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第二章:白鉛の街、パルマ

第十話:パルマ凱旋

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 第二次パルマ会戦から一週間後。
 パルマ市の西門は、リヴァン市から凱旋してきたパルマ軍兵士達と、彼らを祝福せんとするパルマ市民達でごった返していた。

「……凄い人の数ね。東部オーランド随一の都市と言われるだけの事はあるわ」

 馬に跨るエリザベスが、驚きのあまり声を漏らす。カロネード姉妹も臨時カノン砲兵団の一員として、凱旋に参列していた。エレンは白とブラウンのシンプルなドレス、エリザベスは刺繍と金の装飾が付いた紺のドレスといった装いで、双方対照的な色合いである。数少ない共通点としては、麦わらの日差し帽子ボンネットを被っている所と、二人とも横乗りの姿勢で乗馬している所ぐらいである。
 軍楽隊の伴奏付き凱旋パレードは、西門からパルマ中央通りを通り、市中心部にあるパルマ市庁舎前まで行進する手筈になっていた。中央通りの両脇は既に熱狂するパルマ市民達で埋まっており、中には建物の屋根から凱旋パレードを見物しようとする者まで表れていた。

「お姉ちゃん見て見て!パルマの人からまた花飾り貰っちゃった~!」

 シロツメクサの花冠を頭に被り、バラの花輪を両腕に持ちながら、馬上で市民達の歓声に手を振るエレン。

「この調子だと、市庁舎に着く頃には花まみれになってそうだな。これ以上花が増えると手綱が見えなくなるから勘弁してくれ」

 エレンと同じ馬に跨ったイーデンが呟く。エレンは乗馬の経験が無い為、イーデンの馬に相乗りさせてもらっている。

「相乗りするならベスとの二人乗りの方が良かったんじゃねえか?」

「これでいーの!」

 両手に持ったバラの花輪をイーデンに押し付けながら、プイと前を向くエレン。それと同時に、エリザベス達の後方から一層の大歓声が聞こえてきた。

「パルマ軽騎兵中隊が入場したみたいね」

「あぁ。大方の予想通り、ヒーロー扱いみたいだな」

 同数の重騎兵相手に圧勝しているのだから、フレデリカ達も殊勲部隊である事に文句は無い。
 ただ自分達砲兵も同じ様に、左翼の有翼騎兵フッサリアを撃退するという並々ならぬ戦果を挙げているのだ。

「……同数以上の重騎兵相手に圧勝するなんて、一体どんな手を使ったのかしらね?」

 民衆に向かって控えめに手を振るフレデリカを見ながら、口を尖らせるエリザベス。

「お、どうした、ヤキモチか?」

 不満げな顔をしているエリザベスをからかうイーデン。

「別に。どんな機動を用いて勝利したのか、単純に気になるだけよ」

「……こういう時くらい、素直な感情を表に出しても良いと思うぜ。お前なりの矜持があるんなら止めはしねぇけどよ」

 意固地になっている事を見透かされ、恥ずかしさから手綱をギュッと握り込むエリザベス。

「う、うるさいわね……あ、貴方こそ、もっと自分の部隊の功績を表に出すべきよ!なによあの戦果報告時の無駄に謙虚な姿勢!?負けたのと違うんですのよ!?」

 恥ずかしさを取り払う為に、会話の主体を無理矢理イーデンに押し付けるエリザベス。

「あー、あれは悪かったな。今までなるべく目立たない様に過ごしてたもんだから、自分の手柄をアピールするってのがイマイチ難しくてな」

「謙虚なのは大変結構ですけど、貴方は以前と違って数多くの部下を率いてるんだから、自分の戦果報告がそのまま部下の褒賞に直結するって事を良く考えて――!」

「わかったわかった。めでたい凱旋記念なんだから、小言はこれで終わりにしようぜ?すげえ姿勢になってんぞ?」

 馬から半分身を乗り出してイーデンに向かっていた事に気づき、キョロキョロと周りの目を気にしながら跨り直すエリザベス。

「市庁舎まではあとどれくらいなの~?」

「この行進速度だと、あと一時間くらい掛かりそうね」

 イーデンに質問したつもりが姉から答えが返ってきて驚くエレン。

「え!お姉ちゃんパルマ来たことあるの!?」

「そりゃ商人なんだからあるわよ。北方大陸を縄張りにしてる商人で、パルマに来た事ない商人なんて居ないんじゃないかしら?」

「そんなにパルマって凄い都市なの?」

 真上を向いてイーデンに尋ねるエレン。

「確かに東部オーランドじゃかなりデカい部類に入る都市だな。俺はパルマ出身じゃないから詳しくは知らんが、すずの産地として昔から発展してきたらしいぜ。錫の別名から取って、白鉛はくえんの街とも呼ばれてるな」

