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宝さがし4
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翌日。
日本橋を渡り、江戸橋を左肩に見て本材木町一丁目をテクテク進み、遂に海賊橋に至った二人組の姿があった。
「うーん、最初俺が考えてた策略とはかなり趣が違うが……、まぁいいか」
「いや、なかなかどうして、その姿、似合っているよ、久さん」
「そいつぁ、どうも、浅さん」
ぞろりと長い羽織。名字帯刀を許された町医者に扮装した浅右衛門と、薬箱を持って十徳を纏い、見るからに助手という格好の久馬。一目で同心とわかる鯔背な小銀杏髷はちゃんと角頭巾で隠している。
向井邸に乗り込むべく二人――主に浅右衛門――が考えた策はこうだ。
元々竹太郎が安宅に成り代わって屋敷へ潜入した際、見た目は騙せても声だけはどうにもならなかったため『声の出ない病にかかった』と偽ったのだが、今日、二人は安宅自身に依頼された名医とその助手として乗り込む筋書きなのだ。
「ひぇー、海賊屋敷とはよく言ったものだ! その名は知ってはいたがこんなに近くで見るのは初めてだぜ」
天下の船出頭・向井将監の役屋敷は霊岸島にあるが、私邸は日本橋兜町にあって《海賊屋敷》と俗称されている。ちなみに現代にも伝わる地名の〈兜町〉はこの向井家の屋敷内にあった源義家の兜塚が由来と云う。
両側に厳めしい門番の立つ長屋門を潜り、式台(表玄関)にて取次の家士に、昨日の内に認てもらった治療を請う安宅直筆の手紙を渡す。
〈控えの間〉で待つこと暫し、手紙を手に現れたのは若用人篠田俊介である。
何食わぬ顔で平伏して篠田は言った。
「山沼残歩先生ですね? お越しいただき感謝いたします。安宅様がお持ちです。ご案内いたします」
何のことはない、計画通りとんとん拍子に事が運ぶ。長い廊下を歩きながら久馬はほくそ笑んだ。
「オチャノコサイサイの朝飯前だな。それにしても、キノコの奴、やって来た俺たちを見て腰を抜かすぞ。楽しみだぜ」
これに対し浅右衛門は妙な返答をした。
「久さんこそ、腰を抜かさないようにな。心配だ、大丈夫かな……」
「ケッ、何を言ってやがる。大丈夫だよ、若君姿のキノコを見ても決して吹き出したりしないから」
ところが、やはり腰を抜かしたのは当の久馬の方だった。
「安宅様、医師をお連れしました――どうぞ、先生」
廊下で膝を突き襖越しに声を掛ける。篠田が開けた襖からまず浅右衛門、続いて久馬がしずしずと入った。
「此度はお呼びいただき光栄です。私が医師の山沼残歩、こちらが助手の友久です」
深々と叩頭。形どおりの挨拶を済ませ、顔を上げて久馬――腰を抜かした。
「お、おま、いや、誰だ、あなた……?」
それもそのはず、眼前に座っているのは金糸銀糸の打ちかけも艶やかな匂うばかりのお姫様……
だが、顔はキノコだ。
「こ、こ、これは一体……」
隣りで苦笑する浅右衛門。
「だから、驚かないようにと言ったのだ。まさかと思ったが、やっぱり久さんは気づいていなかったのだな。安宅殿は確かに船出頭向井殿の御嫡子だが若君ではなく姫様だぞ」
「って、浅さんは知っていたのか?」
「もちろんだ。昨日、一目見てわかったさ。若衆造りをしていても、姫君だ。気づかぬ方がどうかしている」
咳払いをする篠田俊介。
「安宅様は幼い時から剣術を鍛錬なさっていて道場通いの際はあの姿をなさっております」
「そんな、皆、人が悪いぜ」
予め人払いしてあって良かった。己の人を見る目の無さが露呈した定廻り、照れ隠しに竹太郎に八つ当たりする。
「やい、キノコ! ってことは、おまえ、ここに潜伏している間ずっとそのナリで過ごしてたのか?」
「はい。篠田さんに協力していただいて、なんとか助かってます。安宅姫は病気だから、気難しくなってお付のお女中も遠ざけてるって寸法でさ。でも、流石に限界だ。黒沼の旦那はともかく山田様の顔を見て心から安堵しました」
