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第三章:退却戦

第二十話:ヨルクの護り(後編)

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 フェイゲン達が教会で作戦会議を進めている一方で、ヨルク川後方の臨時カノン砲兵団陣地では、同陣地構築の最終仕上げが進行していた。

「毛玉隊長ぉ~、この弾薬箱どこに置くんですかねぇ?」
「あそこの六ポンド砲の近くに置いて~!あ、ちゃんと距離は二十メートルくらい離して置いてね!」
 
「毛玉隊長、不良になった砲弾は何処に置いておけば宜しいですかね?」
「検査ダメだった砲弾は赤のバツ印つけといて!OKな砲弾と混ざらない様に区別する事!」
 
「毛玉隊長!リヴァン市から輸送中の臼砲三基ですが、途中で荷車が脱輪した為、到着が遅れるとの事です!」
「え~、ちゃんと荷車の上で重量分散させたの~?臼砲はすごい重いから、荷車の片側に寄ってると直ぐ脱輪しちゃうよって伝えといて!」

 砲兵輜重隊のメンバーから次々に飛んでくる質問に対応しながら、毛玉隊長こと、エレン砲兵輜重隊長は、各大砲の傷の有無をチェックしていた。

「むう、この子はもう五十発も打てなさそうだなぁ……」

 砲身寿命を確認しているエレンの背後に、しめしめと大男が忍び寄る。

「よう!毛玉ちゃ……おぉう!?」

 肩を叩いて脅かそうと思っていたら、すんでのところで身を翻されバランスを崩すアーノルド。

「にひひ~、私はお姉ちゃんと違って何回も騙されたりしないよ~?」

 大砲の後ろに回り込みながらコロコロと笑うエレン。

「流石は毛玉隊長!このアーノルド伍長、おみそれ致しました」

 斜めに被った三角帽子を脱ぎながら、慇懃無礼な物言いをするアーノルド。

「それ!アーノルドおじさんが毛玉って呼ぶから輜重隊のみんなからも毛玉隊長って呼ばれる様になっちゃったじゃん!」

 不満そうで嬉しそうな、困り眉の笑顔を浮かべるエレン。

「まぁまぁ良いじゃねえか、お陰で輜重隊の皆とは仲良くやれてるみてぇだし。最初、エレン嬢ちゃんが輜重隊長になったって聞いた時は流石にビビったがな!」

 ガッハッハ!といつもの豪快な笑い声を響かせるアーノルド。

「私以外に隊長やりたいって人が居なかったんだもん!みんな読み書き計算は出来るけど、大砲の事は知らないみたいだったからね~」

 自身の後ろで、弾薬箱や前車をせっせと運搬している輜重隊員の姿を一瞥するエレン。
 民間人である彼らは軍服着用義務が無い為、皆一様に私服を着用している。また、読み書き計算が出来れば出自性別は不問とした為、老若男女な面々が輜重隊として任務に従事していた。

「ひいふうみい……総勢二十人くらいか。毛玉ちゃんも立派な小隊長だな!もし輜重隊が軍属だったら、俺が毛玉ちゃんに敬語使わなんなきゃならなくなっちまうなぁ!」

「私は構わないから今から敬語でも全然良いけどね~?」

 ニヒヒと笑い合う二人の元に、また一人の隊員が走り寄ってくる。

「毛玉隊長さん!砲身と砲弾の遊隙ってどこまで許容すれば良いんですか?」
「三ミリメートル!……が理想だけど殆どの砲弾が弾かれちゃいそうだから六ミリメートルまで可!ヘイウィングお兄さんが寸法測るの上手いから彼に任せてあげて!」
「了解です!」

 一人がエレンの元から駆け出すと、また一人がエレンに指示を仰ぎに馳せ参じてくる。

「毛玉隊長、丸弾の真球度を測るにはどうすれば宜しいでしょうか?」
「その辺の丘で砲弾を転がしてみて!軌道が変に曲がらなかったら合格だよ。ホーキンスおばさんが手持ち無沙汰だったからやらせてあげてね!」
「了解しました!」