 最後に観光ガイドの様な情報を付け加えながら説明するイーデン。

「白鉛の街ってすごいオシャレじゃん!ちなみに錫って何処から取れるのさ?」

「アレだよ、アレ」

 イーデンの指差す彼方には、霊峰もかくやと言わんばかりの山々が連なっている。

「アレがアトラ山脈だ。ウチとノール帝国を隔てる自然国境さ。あそこから良質な錫が取れるってんで、ノールが度々ちょっかい掛けてくるんだよ」

「錫は青銅、つまり大砲の原材料になるのよ。ラーダ王国の所有する大砲にも、パルマの錫が多く使われているわ」

 錫とノール軍侵攻の関係性が読めてない様子の妹に、姉がフォローを入れる。

「まぁ兎に角、ラーダ王国の大商人令嬢が仰ってるんだから、名実共に大都市って事だな」

大商人令嬢、だけどね」

 そのエリザベスの言葉を聞いたイーデンがハッとする。

「あぁ!その件だけどよ。お前、現在の身分について少し考えておいた方がいいぜ。この後パルマ辺境伯閣下に謁見するんだろ?自分の身分を保証してくれる様に頼んでみたらどうだ?」

「……それも、そうね」

 実家を飛び出した小娘の身分など、奉公中の下女よりも低い。浮浪者と大して変わらない存在だろう。二人ともは無理でも、せめてエレンはまともな身分に持ち直してあげたい。
 この歓声の最中にも関わらず、我関せずと道路脇で寝転んでいる浮浪者達を横目で見ながら、パルマ領主へのお願い事について独り言を呟くエリザベス。

「先ずは何よりも士官候補生への任官願いでしょ?それにパルマに在住する市民権も要るし、宅地に住宅は……まぁ兵舎に住めればそれで良し。あとなんかお願いする事あったかしら――」

