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5:少女の心〈1〉
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その朝、僕の住む街に雪が降った。
雪は浅く積もって花嫁のベールのように町中を覆った。
僕の画材屋へ謎が持ち込まれたのは遅い午後のことだ。
濃紺のダッフルコートを着た中学生と思われる少年が強張った顔でレジカウンターにやって来た。背後に同年代の二人の少女を引き連れている。
「あの、このお店で画材を購入したことはないのですが、HPは読んでいます。謎を解いてくれるんですよね?」
既に何回も繰り返しているけれど、ご承知のごとく僕は両親から引き継いだ画材店の宣伝もかねて(まぁ、ほんの悪戯心なのだけど)店のHPに『画材屋探偵開業中/あなたの謎を解きます!』と掲げているのだ。
「僕たち、とても困った状況に陥っているんです」
少年は続けた。
「僕の名は生駒漣といいます。こちらは池野風花さんと大西詩帆さん。僕たちは同じ中学の3年生で美術部員です。僕は部長を、詩穂さんは副部長をやってます」
「とりあえずお座りください」
カウンターの前に折り畳み椅子――例のゴッホの椅子は不公平にならないよう今回は壁の後ろへ退けた――を三脚並べて来海サンが言う。中学生たちはかなり吃驚したようだ。今日は土曜日だったが部活帰りの来海さんは高校の制服姿だったので店のお客だと思ったらしい。
「あ、こちらは城下来海さん。所謂、探偵助手をやってくれてるんだよ。そして、改めて、コンニチワ。本日はご来店ありがとうございます。僕が店主の桑木新です」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
これも珍しいことではないけれど店内に他に買い物客はいなかった。
お互い自己紹介をし合った後で、三人の依頼人はコートを着たまま椅子に腰を下ろし、代表して少年が話し始めた。
「まず、ありのままに今日あった出来事をお伝えします――」
「僕の母はお茶の先生をしているんですが、今朝、茶道教室に使っている茶室の掛軸を取り変えました。それがとても素敵な絵柄だったので、僕は池野さんに連絡しました。掛軸を見せたかったんです。勿論、池野さんも凄く気に入ってくれました。その後、僕の部屋でおしゃべりしていたら詩帆さんがやってきました」
ここで生駒君はちょっと息を継いで言い添えた。
「僕と詩帆さんは幼稚園以来の幼馴染です。お互い家も近く、もっと言えば、父親同士も同級生なんです。それでいつも気軽に行き来していて、今日も詩帆さんのお祖父さんが住む竹原から届いたマルアカ馬鈴薯をお裾わけだと言って届けてくれたんです。ちょうど母は銀山町へ出かけていたので僕が受け取り、池野さんも来ていると教えて詩帆さんにも上がってもらいました。詩帆さんは僕の部屋を知っているので先に行ってもらって、僕は台所へ行って、いただいた馬鈴薯をテーブルに置いて詩帆さんの分の紅茶を用意しました。それを持って自室へ戻ると池野さんはいませんでした。詩帆さんが言うには、用事を思い出したと言って急いで帰ってしまったとのこと。僕が台所にいる間に行き違いになっちゃったんです。せっかく三人でワイワイ楽しもうと思っていたので吃驚して僕は玄関まで走りました。でも三和土に靴は無く、外に出てももう池野さんの姿は見えなかった――」
その時の心境を再現する如く少年はガックリと両肩を落とした。
「僕が詩帆さんの待つ自室に戻ると、ほどなく帰宅した母が僕の部屋に顔を出しました。台所に置いたお裾わけに気づいたらしく詩帆さんにお礼を言って、コーヒーと、お土産に買って来た銀山町で人気のケーキを差し入れてくれました。僕、ここのジュピターってケーキが大好きなんです。でもその時、母が言った言葉に僕は飛び上がりました。母は言ったんです。
『茶室の掛軸、どうしたの?』
意味がわからなくて訊き返すと、『ここへ来る途中、茶室の襖が開いていて覗いたら掛軸がなかったから、ハハァ、あなたたちが持ち出したんだな、とピンと来たのよ。いい絵でしょ、あれ。ねぇ、詩帆ちゃん、あなたも気に入ってくれた?』
詩帆さんは首を振って、
『いえ、私、まだ見ていません』
『え? 見ていないの?』
僕は咄嗟にこう言い繕いました。
『ごめん、ママには後で話すつもりだったんだけど、週明けの美術部の模写大会に使おうと思って、僕が取り外してバッグに仕舞ったんだ。月曜に部員全員に一斉に見せるつもりさ』
『模写大会? あら、楽しそう! いいわね!』
母は大らかでモノに拘らない人なので納得して去って行きました。僕は詩帆さんとともにすぐに茶室へ行って確認しました。母の言う通り床の間の壁は空っぽで室内には何もありませんでした」
少年は唇を舐め、首をまっすぐに立てると、言った。
「掛軸は消えてしまったんです。これをどう思いますか、画材屋探偵さん? ぜひ、この謎を解いてください!」
確かにこれは難問だ。
この中の誰かが真相を知っている? そして、掛軸は何処へ行った?
