36 / 41
:去夏〈4〉
しおりを挟む僕の自室は二階、ちょうど店舗の真上にある。そこは来海サンには既におなじみの場所だ。
その隣りに四畳半の小部屋があって、ここは彼女も初めて入る。中学から高校、そして美大時代に僕が描いた作品の収納庫になっている。
僕は観念して、もうグズグズせずにそれを引っ張りだした。良く見える場所に立て掛ける。
来海サンの息を飲む音が聞こえた。僕自身はずっと息をしていなかった。
かつては日に何度も見たそれ、けれど、最近はめったに見ることがなくなったそれ。
僕は呼びかけた。
「やあ、百夏、久しぶり」
少女がひとりこちらを向いて微笑んでいる。黒い髪、黒い瞳、ふんわりと膝に置かれた手。純白のドレスの他に身に着けているのは銀に真珠を埋め込んだ小さな髪飾りだけ。
「綺麗……」
来海サンは指で宙にぐるっと円を描いて言葉を探した。
「とっても……そう……神々しいわ」
僕は薄く笑う。
「未熟だよな。もっといろいろ描き込む必要がある。でも――これで精いっぱい。これ以上手を入れるつもりはない。永遠の未完成作品だよ」
「そんなことない。素晴らしい絵だわ。賞を取れなかったなんて信じられない……」
「賞は取ったよ。優秀賞だった」
「え?」
「悪い。僕の言い方が舌足らずだった。僕は受賞して他の皆は落ちた」
「あ、そうか、だから新さんの友人、浅井透さんは失意のうちに大学を辞めたの?」
「馬鹿な。僕たちは皆、前途有望で野心溢れる、若い、駆け出しの芸術家だった。たかが最初の賞云々で大学を辞めるものか」
これは事実だ。特に浅井に関しては。
「あいつが去ったのは他に理由があったんだよ」
有能な相棒、城下来海サンは質問を変えた。
「この人の名はなんていうの?」
「藤代百夏」
「新さんの同級生? 好きだった人? 恋人だったの?」
その問いに一言で答える。
「そうだよ」
「美大2年生の時から付き合い始めたのね?」
「当たり。でもどうしてそう思ったんだ?」
今日、これで二回目の愚問に、またしても相棒は指を振る。
「新さんの話では、1年生の時の浅井透さんとのスケッチ旅行から、イキナリ3年生の公募に飛んで、まるきり2年生が抜けてるもの」
今更ながらこの時、唐突に僕は気づいた。今回謎を解くのは僕ではない。僕は解かれる方なのだ。
「この人は今、何処にいるの?」
「何処にもいないよ。死んでしまったから」
「――」
もっと何か訊いて来るかと覚悟したけど、来海サンが次に言ったのは意外な言葉だった。
「新さん、これからもう一度、個展会場に戻りましょ。私も見て見たい。だから、私も一緒に行く。二人して、改めてじっくり絵を見てみましょうよ!」
「え?」
躊躇する僕に、顎を上げ、決然と来海さんは言い切った。
「だって、そうじゃない。数年ぶりに突然送って来た案内状……刑事さんの言葉では個展会場を訪れたのは新さんだけなんでしょ。それって案内状は新さんだけにしか出していない可能性がある。つまり、絵は、新さんにだけ見せたかったと考えられない? と言うことは、個展の絵は何かのメッセージに違いないわ」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる