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17.街の散策

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ノルックが満足したのか、キスの嵐から解放されると見た目が元に戻っていた。

見慣れた黒髪に見慣れたワンピース姿で、思わず自分を抱きしめてしまう。

「なんか、思ってたより用事早く済んじゃったね。」

済んだというか、強制終了みたいな帰り方だった。絶対ノルックにはもっと話あったはず。行かなきゃいけない用事があれだけの筈がない。私の話なんて枕詞みたいなものだし。

「王都を歩いてみたいんだけど、行ってきていいかな?」

運び込まれていたトランクから、袋に入った全財産を取り出す。地図と本は絶対買いたい。あと森で作れないお菓子とかも買いたいな。優先順位は低いけど。

「いいよ。行こう。」

ノルックが私に手を翳すと、キラキラと辺りが瞬く。手を伸ばすと見たことのないローブに包まれていた。ノルックが着ているものより装飾や飾りが少なくて地味だけど、触り心地がいい。

「街の中ではこの服を脱がないように。着てる間は見た目を変える魔法をかけた。」

鏡を見たけど見た目は特に変わっているように見えなかった。本当にかかってるのか疑問だけど、かけても私を知ってる人なんて誰もいないのだからどっちでも同じだ。

私を特定しにくくなるように配慮してくれているんだろうけど、どうせすぐに森へ引き篭もるつもりだからいらないのに。

満足そうに見てるから、特につっこまないでおいた。


再びの転移で街に移動する。
転移は便利だけど、道を覚えられないから迷子になった時が不安だ。
ノルックから離れないように、ローブの余ってる袖の部分をそっと掴んだ。

「どこに行きたいの?」

「あー、とりあえず街に何があるかわからないから、ぶらぶら歩いてみたいな。帰りに買い物したい。」

あちこち歩きながら、ノルックに案内してもらう。大魔術師サマをただの街ブラに付き合わせていいのかはわからないけど、看板が無かったり中が見えないお店も多くてノルックがいなかったら来ても立ち尽くしていたかもしれない。

街は人で賑わっていて、待ち合わせ場所のような大きい噴水が真ん中にあった。
意外にも、食べ物の出店がなかった。ノルックに聞くと、ここでは材料のみが売っていて、その場で魔法で調理して食べるのが主流だそう。
魔法が使えない人は素材を齧れということらしい。魔法が使えない人への差別はかなりありそうだ。途端に森が恋しくなる。

歩き回ってお腹が空いたので、ノルックに軽食を作ってもらうことになった。
お金を使ってみたかったからノルックに教えてもらって材料を買うことに挑戦する。
緊張しながらお金を払ってみたけど、無事に品物をゲットすることができた。
主食となるパンの市場価格がわかったのは大きい。
振り向くとノルックは離れた位置から見守ってくれている。初めての買い物が成功した興奮のままノルックのところに戻ると、ハグで迎えてくれた。

ベンチに座ってノルックが調理してくれたホットドッグ風のサンドイッチを頬張りながら、気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば、ノルックってなんの仕事してるの?」

陛下とかいうあの偉そうなおじさんが、ノルックのこと『珠玉』とか言ってたし、大魔術師と言われてるくらいだからきっと普段は何かすごいことをしてるんだろう。

ソースを溢してベタベタになった手を振っていたら、一回り大きな手がそっと包んできた。

「仕事はしていないよ。魔力を上げて寝るだけ。」

魔力を?!上げて寝るだけ?!
それって、監禁実験されてた話今もまだ続いてるってこと?!

ノルックが手を離すと、ソースで汚れたはずの手は、洗いたてのようにキレイになっていた。

「あ、ありがとうだけど…それより、どういうこと?ノルックの魔力を上げて、何をしようとしてるの?」

ノルックの眉尻が少しだけ下がり、少し長くなるけどと言って淡々と話し始めた。

「僕は、元々ギルスという村で産まれた。親は知らないけど、ギルス族は昔から魔力が高くて王家と繋がりがある。
ギルス族が王家に重宝される理由は、王国を覆う結界維持のためだ。
100年毎に結界の魔力補充が必要になる。
時期が来ると、その時一族で最も魔力の強い者がその体ごと結界の守護者として取り込まれる慣わしになっている。
その日に向けて、基準以上の魔力が貯められるように、魔力を上げる。
魔力は寝れば回復するからひたすら魔力を使って食べて寝るだけ。
それで、次の結界の守護者に選ばれたのは僕だ。
陛下の呼び出しは、恐らく僕を他国に見せびらかしたかっただけだからあれでいい。どうせ政治の切り札にするために利用しようとしたんだろ。」

え?ノルック、何言ってるの?

「…ミノルのところに早く帰りたかったから、時間かかったけどたくさんがんばったんだよ?
ミノルが待っていてくれたって知って、すごくうれしかった…」

うっとりするような眼で今度はぎゅっと手を握ってきたけど、とても、握り返せなかった。

「それは、もちろんノルックとまた会いたいって思ってたけど…
そんな、それって、ノルが犠牲になってみんなが生きるってこと?」

「うん。ミノリに会うまでは他のやつのために犠牲になんてなりたくないって思ってたけど、ミノリと会って、ミノリと過ごして、ミノルリに生きてほしいなって思ったから、命を捧げることに抵抗がなくなった。」

はにかむように笑っているけど、目の前が真っ暗になってとても見れなかった。

そんなの、その日が来たらノルックがいなくなるってことじゃない。
私は、またひとりになるの?
命なんて掛けられたって、全然嬉しくないよ。

「なにそれ。なんで。なんでなの。
どうしてみんないなくなるの?
あの日、私がノルックを拾わなければ良かった?私がノルックを拾ったから、ノルックはいなくなっちゃうの?!」

「ミノリ、どうしたの。」

掴まれた手を振り払って、ノルックから距離をとる。

「どこにも行かないって、離れないって、やっぱり嘘だったんじゃん。嘘つき…。」

目の奥がジリジリと熱い。気がつけば頬が濡れていた。

「ミノリ…」

「…1人にして。今日は帰らないから。宿に泊まるし、迎えもいらない。」

走り去ろうとしたけど、腕を掴まれて逃げられなかった。

「ダメだ。宿屋なんて危険だ。1人になっていいから、家にいてほしい。」

言い返そうと口を開くと、今日何度か見た白い壁と木の床に景色が変わっていた。

「ちょっと、ノルック…!」

「食事は運ぶように言うから、ここに居て。
僕から離れないで。」

逃さないように、強く抱きしめられた。
顔も見たくないと思ったけど、ノルックの悲痛な声を聞くと突っぱねられない。

「わかった。」

考え事をするのに、場所はどこでもいい。

大人しく頷くと、ノルックがそっと腕の力を弱め、そのまま消えた。

今日は朝からバタバタして、ソニアさんとダイアさんに挨拶をしていなかった。
トランクから置物とブレスレットを取り出してから、ノロノロと部屋にある3人掛けのソファに移動してだらしなく寝転がる。

ノルックが犠牲にならなくていい方法はないのか。少しでもいい知恵をお裾分けして欲しくてソニアさんとダイアさんを撫でながら話しかけていたけど
考えもまとまらないうちに、気がつけばそのまま眠ってしまっていた。
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