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第一章:パルマ有事

第八話:第二次パルマ会戦(中編)

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 有翼騎兵フッサリアの前進開始とほぼ同時に、イーデンが前線から砲兵陣地に戻ってきた。

「隊長殿!ダメです!戦列右翼の延翼は不可能との事!」

 血相を変えながら下馬し、大隊長からの伝言を報告するオズワルド。

「左翼の敵戦列が有翼騎兵フッサリアと共に突撃を敢行した模様!左翼戦線は既に苦しい戦いを強いられており、右翼戦線も眼前の敵の対処で手一杯の様です!」

「クソっ!そうだろうなとは思ってたが、この戦況じゃあ歩兵の援護は期待できねぇか!」

 制帽を取り、頭を掻き毟るイーデン。

「それにしても有翼騎兵フッサリアと戦うハメになるなんてな……ヴラジド大公国と一緒に滅亡したモンだと思ってたぜ」

 二人のやり取りを小耳に挟みながら、戦列の射線を器用に迂回しつつ、味方左翼に接近する敵騎兵を観察するエリザベス。
 見間違いでは無い。確かにアレは有翼騎兵フッサリアだ。
 時代遅れの鎧に身を包み、背中から羽根を生やし、馬鹿みたいに長い槍を振り回す兵種なんて奴等しかいない。
 ただイーデンの言う通り、奴等が忠誠を誓っていたヴラジド大公国は、二十年以上前にノール帝国に滅ぼされた筈だ。