「ねぇねぇお姉ちゃん!」

「ひひゃあ!?どうしたのよ急に!?」

 突然エレンに木の棒で突っつかれて悲鳴を上げるエリザベス。

「お姉ちゃん、独り言モードの時はこうでもしないと戻ってこないんだもん!」

「い、いきなり突っつくのはやめなさいって!何度も言ってるでしょ!」

「エレンは何度も呼んでたぜ。相変わらずの没頭癖だな」

 久しぶりに心底吃驚した自分自身に驚くエリザベス。急に自分の体を触られる事だけは、カロネード商会の教育を以ってしても、絶対に慣れることは無かった。

「ノール軍はどこに逃げちゃったのさ?昨日フレデリカお姉さんとその辺の話してたんでしょ~?教えてよー」

「あぁ、その話ね」

 心臓が跳ね上がる程の驚きに対して余りに素朴な質問だった為、あからさまに不機嫌そうな表情になるエリザベス。

「大尉さんの話では、国境のアトラ山脈まで退却したそうよ。クリス隊長さんの小隊が大分深くまで追跡しているみたいね」

「はぇー、結構後退したんだね。てっきりまだオーランド国内の何処かにいるもんだと思ってたよ」

「パルマより東には大きな街もないわ。補給が難しくなるから、一旦自国領に戻ろうって魂胆じゃないかしら」

「へっ、自分達から攻めておいてザマァねぇぜ」

 街の彼方に見えるアトラ山脈に向かって、煽る様に手を振るイーデン。

「大尉さんも言ってたけれど、あのノール帝国がこの程度の損害で侵攻を諦めるとは思えないわ。第二次攻勢の対策を考えないと!」

「ノールがちょっかい掛けてくる度にそう言ってるんだよ、大尉殿は。いつもの事だよ」

 笑いながらイーデンが答える。

「そう言って本当に第二次攻勢が来た試しがねぇんだわ。大体いつもこの辺りで、ラーダ王国から和平介入の申し入れが来て、停戦ルートだよ」

「……オオカミ少年みたいな事にならなきゃ良いんですけどね」

「不安ならパルマ辺境伯閣下に具申してみたらどうだ?上手くいけば連邦軍召集を議会に打診してくれるかもしれないぜ?」

「なんで私がそんな事っ――」

 自分には関係ない、と言おうとした瞬間、自分が殺したオーランド兵の後ろ姿が脳裏にフラッシュバックする。
 
 横たわり、穴だらけになった死体。
 恨めしそうに自分を見つめる濁った瞳。
 仲間の血で赤く染まる葦。

「ゔっ……全く、たちの悪い……」

 罪悪感を心の底から無理矢理叩き上げられた様な感覚に陥り、少し嗚咽が漏れる。

「……まぁ、言うだけタダだし、具申してみようかしらね」

 自分の中にいるなだめる様に、エリザベスは呟いた。



 同時刻。アトラ山脈、国境峠にて。

「御尊父殿……もとい連隊長殿カーネルの処分は、如何様な物に?」

「軍務を解かれ、東方極地開拓の一団を率いることになった」

 野営用のテントの中で、オルジフ男爵とノール軍の貴族将校らしき青年が卓を囲んでいる。

「父上の年齢から察するに、もう二度と帝都に戻る事は無いだろう。事実上の流刑だよ」

 色白な顔色と透き通る金髪を持つ彼は、いかにも貴族の御曹司らしい出で立ちではある。
 しかしながら、いささか恰幅の良過ぎる体格と、他の男性と比べて少々見劣りする低身長の所為で、本来貴族が纏うべき優雅さや気品といったものが全く感じられない。

「第二次パルマ会戦における敗戦の責は私にもございます。我が有翼騎兵フッサリア大隊が右翼の敵戦列を突破していれば、異なる結末もあった事でしょう」

「貴卿がタラレバ話をするとはな。明日は雪が降りそうだ」

「雪ならば、既に降っておりますが……」

 オルジフがテントの外に目をやる。
 アトラ山脈は年間を通して雪に覆われた豪雪地帯である。現在は夏季である為、そこまで積雪量は多くないが、冬季には通行不能になる程の積雪となる事も珍しくない。

「只の比喩だ。やはりヴラジド人は生真面目だな」

 第二次パルマ会戦の会戦経過を記した報告書を眺めながら呟く青年。

「……敵砲兵の一部が最右翼にも展開していたのは、貴卿にとっても父上にとっても、完全に予想外だっただろうな」

「敵砲兵が誤射をも躊躇ためらわずに散弾を発射してきた事につきましても、私の見込みが甘かったと言わざるを得ませぬ。奴等の覚悟を見誤りました」

 青年は報告書から目線を外し、やや厳しい目付きでオルジフを見つめた。

「あれもこれも自責と見做すのは貴卿の悪い癖だ。ヴラジド軍人としては正しいのかもしれないが、帝国軍人からすれば容易に付け入る隙を与えているだけにしか見えんぞ?」

「ご忠告、痛み入ります」

 僅かに頭を下げるオルジフ。

「ただ、オーランド連邦軍の士気の高さは、余としても気になるところではある。あの国の庶民共は、国に対する帰属意識など欠片も持ち合わせていないと踏んでいたが……」

「それにつきまして、私からご進言の許可を賜りたく」

「良い、申してみよ」

 オルジフは、ポケットから数枚の国旗の切れ端を取り出して、机の上に広げて見せた。

「何だこれは?全てオーランド連邦国旗の一部の様だが」

「先の会戦で鹵獲した物です。奇妙な事に、敵の中隊、大隊、果ては連隊に至るまで、全てこの連邦国旗を掲げておりました。通常であれば、各隊の隊旗を掲げるべき所かと存じますが……」