「す、すげぇな……」

 十五歳とは思えない指揮力で周囲を纏め上げるエレンの姿に、アーノルドは若干の不気味さすら覚えていた。

「……毛玉ちゃんよう、その知識は何処で仕入れてきたんだい?」

「お家に大砲が置いてあったからだよ。お姉ちゃんと違って私は暇だったから、倉庫の大砲弄ったり、大砲の教本を読んだりして暇潰ししてたの~」

 大砲弄りをまるで、ありふれた趣味であるかの様に話すエレン。

「家に大砲ってお前……あぁ、そういや毛玉ちゃんの実家って裕福な武器商なんだっけか!」

 姉妹揃ってお嬢様とは羨ましいねえ、と両手を後頭部に遣りながらニンマリ呟く。

「……本当のお嬢様はお姉ちゃんだけだよ。私はカロネード家の子供じゃ無いからねー」

「うん?カロネード家の子じゃないって、どういう事だよ?」

 牽制の意味も込めて、やや自虐気味な微笑を浮かべるエレンだったが、アーノルドはそんな事お構い無しに深掘りしてくる。

「むぅ、その辺は話すと長いよー?」

 あまり触れてほしくない話題である為、なんとか不器用にも話題を逸らそうとするエレン。

「良いぜ!聞かせていただきやす!」

 地べたに座り込み、完全に聞く姿勢に入ったアーノルドを見たエレンは、観念して掃除の手を止めた。

「……わたしね、元々はノール人のお父さんとラーダ人のお母さんの子供なんだ」

 煤で黒くなった手を布巾で拭きながら話す。

「そりゃハーフって事か?ノールとラーダの子供ってのは珍しいな。オーランドとラーダのハーフは、話す言葉が変わんねえ事もあって、良く聞く話だけどよ」

「そうそうハーフだね~。お父さんはノール語、お母さんはラーダ語で話すから、どっちの言葉で話せばいいのか小さい頃はすんごく迷った記憶が……あ、ありがとねー」

 輜重隊のメンバーから報告書を受け取りながら話を続けるエレン。

「じゃあ今はノール語もラーダ語も話せんのか?」

「ううん。ノール語を覚える前に、お父さんが死んじゃったから」

 報告書に目を通しながら応えるエレン。

「そ、そうだったのか。すまねぇ、悪い事を思い出させちまったな」

 頭を下げるアーノルドに対し、ゆっくりと首を横に振るエレン。

「正直顔もあんまり覚えてないから、悲しいとかの感情も特に無いんだよね。五歳くらいの頃だったから、声もどんな感じだったかイマイチ思い出せないし……あ、これで問題ないからイーデンおじさんの所に持って行ってあげて~」

 承知致しました!と走り去っていく輜重隊員の姿を横目に見ながら、どこまで話したかなと顎に手を当てるエレン。

「えーっと、そうそう。その後で私のお母さんと、お姉ちゃんのお父さんが再婚したの。二人とも同時期に相方を亡くしてたから、結構気が合ったみたいだよ~」

「カロネード家の血を引いてないって、そういう事か!てっきり俺は本当の姉妹だと思ってたぜ」

「ほんと!?ちゃんと姉妹に見える?嬉しい~!」

 口元で両手をパチパチさせて喜ぶエレン。
 
 同じ年に生まれ、同じ年に片親を亡くした者同士なのだ。本当の姉妹以上に気が合う所もあったのかも知れない。
 
 エレンの異様とも見れる喜び様を見ながら、アーノルドは推測した。

「血の繋がりが無い私を、お姉ちゃんは本当の妹みたいに接してくれたの。だから今度は私がお姉ちゃんを助ける番なんだ~」

「なぁるほどな。それが姉さんに付いてきた本当の理由か?」

「うん、そう――」

 そうだよ、と言おうとして慌てて口を塞ぐエレン。

「い、今言った事はお姉ちゃんには内緒にしてね!?」

「えっ、何でだよ?言ってあげた方が姉ちゃんも喜ぶと思うぜ?」

 えへへ、と照れくさそうな笑みを漏らしながら理由を説明するエレン。

「お姉ちゃんには"面白そうだから自分の意思で付いて来た"って言ってあるの~!正直に"お姉ちゃんを助ける為に付いてきた"って言っちゃったら、逆にお姉ちゃんの負担になっちゃうかもしれないでしょ?」

