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第二章:白鉛の街、パルマ

第十四話:乗り込め!タルウィタ連邦議会!(後編)

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「只今ご紹介に預かりました、エリザベス・カロネードと申しますわ。ラーダ王国出自の身ではございますが、今はパルマ女伯閣下に付き従い、砲兵士官候補生としての任に就いております」

 ラーダの名前を出せば少しは反応してくれるかと思ったが、見込みが甘かった。誰もこちらを向いていない。
 事の重大さを語る前に、先ずこちらに意識を向けさせなければ。

「……閣下が連邦軍編制の訴えをしている最中、不躾ながら方の聞く姿勢を拝見させて頂きました」

 "あなた"呼ばわりに反応した貴族諸侯の何名かが、自分に目を向ける。

有り体ありていに申し上げますと、ラーダ王国の議会とは似ても似つかない有様で御座います。二百四十八回にも及ぶ議会ごっこの果てに、皆様方は何か得られる物は御座いましたでしょうか?」

 自分達を侮辱していると確信した諸侯達が、一斉に明確な敵意をエリザベスに向ける。

「あら、皆様やっと私を見てくださりましたわね。光栄ですわ」

 敵意でも侮蔑でも何でも良い。相手に理解を促す為には、先ずこちらに関心を持ってもらわないと話にならない。

「皆さま私に注目して頂いたところで、恐れながら言上ごんじょう奉ります。あなた方はなぜ、自国領土が侵される事に対してそれ程までに無関心なのでしょうか?」

 周囲を見回しながら尋ねるが、誰も自分の問いに答えようとしない。

「皆様お口を無くされたのでしょうか?それとも私ごとき小娘にも反論が出来ないほど堕ちてしまったのでしょうか?」

「エリザベス・カロネード、議長として貴殿に警告します。この場に相応しい言葉遣いと立ち振る舞いを心掛ける様――」

「その言葉を何故あそこで居眠りしている方々に向けないんですの!?彼らの振る舞いこそ、この連邦議会に相応しくない立ち振る舞いでしょうに!」

 演説台に拳を叩きつけながら叫ぶ。

「侮辱されて何の申し開きもしない領主など、居る意味がありませんわ!あなた方に領邦領主としての矜持は御座いませんの!?」

「この小娘言わせておけばッ!我々にだって算段はあるのだ!」
「ラーダ人がオーランドの国政に口出しをするな!」
「不愉快だ!その平民を追い出せ!」

 ついに貴族諸侯達から怒りの声が噴出する。

「やっと話す気になった様ね。そこな貴方、今言った算段とやらを聞かせて頂けるかしら?」

 喧嘩腰でも良い。対話が始まればそれで良い。

「ラーダ王国からの白紙和平提案を待つのだ!今までもこの様な事態は幾度もあったが、その度にラーダ王国が仲介役を申し出てくれた。今はただそれを待てば良い!」

 外周に座っていた一人の貴族から反論が飛ぶ。

「その和平提案とやらを待っている間、ノール軍に蹂躙され続ける事になりますが、宜しいんですのね?あなたの喉元にナイフが突き立てられる前に、和平提案が無事届く事をお祈り申し上げますわ」

「ぶ、無礼な!私とてオーランド諸侯だ!我が領地にノール軍がひとたび侵入したとあれば、手勢を率い、剣を抜いて戦う事に一切の迷いは無い!」

「オーランド諸侯を名乗るからには、自領他領問わず、オーランド国内で戦火あらば速やかに救援に駆け付ける気概がある……という事で相違ありませんわね?」

「そ、それは……」

「断言できないのなら、貴方にオーランド諸侯を名乗る資格はありません」

 今彼らに足りないのは、自分達はオーランド諸侯であるという当事者意識だ。パルマの会戦は、決して対岸の火事では無い事を思い知らせる必要がある。

「……この連邦軍正式編制の儀は、パルマだけの問題ではありません」

 再度、諸侯達の顔を見回しながら、今度は一転して諭す様な口振りで話すエリザベス。

「たとえ自領の戦争では無かろうとも、同じオーランド諸侯が苦境に立たされているのであれば、迷わず援軍を派遣する……それが同じ金葉きんようの旗に集いしオーランド連邦諸侯のあるべき姿だと思いませんこと?」