「……亡国の騎士なんて、中々ロマンあるじゃない。唯の槍騎兵ウーランかと思ったら大間違いだったわね」

 含み笑いを漏らしながら呟くエリザベス。

「あんな超重騎兵に突撃されたら駐屯戦列歩兵なんてひとたまりもねぇぞ……いよいよヤバくなってきたな」

「しかし隊長殿、吉報もございます!あちらをご覧ください!」

 オズワルドが指を差す方向から、イーデンにとっては既に懐かしささえ感じる、蹄の音が聞こえてきた。

「おぉ!我らが騎兵隊様のお出ましだぞ!」
「パルマ軽騎兵が健在ならまだ希望はあるぞ!」
「待たせたなイーデン。それにカロネード嬢」

 フレデリカ率いるパルマ軽騎兵中隊がその姿を現すと、砲兵達から歓声が上がった。フレデリカの部隊は、エリザベスが思っている以上に大きな信頼を得ている様だ。

「連隊長からの命令だ。右翼の敵重騎兵の対処は我々、パルマ軽騎兵中隊が対処し、貴隊は有翼騎兵フッサリア部隊への突撃破砕射撃を実施せよとの事だ」

「はっ!有翼騎兵フッサリアへの突撃破砕射撃、了解致しました!大尉殿、どうか御武運を」

 敬礼するイーデンに対し、フレデリカは短い答礼で応えると、クリス達と共に敵重騎兵の元へと走り去っていった。

「さて、突撃破砕射撃とは参ったな……コイツらそんな高度な戦術学んでねぇぞ」

 一先ず重騎兵の脅威が薄れた事により、頭を掻きながら物を考える余裕が出来たイーデン。

「もしかして、砲兵さん達って偏差射撃の経験が無かったりする?」

 単眼鏡をオズワルドに返却し終えたエリザベスが、イーデンの元へ駆け寄ってきた。

「ご名答だ。ウチの徒歩歩兵砲は、基本的に止まってる敵歩兵しか撃たないからな」

「ホ、ホントに今まで正面の敵しか撃ってこなかったのね……」

 珍しく大きな溜息を吐くと、エリザベスはエレンを手招きして呼び寄せた。

「お姉ちゃんどしたのー?」

「エレン、率直な意見が聞きたいんだけど、偏差射撃の訓練を受けてない砲兵が、一キロ先に居る移動中の騎兵に攻撃を当てられると思う?」

「えー、難しいと思うよ~。遠距離の偏差射撃はコツが要るからねー」

 大方予想通りの答えが返ってきた。

「そりゃそうよね、習ってない事を無理にやらせた所で時間の無駄だし……」

 顎に手を当て、自分の乗ってきた馬車を見つめる。

「……博打染みたマネは嫌いだけど、ノール軍相手じゃ賭けの一つや二つ、乗り切って見せなきゃ勝てっこないわねっ――と!」

 そう言うと馬車に乗り込み、弾薬箱を引っ張り出そうとする。

「ゔっ、おっも……イーデン!エレン!オズワルド!ちょっとこの弾薬箱を前車に載せるの手伝って!」

「おいおい何やってんだ、弾薬なら引っ張り出さなくても外に置いてあるだろ?」

「お姉ちゃん、それくさり弾が入ってる箱だよね?そんなの持ち出してどうすんのさ?」

 怪訝な顔も見せつつも、言われるがままに鎖弾の入った弾薬箱を、空いている前車に積み込む三人。

「助かるわ!そしたら前車と私が持ってきた十二ポンド砲を連結させて!この砲を左翼前線まで持っていくわよ!」

「はぁ!?」
「お姉ちゃんマジで言ってんのソレ!?」
「カロネード御令嬢!お気を確かに!?」

 わざわざ突破される可能性の高い前線に大砲を配備するなど、殆ど自殺行為である。三人が反発するのは当然だ。

「ええ大マジですわよ!偏差射撃が難しいなら接近して弾を撃ち込むしかないわ」

「お前さっきは高台から砲を下ろすのは下策だって言ってたじゃねぇか!」

有翼騎兵フッサリアの突撃のせいで降ろせざるを得なくなったのよ!だけど下ろすのは十二ポンド一門だけで良いわ、他の砲はそのまま此処で援護射撃をお願い!」

「お、お姉ちゃん!もしかして突撃してくる騎兵相手に至近距離から鎖弾撃ち込もうとしてる!?」

 その通り!と言いながら、各大砲を牽引していた馬達を一ヶ所に集めるエリザベス。

「落ち着いてくださいカロネード御令嬢!たとえ今から砲を左翼前線に持って行ったとしても、移動だけで数十分は掛かってしまいますぞ!?」

 オズワルドの言う通り、確かに通常の砲兵は徒歩で移動を行う。砲兵にとって馬は大砲を曳く為のモノであり、乗り物では無いのだ。

「あら、誰が歩いて牽引するだなんて言ったのよ?」

 エリザベスは六頭の馬を数珠繋ぎにすると、前車と大砲を連結させた。

「あ!分かった!お姉ちゃん、騎馬砲兵みたいにして大砲運ぶつもりでしょ~!」

 私も行く!と、馬に飛び乗ろうとしたエレンをエリザベスが静止する。

「ダメよ!エレンはここで砲兵さん達の補助をお願い!撃つだけなら一人でも出来から!」

「え~ずるいー!」

「ま、待て待て待て!砲兵部隊長として勝手な行動は看過出来ねぇぞ!」

 馬に跨ろうとするエリザベスの前に、イーデンが腕を広げて立ち塞がる。

「……大砲の直射支援が無い限り、味方左翼が突破されるのは時間の問題よ。ここはリスクを冒してでも砲を前線に出すべきよ。貴方も元は歩兵砲要員だったのでしょう?それなら、今この状況における砲兵直接支援の重要性も分かってくれると信じてるわ」

 声に感情を乗せない様に、なるべく冷静に気を遣いながら、イーデンに対して自分の考えを述べるエリザベス。
 周りの砲兵達も射撃は継続しつつ、2人の論争の行く末を捉えようと注視している。

「……お前がやろうとしてる事は分かる。複数の乗馬で牽引する騎馬砲兵方式なら、徒歩で牽引するよりも圧倒的に早く前線まで大砲を移動出来る。それに十二ポンドの大型砲なら、例え一門でも敵騎兵にとっては脅威になり得るだろうな」