雪は浅く積もって花嫁のベールのように町中を覆った。
僕の画材屋へ謎が持ち込まれたのは遅い午後のことだ。
濃紺のダッフルコートを着た中学生と思われる少年が強張った顔でレジカウンターにやって来た。背後に同年代の二人の少女を引き連れている。
「あの、このお店で画材を購入したことはないのですが、HPは読んでいます。謎を解いてくれるんですよね?」
既に何回も繰り返しているけれど、ご承知のごとく僕は両親から引き継いだ画材店の宣伝もかねて(まぁ、ほんの悪戯心なのだけど)店のHPに『画材屋探偵開業中/あなたの謎を解きます!』と掲げているのだ。
「僕たち、とても困った状況に陥っているんです」
少年は続けた。
「僕の名は生駒漣といいます。こちらは池野風花さんと大西詩帆さん。僕たちは同じ中学の3年生で美術部員です。僕は部長を、詩穂さんは副部長をやってます」
「とりあえずお座りください」
カウンターの前に折り畳み椅子――例のゴッホの椅子は不公平にならないよう今回は壁の後ろへ退けた――を三脚並べて来海サンが言う。中学生たちはかなり吃驚したようだ。今日は土曜日だったが部活帰りの来海さんは高校の制服姿だったので店のお客だと思ったらしい。
「あ、こちらは城下来海さん。所謂、探偵助手をやってくれてるんだよ。そして、改めて、コンニチワ。本日はご来店ありがとうございます。僕が店主の桑木新です」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
これも珍しいことではないけれど店内に他に買い物客はいなかった。
お互い自己紹介をし合った後で、三人の依頼人はコートを着たまま椅子に腰を下ろし、代表して少年が話し始めた。
「まず、ありのままに今日あった出来事をお伝えします――」
「僕の母はお茶の先生をしているんですが、今朝、茶道教室に使っている茶室の掛軸を取り変えました。それがとても素敵な絵柄だったので、僕は池野さんに連絡しました。掛軸を見せたかったんです。勿論、池野さんも凄く気に入ってくれました。その後、僕の部屋でおしゃべりしていたら詩帆さんがやってきました」
ここで生駒君はちょっと息を継いで言い添えた。
「僕と詩帆さんは幼稚園以来の幼馴染です。お互い家も近く、もっと言えば、父親同士も同級生なんです。それでいつも気軽に行き来していて、今日も詩帆さんのお祖父さんが住む竹原から届いたマルアカ馬鈴薯をお裾わけだと言って届けてくれたんです。ちょうど母は銀山町へ出かけていたので僕が受け取り、池野さんも来ていると教えて詩帆さんにも上がってもらいました。詩帆さんは僕の部屋を知っているので先に行ってもらって、僕は台所へ行って、いただいた馬鈴薯をテーブルに置いて詩帆さんの分の紅茶を用意しました。それを持って自室へ戻ると池野さんはいませんでした。詩帆さんが言うには、用事を思い出したと言って急いで帰ってしまったとのこと。僕が台所にいる間に行き違いになっちゃったんです。せっかく三人でワイワイ楽しもうと思っていたので吃驚して僕は玄関まで走りました。でも三和土に靴は無く、外に出てももう池野さんの姿は見えなかった――」
その時の心境を再現する如く少年はガックリと両肩を落とした。
「僕が詩帆さんの待つ自室に戻ると、ほどなく帰宅した母が僕の部屋に顔を出しました。台所に置いたお裾わけに気づいたらしく詩帆さんにお礼を言って、コーヒーと、お土産に買って来た銀山町で人気のケーキを差し入れてくれました。僕、ここのジュピターってケーキが大好きなんです。でもその時、母が言った言葉に僕は飛び上がりました。母は言ったんです。
『茶室の掛軸、どうしたの?』
意味がわからなくて訊き返すと、『ここへ来る途中、茶室の襖が開いていて覗いたら掛軸がなかったから、ハハァ、あなたたちが持ち出したんだな、とピンと来たのよ。いい絵でしょ、あれ。ねぇ、詩帆ちゃん、あなたも気に入ってくれた?』
詩帆さんは首を振って、
『いえ、私、まだ見ていません』
『え? 見ていないの?』
僕は咄嗟にこう言い繕いました。
『ごめん、ママには後で話すつもりだったんだけど、週明けの美術部の模写大会に使おうと思って、僕が取り外してバッグに仕舞ったんだ。月曜に部員全員に一斉に見せるつもりさ』
『模写大会? あら、楽しそう! いいわね!』
母は大らかでモノに拘らない人なので納得して去って行きました。僕は詩帆さんとともにすぐに茶室へ行って確認しました。母の言う通り床の間の壁は空っぽで室内には何もありませんでした」
少年は唇を舐め、首をまっすぐに立てると、言った。
「掛軸は消えてしまったんです。これをどう思いますか、画材屋探偵さん? ぜひ、この謎を解いてください!」
確かにこれは難問だ。
この中の誰かが真相を知っている? そして、掛軸は何処へ行った?
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