 周りの辺境伯達が大きく頷くのと同時に、エリザベスの語気も徐々に強くなる。
 
「先程までの無礼な態度についてはお詫び申し上げますわ。しかしながらパルマ市……ひいてはオーランド連邦が今回ノール軍から受けた被害は、私がこの場で申し上げたどんな罵詈雑言よりも酷いものですわ!」

 そして締めに向かって声量のスロットルを一気に上げるエリザベス。

「私のオーランド連邦を侮辱する言動に対し、義憤に駆られる思いで椅子から立ち上がった貴卿らが、どうしてノール軍の侵略という侮辱の極みに対して立ち上がろうとしないんですの!?」

 張り上げた声の残響が議会に木霊こだまする。
 その迫力に、貴族諸侯の誰もが息を呑んでいた。

「……私からは以上ですわ」

 フラフラとした足取りで着座するエリザベス。
 議長も呆気に取られていた様子で、しばらくの間、時が止まったかの様に議会全体が静まり返っていた。

「……エリザベス・カロネード。証言中における貴殿の言動及び振る舞いを、著しく礼節を欠くものであると判断致します。よって議長権限により退廷を命じます」

「異論ございませんわ」
 
 証言中に横槍を挟まず、言いたい事を最後まで言わせてくれたのだ、心身共に異論はない。証言後に退廷を命じてくれたのも、議長なりの心遣いなのだろう。

「また主人たるランドルフ卿にも、主従の関係にある者が議会の調和を乱したとして、相応の罰を授けます。内容如何は追って伝達するものと致します」

「不服毛頭御座いません」

 深々と頭を下げるパルマ女伯。

「では、失礼致しますわ」

 やる事はやったわよ、とパルマ女伯を一瞥すると、そそくさと議事堂を後にした。



「……ヒマね」

 議事堂へと続く、大理石で出来た階段の中腹あたりに腰掛けながらボヤくエリザベス。
 眼前に広がる議事堂前広場には、貴族諸侯の付き添いらしき人達がたむろしており、各々の所領の近況について情報交換を行なっている。

「……きれいな街なのは良いけど、小綺麗すぎるのも見てて面白味に欠けるわね」

 議事堂内の様子を見ようとしても、入口の衛兵から無言のディフェンスを食らう為、こうして階段に腰を据える他にやることが無い。
 エリザベスが議会から放り出されてから一時間が経過しようとしていたが、まだ議会は続いている様だ。

「もうお昼じゃない……流石にお腹が空いてきたわ」

 懐中時計を見つめながら呟く。このくらい大きな都市なら、少し歩けばパン屋の一つや二つ、すぐ見つかるだろう。
 膝から立ち上がり、ぐいっと伸びをすると、階段をトテトテと降るエリザベス。
 最後の一段に差し掛かった時、階段脇に礎石らしき記念碑が建立されているのが目に入った。
 興味本位で刻まれた文字をしげしげと見つめてみる。

「千七百十年、偉大なる都市設計士、ウィリアム・ランドルフの手による、ね。六十年以上前って事はオーランド建国とほぼ同時に建てられたのかしら……んんー?」

 "ランドルフ"という名字が頭に引っ掛かる。

「……あ、パルマ女伯と同じ名字じゃない。お父様、にしては時代が離れてるわね。お祖父様に当たる方なのかしらね」

「その通りだ。元々、ランドルフ家は都市計画家の家系だったからね」

 急に背後から話しかけられ、少しビクッとしながら振り返ると、フレデリカが腰に手を当てて佇んでいた。

「議会はどうしたんだい?」

「あー、え~と、色々あって摘み出されてしまいまして……」

 放り出された顛末をフレデリカに説明するエリザベス。

「なるほど。閣下が君を呼んだ理由が理解できたよ。私達のパルマのために証言してくれて有難う。閣下は面と向かって謝辞を仰らないだろうから、先に私から礼を述べさせて欲しい」