 エレンの返答にアーノルドは目を丸くした。彼女がそこまで考え抜いた上で、姉と行動を共にしているとは夢にも思っていなかったのである。
 のほほんとした雰囲気とは裏腹に、確固たる信念を掲げている彼女に対してアーノルドは、据えていた腰を浮かせ、起立の姿勢を取る。

「済まなかったな。俺は毛玉ちゃんの覚悟を甘く見てたみてぇだ」

「きゅ、急にどうしたのさ!?」

 やや引き気味のエレンに対して、敬礼で応えるアーノルド。

「俺に出来る事があれば言ってくれ!毛玉ちゃんの助けになるぜ?」

「えぇー?まぁ、それは嬉しいけど……じゃあこの名簿一覧確認しておいてくれない?隊員さん達の名前と年齢がちゃんと一致してるか確認して欲しいの!」

「おっしゃ、任せろ!」

 快くエレンから名簿を受け取るアーノルド。一枚捲ってみると、先ず一番として隊長であるエレンの情報が載っていた。

「人相特徴、年齢、氏名、問題ないな……おっと」

 氏名の旧姓の欄が空欄である事に気付いたアーノルドは、大砲の点検を再会していたエレンを呼び止める。

「毛玉ちゃん、お前の旧姓って何て苗字なんだ?空欄になってたから書いとくぜ?」

「あー、ごめん!旧姓はノール語の苗字だからスペルが分かんなかったのー!」

「適当に書いとくから、取り敢えず発音だけ言ってくれーい」

 アーノルドに促され、エレンは自分の旧姓を叫んだ。

「グリボーバル!私の旧姓は、グリボーバルって言うの!」

「グリボーバル?ノールらしい、ヘンテコな苗字だな!」

「他人の苗字を変って言わないのー!」

 む~っと頬を膨らませるエレンをアーノルドは苦笑しながら見つめていたが、遠くから彼女の肩越しに近付いてくる伝令兵の姿を捉えた時、アーノルドの顔から笑顔が消えた。

「報告!イーデン・ランバート中尉は何処か!?」

「ひえぇ!いきなり何なの~!?」

  いきなり背後から怒鳴り声を浴びせられ、縮こまるエレン。

「イーデン隊長はフェイゲン歩兵連隊長と作戦会議中だ。火急の用件なら、代わりに俺が受ける」

 突然の事態にオロオロしているエレンを他所に、アーノルドが落ち着いた声で対応する。

「はっ!承知致しました!」
 
 馬を降り、ヨレてくたびれた文書を読み上げる伝令兵。

「パルマに潜伏中の斥候より報告!ノール軍約五千がパルマを出立し、ここヨルク川へと進軍を開始!会敵まで、およそ一日!ついては、速やかに防衛体制を整えられたしとの事!」

 伝令の報告を聞いたアーノルドが豪快に笑う。

「ガッハッハ!いよいよ来なさったな!フェイゲン連隊長殿へは連絡済みか?」

「いえ、これからです!」

「分かった、教会までは俺が案内する!イーデン中尉含めて全員が其処で会議中だ!」

 伝令が乗ってきた馬に、勢いよく相乗りするアーノルド。突然大男が跨ってきた為、驚いた馬が大きく嘶き声を上げる。

「毛玉ちゃん!名簿の確認の続きはこっちでやっとくから、砲撃準備の続き頼んだぜ!」

 ドップラー効果を伴いながら遠ざかっていくアーノルドの声。状況に頭が追いついて来るまで、エレンは口を半開きにして棒立ちしていた。

「毛玉隊長~」

 指示を仰ぎに来た輜重隊員の言葉で、やっとエレンは我に返った。
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