「ケッ、おまえがデカイこと言って安請け合いするからいけない」
竹太郎こと朽木思惟竹こと安宅姫は浅右衛門だけを見て、頭を下げる。
「とにかく、後はよろしくお願いします、山田様。この六日間、篠田さんと屋敷中を捜したんですが何処にも宝らしきものは見つかりませんでした」
姫装束の懐から間取り図を差し出した。
「これも篠田様が書いてくれたんです。どうぞ参考になさってください。さあ、これでお役御免だ。俺はもう帰っていいですか?」
「いえ、夕方まではいてもらいます」
昨日の段階で立てた作戦を篠田は復唱した。
今日一日、安宅姫の治療という名目で浅右衛門と久馬は邸内を偵察する。夕刻、見舞いと称してやって来る道場仲間が大庭十郎と地味な身なりの姫本人。そこで装束を取り換えて竹太郎は晴れて放免と言うわけだ。
竹太郎と入れ替わっていたこの六日間、安宅姫は篠田の母で元乳母の仙が療養している花川戸の寮に寝泊まりしていた。遅々として進まない宝さがしをさほど焦っていなかったのは、実は安宅が宝の発見以上に乳母の傍にいたかったせいもある、と篠田は明かした。
「安宅様のお母上は安宅様ご出産後亡くなられました。安宅様は我が母を実母のごとく慕ってくださって、出来る限り一緒にいたいとおっしゃるのです」
「乳母殿の御容態はそんなにお悪いのですか?」
浅右衛門の問いに篠田は涼しい切れ長の目を伏せた。
「心の臓の病で、実はもう長くないと医師に言われました」
「それはお気の毒だ。よし、役に立たなかったこいつの尻拭いはキッチリさせてもらうぜ、篠田さん。じゃあ、浅さん、気合を入れて宝が隠してありそうな場所を見つけてくれ」
「チェ、威勢はいいが、黒沼の旦那、いつものごとく全て山田様頼みなんですね」
「うう」
流石に、鬘とはいえ高貴なつぶいち島田に結い上げた竹太郎の頭を叩くのはグッと堪えた町同心だった。
かくして、海賊屋敷の探索は開始された――
日本橋を渡り、江戸橋を左肩に見て本材木町一丁目をテクテク進み、遂に海賊橋に至った二人組の姿があった。
「うーん、最初俺が考えてた策略とはかなり趣が違うが……、まぁいいか」
「いや、なかなかどうして、その姿、似合っているよ、久さん」
「そいつぁ、どうも、浅さん」
ぞろりと長い羽織。名字帯刀を許された町医者に扮装した浅右衛門と、薬箱を持って十徳を纏い、見るからに助手という格好の久馬。一目で同心とわかる鯔背な小銀杏髷はちゃんと角頭巾で隠している。
向井邸に乗り込むべく二人――主に浅右衛門――が考えた策はこうだ。
元々竹太郎が安宅に成り代わって屋敷へ潜入した際、見た目は騙せても声だけはどうにもならなかったため『声の出ない病にかかった』と偽ったのだが、今日、二人は安宅自身に依頼された名医とその助手として乗り込む筋書きなのだ。
「ひぇー、海賊屋敷とはよく言ったものだ! その名は知ってはいたがこんなに近くで見るのは初めてだぜ」
天下の船出頭・向井将監の役屋敷は霊岸島にあるが、私邸は日本橋兜町にあって《海賊屋敷》と俗称されている。ちなみに現代にも伝わる地名の〈兜町〉はこの向井家の屋敷内にあった源義家の兜塚が由来と云う。
両側に厳めしい門番の立つ長屋門を潜り、式台(表玄関)にて取次の家士に、昨日の内に認てもらった治療を請う安宅直筆の手紙を渡す。
〈控えの間〉で待つこと暫し、手紙を手に現れたのは若用人篠田俊介である。
何食わぬ顔で平伏して篠田は言った。
「山沼残歩先生ですね? お越しいただき感謝いたします。安宅様がお持ちです。ご案内いたします」
何のことはない、計画通りとんとん拍子に事が運ぶ。長い廊下を歩きながら久馬はほくそ笑んだ。
「オチャノコサイサイの朝飯前だな。それにしても、キノコの奴、やって来た俺たちを見て腰を抜かすぞ。楽しみだぜ」
これに対し浅右衛門は妙な返答をした。
「久さんこそ、腰を抜かさないようにな。心配だ、大丈夫かな……」
「ケッ、何を言ってやがる。大丈夫だよ、若君姿のキノコを見ても決して吹き出したりしないから」
ところが、やはり腰を抜かしたのは当の久馬の方だった。
「安宅様、医師をお連れしました――どうぞ、先生」
廊下で膝を突き襖越しに声を掛ける。篠田が開けた襖からまず浅右衛門、続いて久馬がしずしずと入った。
「此度はお呼びいただき光栄です。私が医師の山沼残歩、こちらが助手の友久です」
深々と叩頭。形どおりの挨拶を済ませ、顔を上げて久馬――腰を抜かした。
「お、おま、いや、誰だ、あなた……?」
それもそのはず、眼前に座っているのは金糸銀糸の打ちかけも艶やかな匂うばかりのお姫様……
だが、顔はキノコだ。
「こ、こ、これは一体……」
隣りで苦笑する浅右衛門。
「だから、驚かないようにと言ったのだ。まさかと思ったが、やっぱり久さんは気づいていなかったのだな。安宅殿は確かに船出頭向井殿の御嫡子だが若君ではなく姫様だぞ」
「って、浅さんは知っていたのか?」
「もちろんだ。昨日、一目見てわかったさ。若衆造りをしていても、姫君だ。気づかぬ方がどうかしている」
咳払いをする篠田俊介。
「安宅様は幼い時から剣術を鍛錬なさっていて道場通いの際はあの姿をなさっております」
「そんな、皆、人が悪いぜ」
予め人払いしてあって良かった。己の人を見る目の無さが露呈した定廻り、照れ隠しに竹太郎に八つ当たりする。
「やい、キノコ! ってことは、おまえ、ここに潜伏している間ずっとそのナリで過ごしてたのか?」
「はい。篠田さんに協力していただいて、なんとか助かってます。安宅姫は病気だから、気難しくなってお付のお女中も遠ざけてるって寸法でさ。でも、流石に限界だ。黒沼の旦那はともかく山田様の顔を見て心から安堵しました」
「ケッ、おまえがデカイこと言って安請け合いするからいけない」
竹太郎こと朽木思惟竹こと安宅姫は浅右衛門だけを見て、頭を下げる。
「とにかく、後はよろしくお願いします、山田様。この六日間、篠田さんと屋敷中を捜したんですが何処にも宝らしきものは見つかりませんでした」
姫装束の懐から間取り図を差し出した。
「これも篠田様が書いてくれたんです。どうぞ参考になさってください。さあ、これでお役御免だ。俺はもう帰っていいですか?」
「いえ、夕方まではいてもらいます」
昨日の段階で立てた作戦を篠田は復唱した。
今日一日、安宅姫の治療という名目で浅右衛門と久馬は邸内を偵察する。夕刻、見舞いと称してやって来る道場仲間が大庭十郎と地味な身なりの姫本人。そこで装束を取り換えて竹太郎は晴れて放免と言うわけだ。
竹太郎と入れ替わっていたこの六日間、安宅姫は篠田の母で元乳母の仙が療養している花川戸の寮に寝泊まりしていた。遅々として進まない宝さがしをさほど焦っていなかったのは、実は安宅が宝の発見以上に乳母の傍にいたかったせいもある、と篠田は明かした。
「安宅様のお母上は安宅様ご出産後亡くなられました。安宅様は我が母を実母のごとく慕ってくださって、出来る限り一緒にいたいとおっしゃるのです」
「乳母殿の御容態はそんなにお悪いのですか?」
浅右衛門の問いに篠田は涼しい切れ長の目を伏せた。
「心の臓の病で、実はもう長くないと医師に言われました」
「それはお気の毒だ。よし、役に立たなかったこいつの尻拭いはキッチリさせてもらうぜ、篠田さん。じゃあ、浅さん、気合を入れて宝が隠してありそうな場所を見つけてくれ」
「チェ、威勢はいいが、黒沼の旦那、いつものごとく全て山田様頼みなんですね」
「うう」
流石に、鬘とはいえ高貴なつぶいち島田に結い上げた竹太郎の頭を叩くのはグッと堪えた町同心だった。
かくして、海賊屋敷の探索は開始された――
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