魂を殺された女

早坂 悠

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勇太との再会

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 12月になると商店街はクリスマスムードになり、田舎は田舎なりに植えてある木に電飾が施され、いくばくか華やかな雰囲気になる。

 ハルカは駅前のスーパーで朝から15時までのレジ打ちのバイトを始めていた。初めての接客業でとても緊張したが、レジ打ちは接客業の中でもお客さんとの受け答えがある程度、決まっているような気がする。

 「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」「またお越し下さいませ」何か質問されて分からないことがあれば「申し訳ありませんがカウンターのスタッフにお聞きください」と言えばいい。

 客に向かって笑顔を作るのは難しいが田舎のスーパーだけあって、客の方もレジ打ちのアルバイトに笑顔を求めるほど接客クオリティを期待していない。

 ハルカは初めは慣れなくても段々とヤル気が出てきて、自分でお金を稼ぐこと。そんな当たり前のことが嬉しかった。

 ハルカは友達の力を借りて美容院に連れてってもらい、メイクもしてもらい、本来の自分の魅力を取り戻しつつあった。

     自分が自分であるために。

 それは自信に繋がっていく。そして自信はそのまま”生きる活力”のようだとハルカは感じていた。

 変わらないこともたくさんある。今でも夜は怖い。男性はもっと怖い。夜道は1人では歩けない。寝る時は睡眠薬がないと怖くて寝られないし、悪夢を見てうなされることもある。

 それでも前へ少しずつ歩んでいけてるような気がしていた。お馴染みの友達、彩乃、みずき、ひなたとも定期的に連絡を取り合って、たまにランチをする。みんな彩乃に釘を刺されているのかハルカに「都会で何があったのか?」は絶対に聞いてこなかった。

 何も聞かれないことはハルカに安心をもたらす。しかし一方で誰かに聞いて欲しい。自分はこんな辛い目にあった!殺されてしまうかもしれないほどの恐怖を味わったの!と泣き叫びながら言いたい気持ちになることあった。

 もちろん絶対に友達には言えない。きっとみんなを困らせるし、何よりみんなにどう思われるかが、怖くて仕方なかった。汚いものを見る目で見られたらとても耐えられない。そんなことをする友達ではないと分かっていても、ハルカは友達には心の苦しさを言えないなと思っていた。

 そんなある日。
 ハルカには縁のないクリスマスが過ぎ去った年の暮れ、普段と変わらずにレジ打ちのバイトをしていると………

「ええっ!?ハルカじゃん!?何やってんだよ?!」

と男性客から発せられて、ハルカはドキリとして客の顔を恐る恐る見た。幼なじみの勇太ゆうたが買い物カゴを持ってレジ前に来ていた。

 「ゆ、勇太?」ハルカは動揺した。
  幼なじみの勇太だ。

 ハルカは懐かしさで胸が締め付けられそうだった。家の近所に住んでいて高校までずっと友達だった。

 小さい頃から知ってる勇太。幼稚園も小学校の時もワンパクで好奇心が強く、クラスでたくさんの男の子の友達がいて人気ものだった。

 ガタイもよくて喧嘩も強かったけど、誰かを一方的にいじめたりなどはしない。友達が他のクラスの男子から蹴られたみたいなことがあると、勇太はすっ飛んで蹴ったクラスの男子にやり返しに行く。

 勇太の強さはいつも誰かを助けるためにあるようなものだった。発言力も強くてクラスの男子の中ではリーダー的な存在、いつも明るくて魅力的な男の子。それが勇太だ。

 中学でも高校でも勇太はやっぱりそんな感じだった。みんなで楽しい思い出たくさん作ろうぜ!みたいなクラスのムードメーカーであるのに、集団としての輪みたいなものは絶対に崩さないし、誰かを仲間はずれにすることは絶対にしないのに、言いたいこと、主張したいことは相手にズバリと言えてしまう……バランス型というのだろうか。

 そんな勇太は経済学を専門とした2年制の専門学校の学生の時に同じクラスの女子と大恋愛をして、駆け落ち同然のようにみんなの前から消えた。専門学校は中退し、その恋した女性と共に他の街に引っ越して結婚した。