「えぇ、その通りよ。だから私が――」

 だがな!とイーデンがエリザベスの言葉を遮る。

「それでも有翼騎兵フッサリアが突撃を諦めなかったらどうするつもりだ!?騎馬砲兵といえど、一度射撃体制に入ったら移動は不可能だ!お前も味方戦列ごと踏み潰されちまうぞ!?」

 イーデンが声を荒げるのは相当珍しい事の様で、オズワルドは驚きのあまり目を丸くしている。

「……私の事を心配してくれるのは有難いけど、軍人なら時にはリスクを取る行動も必要よ」

「お前は軍人じゃ無いだろ!」

「軍人じゃ無いなら尚更よ。民間人一人と大砲一門で左翼の安定化が計れるなら儲けものでしょ?」

「なッ……テメェは自分の命を何とも思ってねぇのかッ!?」

 叫びながら、エリザベスの襟元を掴み上げるイーデン。

「い、イーデン殿!どうか落ち着いてください!」

 オズワルドがイーデンを引き剥がし、宥め落ち着かせている間も、エリザベスは眉一つ動かさずイーデンを見つめていた。

「安心して。リスクを取るとは言ったけど、死ぬ気は毛頭無いわ」

 エリザベスのテコでも動かない様を見せつけられたイーデンは、地面に腰を下ろすと、顔を伏せたまま舌打ちをした。

「……ったく、クリス隊長もこんな気持ちだったんだろうな。あぁ!分かったよ、行ってこい!ただ無茶しない様に監視は付けるからな!」

 そう言うと一人の屈強な砲兵を手招きして呼び寄せるイーデン。

「はっ!イーデン隊長殿!小官に何用でしょうか?」

「アーノルド伍長、左翼大隊長からの援護要請だ。エリザベスこいつと一緒に左翼前線で有翼騎兵フッサリアの突撃破砕射撃を頼みたい」

「味方左翼前線での砲兵支援、了解です部隊長殿!必ずや部隊長の隠し子を生きて連れ帰って見せますぜ!」

 最前線に配置されるというのに、その事を歯牙にも掛けず、二つ返事で答礼するアーノルド。

「だから隠し子じゃねぇって言ってんだろ!あ、あとエレン!お前も本当に良いのか!?お前の姉さまが最前線に行っちまうんだぞ?」

「いいよ~、お姉ちゃんは一度決めるとテコでも動かないからね。お姉ちゃん頑張ってね~!」

 馬に跨がる姉に手を振りながら答えるエレン。彼女のお気楽さに目眩を覚えながらも、イーデンは見送りの言葉を二人に掛けた。

「よっし、砲兵総員帽振れーッ!小さな英雄と大きな熊の御出陣だ!」

 射撃をしていた砲兵含め全員が手を休め、エリザベスとアーノルドに対し帽子を天高く振り上げた。

「頼むぞアーノルド!有翼騎兵フッサリアごとノール兵を吹っ飛ばしてきてくれ!」
「お嬢ちゃんも生きて帰ってこいよ!まだお空に行くにゃ若すぎる!」

「ふふん!任せなさいな!」

 戦場の騒音にも負けない程の声援で送り出された二人は、その勢いのまま丘を駆け下り、ガタガタと忙しない音を立てながら前線へと走り出した。



「お嬢ちゃんよう!昨日話を聞いた時もそうだったが、小娘の割に中々肝が座った性格してるじゃねえか!」

「あ痛ァ!」

 バシンと背中を叩かれ、乗っている馬のたてがみに顔がめり込む。

「もう、おバカ!女性相手なんだから手加減しなさいよ!」

「ハハハ!すまねぇな!だが尊敬しているのはホントだぜ?久しぶりに骨のあるヤツが来て皆喜んでんだ!」

 丘上の砲陣地に目をやりながら豪快に笑うアーノルド。
 イーデンが言ってた様に、まるで熊みたいな体格の軍人だ。彼なら、数百キロの弾薬箱でも軽々と持ち上げられそうだ。

