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35.ノルックの怒り

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ノルックの顔が近づいてきたので咄嗟に目を瞑ると、両瞼にそっと唇が落とされた。離れた瞬間に意識が遠のく



…やられた。

気がつけばベッドに仰向けになっていて、丁寧に首まで布団がかけられていた。

起き上がって窓の外を見ると、厚い雲が空を覆っていて暗い。今にも雨が降り出しそうな空だ。

「ノルックー…どこ?」

眠りに堕ちる前のノルックを忘れたわけではないけど、ノルックが何処にいるかは気になる。
目を擦りながらベッドから抜け出すと、置物ソニアさんがポケットから出されて、ベッドサイドのテーブルに置かれていたのを見つけた。

寝室を見渡しても、もう一つの部屋にも、ノルックの姿は見当たらない。

「ノルック!どこなの?帰ってきて…!」

部屋の中で叫んでみたけど返事は風の音だけだった。

本当に私を置いていったのかも…

でも、それならそれでいいか。私もここを出る準備をしよう。

ナイトドレスから、旅行鞄に詰めていた服に着替える。ずっとしまいっぱなしだったからしわくちゃだけど仕方ない。

部屋を出ようと玄関のドアに手をかけてから、おかしいことに気付いた。
扉のドアノブは滑って回らないし、推しても引いても壁と一体化しているように動かない。

「嘘でしょ…」

思い返すと、常に移動はノルックの転移だったから、この扉を開けたことがなかった。

「せめて私を出られるようにしてから行ってよ!」

この家には斧どころか、包丁すらない。
このまま住み続けるとしても水すら魔法頼みだったのだ。

どうやったら外に出られるか考えていると、外がどんどん暗くなってきて、嵐みたいに風が荒れてきた。

「何…」


《………聞こえるか、へドリア》

突然、外からノルックの声が響いてきた。
聞いたことのない喋り方だけど、確かに声はノルックのものだ。

《そしてキュリテ。貴様らは赦されざる過ちを犯した》

キュリテ!
もしかしてノルック、王都にいるの?!

当たり前だけど、窓からどんなにがんばって外を見ようとしても、ノルックの姿は見えない。もう一度窓を外せないか揺すったりガラスを叩いたりしてみたけどびくともしなかった。

ノルックの魔法が乱れているのか、徐々に風の音のような雑音が酷くなり、聞こえる声が部分的な単語だけに変わってきた。

ノルックはへドリアという人やキュリテと話しているのか、合間に《うるさい》《黙れ》という言葉が聞こえた。
相手の言葉は全く聞こえず、ノルックの声だけが響いているからどんな会話なのかわからない。

少しでもノルックの声を拾いたくて窓のガラスに耳を押し付ける。

《…呪いなどとうに消えた。もう貴様らの思い通りにはならない。
この国を一瞬で灰にすることも可能だが…。
…貴様らはミノリの慈悲に感謝するんだな…》

ここで音声が途切れた。
しばらく唸っていた雑音も徐々に収まっていく。

え、え、ノルック?大丈夫なの?
というか私??あの人たちに慈悲なんてした???

よろよろと覚束ない足をなんとか動かし、近くにあった椅子に腰を据えて聞こえた言葉を反芻する。

キュリテの名前が出たから、多分昨日の襲撃者への警告だと思うけど、誓紋が消えたこと言ってよかったの?言わずに姿を消した方が亡くなったと思って諦められたかもしれないのに。なんか国を灰にできるとか物騒なこと言ってたけど…

ノルックがなんらかの魔法を使ったとして、自分にも影響していないか念の為に立ち上がったり歩いたりしてみる。
記憶もあるし、動きにも特に変化はないと思う。

寝室に行って、サイドテーブルに置いたままだった置物ソニアさんを手にとってみたけど、昨日と同じ姿だ。

ノルックのペンダントの魔力で小さな光を出すこともできたし、それをブレスレットで吸い取ることもできた。

とりあえず、すぐには何かしたわけじゃないのかな…?

ノルックが何かしたわけじゃないなら、急に声が途絶えたのはなぜなの?

わからないけど、ノルックの無事を確認しないと安心できない。なんとか王都に行かないと。

ダイニングに戻って無造作に置かれている椅子に手をかけ、窓を破ろうと持ち上げた瞬間

「部屋の模様替えでもするの?」

ローブを纏ったノルックが現れた。

「ノルック!無事なの?!」

持ち上げた椅子を放り投げてノルックに駆け寄る。

服の上からは傷つけられた痕は見当たらないけど安心はできない。相手も魔法を使うし、外からわからないように攻撃することなんてきっと簡単なんだろう。
とはいえ、無事を確認したいから服を脱いでとは言い難いし、目視確認した後はノルックからの報告を待つしかないんだけど。

「ただいま、ミノリ。何も問題ないよ。」

目の前でノルックが手を広げるから、そっと背中に手を回した。
痛がる様子もないし、本当に大丈夫そうと思ってようやく息が吐けた。

「何?心配してくれたの?」

片方の手で顎を掬い上げられ、目を合わせる。

「したよ。起きたらノルックいないし、状況が全くわからないのに声だけ聞こえてくるし、かと思えば急に途切れるし、ノルックに何かあったかと思うでしょ。」

「ふふ。ミノリ心配してくれたんだね。
僕は平気。最初からこうすればよかった…」

「こうって?」

猫を可愛がるときのように、顎に添えられた手でそのままやさしく撫でられる。

「ミノリが消すなっていうから、すごく考えたんだよね。」

「?」

「僕とミノリ以外は、この国に入ると眠る魔法をかけたんだ。寝てるだけだから死んでないし、ミノリの言いつけちゃんと守ってるでしょ?
僕に呪いをかけたやつも、言い成りにさせようとしてたやつも、養成所のやつらも、王宮の研究所に入り浸ってたやつらも、みんな眠らせた。邪魔者はいなくなったんだ。」
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