 右手を胸に当て、うやうやしく一礼をするフレデリカ。所作一つ取っても見惚れてしまう程優雅だ。

「た、大尉殿がわざわざ私に礼を言う必要は御座いませんわ。自分が出来ることをしたまでですの」

 これ以上自分の心を掻き乱さないでくれ、と本心を言うことも出来ず、紋切り型の謙遜を言うに留まるエリザベス。

「……この都市は女伯閣下のお祖父様が作られたんですのよね?」

「その通り。連邦建国と同時に新しい首都、つまりこの街の開発が始まったんだ。ちなみに、オーランド連邦構想を最初に発議したのもランドルフ家だね」

「ランドルフ家って、そんなに重要な地位にいたんですのね……ただのパルマ辺境領主だと思ってましたわ」

 街のスカイラインを目で追いながら、女伯の事を少しだけ見直すエリザベス。

「首都の都市計画を任される程高貴な家柄の割に、何でパルマなんて辺境を治めているのかしらねぇ……」

 頬杖を付きながら呟いていると、背後から耳をろうする程に甲高い鐘の音が響いてきた。

「正午の鐘だな」

 腕を組み、音の出所を見つめるフレデリカ。彼女の目線の先には、我が物顔で鳴り響く青銅鐘と、それを支える教会の尖塔があった。
  五度目の鐘が鳴り響いた頃、議事堂の扉が突如開かれ、中からゾロゾロと貴族諸侯が溢れ出してきた。

「連邦議会が終わった様ですわね」

「そうみたいだね。閣下はいつも一番最後に出て来る筈だよ」

 フレデリカの言葉を信じて暫く階段の端っこで待っていると、今回も例に漏れず最後尾をゆっくりと歩いて来るパルマ女伯の姿があった。

「閣下。連邦議会へのご臨席、誠にお疲れ様でございました」

「閣下、連邦軍編成の儀はどうなったんですの?」

 一緒に階段を降りながら、投票結果について話を交わす三人。
 
「結論から言いましょうか。全会一致とはならず、否決されました」
 
「否決ぅ!?あんなに頑張って訴えたのに!?」

 投票結果を知らされ、驚愕するエリザベス。

「辺境伯六名は全員賛成を唱えていましたが、貴族諸侯の一部が反対に票を投じたみたいですね」

 投票結果の写しをエリザベスに見せる女伯。

「……この書き方では、誰がどちらに投票したか解らないじゃありませんの!?」

 投票数と否決事由のみが書かれた写しに激昂するエリザベス。

「誰がどちらに投票したか分かってしまうと、個人に責任が発生してしまうからです。この国らしい責任の取り方と言えますね」

「ぐぬぬぬぬ……」

 腑に落ちないながらも、否決事由の欄を読み進めていく。

「ノール軍が再度攻撃を仕掛けて来るという証拠がない為。ラーダ王国からの仲裁提案が来ないと決まったわけでは無い為。今までも同様の事態は多々あった為……」

 事由を読み進める程にはらわたが煮え繰り返ってくる。

「全部ただの希望的観測じゃない!?ノールが攻めて来ても耐えられる様な策を講じているのかしらと少しでも信じた私がおバカだったわ!」

 ムキーッ!と地団駄を踏むエリザベス。

「……如何いたしますか閣下?恐らくもう直ぐクリス少尉の偵察隊がパルマに帰還する頃かと思われます。彼が持ち帰った情報を基に、再度議会招集を掛ければ、また違った結果が得られるやもしれません」

 フレデリカが女伯へ第二案を提案するも、彼女は首を横に振った。

「無理でしょうね。伝聞情報だけで貴族諸侯の気が変わるとは思えませんし、臨時会議招集を掛ける場合、最低でも一ヶ月は掛かります。ノールが本気でパルマ侵攻を考えているのであれば、まず時間が間に合わないでしょう」

 八方塞がりに直面し、黙り込む三人。

「……防備を固めるにしても、対策を考えるにしても、一度パルマに戻ってから考えませんこと?」

 端的に言えば問題の先延ばしではあるが、ここにいた所で状況が改善する訳でもない。二人もその事を察してくれた様で、無言で頷いてくれた。

「果たして五日も掛けて此処に来た意味が合ったのかしらね……」

 女伯に続いて、ため息を吐きながら馬車に乗り込むエリザベス。

「"正規の手段を用いて連邦軍編成を訴えた"という事実にこそ大きな意義があります。加えて、この陳情によって貴族諸侯達の心に拭い切れぬ罪悪感を植え付ける事も出来ました。残念ながら否決はされましたが、結果自体は上々です」

 それに、と一拍置いて馬車の外を眺めながらパルマ女伯が呟いた。

「……貴女のお陰で"覚悟"が出来ました」

 貴族諸侯達が緩やかな談笑を繰り広げているのを尻目に、パルマ女伯を乗せた白塗りの馬車は忙しなく広場を脱して行った。
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