 ふむ、と報告書を傍に避け、オルジフの言に耳を傾ける貴族将校。

「まるで、オーランド連邦軍の全軍が集結していると言わんばかりで御座います」

「……敵が過剰な印象付けに走っている時は、その逆を疑えと、父上が言っていたな」

 左様に御座います、とオルジフが相槌を打つ。

「つまる所、敵はまだ連邦軍を動員出来ていないのではないか、と考える次第で御座います」

 あくまで推察に過ぎませぬが、と付け加えるオルジフ。

「いや、良い着眼点やもしれん」

 両肘を机に乗せ、絡ませた両手を口元に持ってくる青年。

「もし貴卿の推察が正しいと仮定すれば、あの会戦で戦っていたのは、パルマとその近隣住民を中心に編制された臨時軍という事になるな」

「仰る通りで御座います。練度は未熟なれども、自分達の住む街を守りたいという思いが、士気に直結した物と思われます」

「奴等の士気が高かったのは、愛国心故にでは無く、単に自分の街を守りたかっただけと言うことか……」

 暫くの間、目を瞑って思案に暮れる青年。

「……貴卿の進言、褒めて遣わす。その慧眼、オーランド首都攻略への道を照らす光となるやもしれん」

「過分な御言葉、恐縮の極みに御座います」

 深く頭を下げるオルジフ。

「さて、善は急げと言う。この儀、早速余から軍団長へ進言してみようではないか。加えて、パルマ軽騎兵の追撃阻止の任についても、大儀であった」

 椅子から立ち上がり、冬季外出用の分厚い毛皮のファーコートを手に取る青年。

「それにしても、よく一人で此処までの推論を組み上げたものだな」

「この策には覚えがありましたので」

「ほう、貴卿もこの妙策を使った事があるのか。どこで使った?」

 テント出入り口の垂れ幕を捲りながら、振り返って尋ねる青年。対してオルジフは椅子に座したまま、振り返らずに答えた。

「二十年前――」

 オルジフが二十年前という言葉を発した瞬間、青年の動きが一瞬止まった。

貴国ノールとの戦争の最中さなかに、全く同じ手を使い申した」

「……そうか」

 青年はそれ以上何も言わず、足早にテントを後にした。彼が出て行った後、オルジフはテーブルの上で踊るランタンの影を、しばし見つめていた。

「……御尊父殿の二の舞にならぬ様、努努ゆめゆめ用心なされよ」

 突然そう呟くと、オルジフはゆっくりと振り返り、先程まで青年が佇んでいたテントの入り口を一瞥する。

「御尊父殿に代わり、連隊総指揮官カーネルへの御昇進、心よりお慶び申し上げます……ヴィゾラ伯、シャルル・ド・オリヴィエ閣下」

 青年の昇進に対して、祝辞を述べるオルジフ。しかしてその表情は、極めて無機質な物であった。


 
 当のヴィゾラ伯はを知る由もなく、自ら軍団長へ具申を行う為、足早に歩を進めていた。

「先ずは五千あたりの戦力で様子を見たい所だが、果たして軍団長殿がそれを許して下さるかどうか……む?」
 
 暫くブツブツと思案しながら歩いていたヴィゾラ伯は、突然足を止めた。
 
「……気のせいか」

 何処からか視線を感じ、周囲を見回すヴィゾラ伯であったが、気にせずまたスタスタと歩き始めた。
 
 不幸にも、それは気のせいなどでは無かった。
 ヴィゾラ伯のテントに程近い林の中から、単眼鏡のレンズが覗いていたのだ。

「これは……不味いぞ……!」

 単眼鏡の持ち主、クリス・ハリソンが悪態を吐く。
第二次パルマ会戦終結から一週間。クリスの部隊はノール軍残党に気取られる事なく彼らを追跡し続け、遂にはアトラ山脈の国境峠にまで追走していた。

「フレデリカ大尉殿。やはり貴女はオオカミ少年に仕立て上げられてしまった様です」

 クリスの単眼鏡に映し出されていたのは、なにもヴィゾラ伯の姿だけでは無い。
 おびただしい数の野営テント。
 整然と並べられた野戦砲の数々。
 ノール帝国領内まで続いているのかと錯覚する様な、戦列歩兵の行進列。
 暴力的とまで言える物量を擁するノール軍野営地が、そこには広がっていた。

 イーデンの予想虚しく、ノール軍の第二次攻勢は、既に秒読みの段階に入っていたのだ。
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