薬を例え飲んでも夜、寝づらくなって最悪、夜中に起きることになってしまう。それが一番最悪なので日中はずっと起きてることにした。

 家の周りを散歩してるの偶然、勇太に遭遇した。家が近いので会おうと思うとすぐに会えるし、とりわけ会いたいと思ってなくても、すぐに会ってしまうそんな距離に勇太の家がある。

「よぉ!ハルカ!今日の花火大会行かないのかよ。ヒマなら一緒に行こうや!って凄い顔色悪いけど大丈夫か?!か、風邪か?」

「ううん。風邪じゃない。でも今日は体調が悪いみたい。花火大会は行かないよ。他を当たって」と言い残して勇太を後にした。

 その日は自炊する気にもなれず、散歩のついでに立ち寄ったコンビニで夕飯を買って家で食べようと思っていたが、どうにも食欲が湧かなかった。

 食べるのをやめてテレビをつけても何も頭に入ってこない。テレビも消してぼ~としていると、

 ヒューーーーーーボーーーーン

 と花火が上がる音がした。夜の7時30分、打ち上げ花火が始まったのだ。

 「あっ……あっ……」

 打ち上げ花火の音を聞いてハルカの体に戦慄が走った。

 次から次に打ち上がる花火の音に心臓が、打たれているような衝撃を走った。
 
 私も見ていた。
 あの時、美しい花火を。

 ああ、綺麗だな。
 花火ってなんでこんなに綺麗なんだろうな。

 って純粋に何も考えずに花火を堪能していた。綺麗な花火だったね!と友達と言い合って、駅前で友達と別れた。

 その帰り道。ハルカが人気がない通りを、てくてく歩いていたら3人の男たちがミニバンから降りてきて、何?と思っているうちにハルカは担がれるように攫さらわれてしまった。

 そのあとは地獄しかなかった。生き地獄だった。どうしてハルカは生きてるんだろうか。どうせならみんなで嬲なぶったあとに殺してくれれば良かったのに。

 花火の音が家の中に聞こえてくる。音は聞こえても花火を見るには周辺の山が邪魔で見えない。次々にあがる打ち上げ花火の音を聴きながら昔の記憶が、ハルカの心を蝕むしばんでいくようだった。

 そして……
ハルカの体が急にスッと楽になったような気がした。

 1年間支えられて生きてきた。
 なんとかここまで生きてきた。

 それは心配してくれた
両親や友達や幼なじみの存在がいたからだ。

 でも今は打ち上げ花火の音しかしない。
 ハルカは1人だった。

 花火も夜の道も夏も男の人も怖がる生活が、つらかった。なんでこんなことしてるんだろうと思いつつ。

 ハルカに死が近づいていた。

 よし死のうと闇の中から答えを見つけた時、ハルカの体が急に軽くなったのだ。

 ハルカは荷造り紐を手に持ち、
椅子を使ってカーテンレールにくくりつけた。

 荷造り紐の先端を輪っかにして首に通した。
そしてゆっくりと立っていた椅子から足を下ろしたのだった。
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