 その時の周囲はもう本当に大混乱だった。ハルカも勇太とは別の専門学校に通っていたが、高校のいつものメンツとはその話でしばらく持ちきりだった。

 勇太のお母さんがうちに来て、ハルカの母親に毎日のように勇太と勇太を連れて行ってしまった(と勇太のお母さんは思っている)女性の恨み言ばかり言っていた。

 田舎も両親のこともかえりみず、あれだけみんなのことを大切にしていた勇太が、何もかも犠牲にするぐらいの勢いで決断し実行した。

 交際の許可も反対も誰もしてないうちから、勇太はその女性と一緒になる未来しか考えてなかったんだろうなの当時のハルカは思った。

 いつもみんなのことを考えていた勇太が、誰かたったひとりのためにそのエネルギーを使うとこんなにも一途な爆発的な行動力を伴うものなのかと感心してしまった。

 ハルカと勇太は家が近いこともあり、男女の同じ歳の幼なじみだったこともあって周囲から恋愛関係に発展するのでは?と期待されたことも何度もあったが……

 ハルカは勇太の3つ上の兄である勇一が好きだったため、勇太に関してはいつもどこか幼くて、同じ歳なのに弟のような関係性に近いような気がした。

 それでも勇太の大恋愛の末の幸せを祈っていた。

 その勇太が目の前にいる。最後に会ったのはいつだったか思い出せないが、たぶん3年ぶりぐらいの再会だった。

 年の暮れだから帰省してきたのだろうか?でも勝手に専門学校を中退し、勝手に家を出て、勝手に結婚してしまった勇太は親から絶縁されていた気がする。

 親と仲直りできたのだろうか?
きっとそうなのだろう。
良かった。勇太、良かったね。

 とハルカは一瞬で結論つけると勇太に対して、

「久しぶり。そしておかえり。」と声をかけながら勇太の持っていた買い物カゴを引き寄せ、レジ打ちを始める。勇太が買っていたものは飲み物とお菓子だった。


「おおう……ってかハルカ……なんか雰囲気変わった?黒髪、すんごい似合うね。前より美人になったんじゃない?」

 と声をかけられてハルカは嬉しさもありつつも、血の気がひいた気がした。よく知ってる勇太のセリフだからなんとか冷静さを保てるが、やはり自分の容姿が男性に好意的に思われると手に冷や汗をかいてしまう。

 怖いのだ。ハルカは男性の視野に美しく入るのは怖いのだ。だったらメイクなどしなければいい……とも思うのだけれど、それだとなんだか”負けた”気がしてハルカは自分が許せなくなってしまう、そんな大きな生きづらさを抱えていた。

「ありがとう。はい。1320円だよ」

「はいよ。ハルカがスーパーのレジ打ち?なんからしくねぇーな?専門学校どうしたの?都会に行くって張り切ってなかったけ?」

「………。ごめん。今、仕事中だから」

 とハルカは勇太の質問をスルーした。勇太らしい質問の仕方だった。どことなく勇太はみずきに似てる気がする。聞きたいことを聞いてしまう。悪気はないのだ。その質問が他人の心をえぐる可能性もあるとは微塵にも思わないのだ。

 それでも勇太もみずきが悪いか?と言われたらそうじゃない。2人とも悪くない。悪いのは……悪いのは………。

「ハルカ?おまえ顔色悪いけど大丈夫か?
             おい、ちょっと?」

「……。だ、大丈夫だから帰って。お願い。」

 と言って勇太はスーパーを後にした。
ハルカは急に動悸が激しくなったような気がして、胸のバクバクが止まらない。呼吸も苦しく感じた。急いで深呼吸して呼吸を整えるとなんとか落ち着いてきた。

 こういった突発的な発作?のような対処にもずいぶん慣れてきた気がする。ハルカはそのままその日のアルバイトを終えてバスで家に帰ると……

 ハルカの家の前に勇太が立っていたのだった。

 「さっきは突然悪かった。少し話さないか?」

と優しげな眼差しでハルカに言うのだった。
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