「……えーと、確か、ジョン・アーノルド伍長さんだったかしら?」

「お、覚えててくれたとは嬉しいな。やっぱ昨日の懇親会でアピールしておいて正解だったぜ」

「いえ、こちらこそごめんなさいね。こんな貧乏くじ引かせる羽目になっちゃって」

 貧乏くじの言葉に目を丸くするアーノルド、そして彼はまた豪快に笑った。

「とんでもねぇよ!元々俺たちは最前線で大砲撃つのが仕事だったからな。一周回っていつものポジションに収まったってだけのことよ!」

 言われてみればそうである。
 一般的に、砲兵は近接戦闘に弱く、且つ鹵獲等のリスクもあるため、歩兵達よりも一歩下がった配置にされることが多い。
 その点、オーランド砲兵は直接火力支援のため、戦列歩兵とほぼ同じ位置に配置される。
 すんなり最前線配備を受け入れたのも、だからなのだろう。

「まぁ、お嬢ちゃんが出陣するってのに、大の男達が後方から大砲撃ってるだけってのも忍びねぇってのもあるな!」

 アーノルドの言葉に対し、目線と微笑で相槌を打つ。六頭立てで牽引しているだけあって、かなりのスピードだ。普通に喋るのすら中々に苦労する。
 彼も察してくれたようで、それ以降は黙々と手綱を握ってくれていた。
 前線に近づくにつれ、味方歩兵の死体や、戦線離脱する負傷兵の姿を見かける回数が増えていく。
 次第に黒色火薬特有の泊灰色の煙が辺りに漂い始めると、いよいよ霧の中に居るような錯覚に陥ってきた。

「――ッ!!」

 この状況で深呼吸をしようとしたのが間違いだった。漂う硝煙をモロに吸い込み、ゴホゴホと盛大にむせ返る。

「なるべく浅く呼吸しな、お嬢ちゃん。あと鼻より口で呼吸したほうがいくらかマシだぜ」

「そんな急に言われても直ぐにッ……ゔっゔぇぇ……」

 思わず嗚咽が漏れる。
 大砲は再装填に時間が掛るという点もあり、そこまで硝煙が周りに漂うことはない。
 だが戦列歩兵は違う。数百人が二十秒そこそこの間隔で射撃し続けるのだから、それはもう凄まじい白煙が上がるのだろう。
 ハンカチで口元を抑えながら、なんとか白煙の中を駆け抜ける。
 マスケット銃の発砲音や、怒号、悲鳴、前線指揮官の号令がはっきりと聞こえる頃には、五十メートル先も見渡せない程に白煙が濃くなっていた。

「おいそこの!最左翼の中隊指揮官はどこにいる!」

 馬を止め、アーノルドが近場の兵士に叫ぶ。

「このすぐ目の前で戦闘指揮をしてる!もう有翼騎兵フッサリアが真ん前まで迫ってるぞ!」

「聞いたなお嬢ちゃん!俺は中隊指揮官に話付けてくるから、ここで砲の展開頼んだぜ!」

 徒歩で前方の歩兵中隊長の元へと向かうアーノルド。
 それに対しハンカチを口元に当てたまま親指を上げて応え、下馬して前車と砲の切り離しを始める。
 切り離している最中、前方から飛んできた流れ弾が頬を掠め、被弾した味方歩兵の悲鳴が幾度も聞こえてきた。

「……えぇ大丈夫、落ち着いているわ。いつも通りにやりなさいよ!エリザベスっ!」

 戦場の真っ只中だろうと、自分を落ち着かせる術は変わらない。
 商談中に銃を突きつけられても。
 商品の輸送中に騎乗強盗ハイウェイマンに襲われようとも。
 己を奮い立たせるのはいつだって自分自身の言葉だった。

「さぁ来てみなさい有翼騎兵フッサリア!このエリザベス・カロネードと十二ポンド野砲が相手になるわッ!」
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