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12.王宮の魔術師

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ふと目を開けると、テーブルに突っ伏していた。
おでこを触ると真っ平に凹んでいる。うたた寝をしてしまったようだ。

体を起こすと首と腰が強張っている。

見渡してみても家の中は静かで、ノルックが帰ってきた様子はない。

念の為、ノルックにあてがった部屋ものぞいてみたけど、ベッドには朝畳んだままの布団が変わらずそこにあった。

取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。二度と謝ることもできなくなったらどうしよう。
ノルックの求める答えと、自分の本心は一致していたのに。素直に口に出せばよかっただけだったのに。

ぽつりと溢れた涙は、頬を伝って床に吸い込まれていく。

頭を冷やそう。

ノルックに再会してからずっと感情が忙しかった。
そうだ、お風呂に入ろう。
顔を洗いながら、涙も一緒に洗えばいい。

とはいえ、湯船に浸かってゆっくりという気持ちでもないので、シャワーだけで済ませる。頭からお湯をかけていると、だんだんと意識がはっきりしてきた。

寝る気にもなれなくて、再びテーブルに戻って、置物ソニアさんブレスレットダイアさんを並べて話しかける。

「ダイアさん、ソニアさん、ノルックと喧嘩しちゃった。直前まで、ノルックのお祝いするつもりだったのに。大事にしてあげたいはずなのに。私の方が年上なのに…」

当たり前だけど、どんなに話しかけても返事はない。

胸元のペンダントを触ってみても、無機質な感触しかなかった。

「ノルックに、愛想尽かされたかもしれない」

この世界で唯一の知り合いを失ってしまったかもしれない。喧嘩したかったわけじゃないのに。変なプライドなんか捨てるべきだった。

「ノルック…もう会えないの…?」

目の奥からぐちゃぐちゃになった感情が迫り上がってきたとき、ドアからカタンという音がした。

急いでブレスレットをつけてからドアに近づくと、なぜかフードを被った状態でノルックが立っていた。
足元には、立て掛けていた箒が転がっている。


「ノルック!?」

急いでドアを開けて確認する。
フードの隙間からシルバーの髪が靡いて、ノルックだとわかると思いっきり抱きしめた。

「ノルック!おかえり。ごめんね、さっきは…。
いなくなってほしいなんて思ってないから。」

「う、うん…。」

ノルックの様子がおかしい。
直立不動のまま動かない。

「ノルック…?」

顔を覗き込むと、真っ赤になっていた。
顔が赤いと瞳の煌めきが目立って、爛々としているように見える。

「あれ。熱でもある?」

おでこに手を伸ばしたところで、ノルックの背後から声がした。

「あー、2人の世界のところ水を差すようで悪いんだけど、あんたがこいつを保護してたってやつ?」

昼間に森で聞いた声だった。
体を傾けて覗こうとしたら、それまで動かなかったノルックにローブで抱き込まれ、魔法をかけられた。

解放されると、お風呂上がりでボサボサだった髪は、程よく乾燥してブローまでされていた。服も寝巻きだったのに、首元までしっかり止まったブラウスにカーディガンを羽織り、下はロングスカートという出立ちに変わっていた。

ノルックこんなこともできるの?便利すぎる…。毎日やって欲しいんだけど…。

予想外の魔法に呆気にとられていると
ノルックが耳元に顔を近づけてきた。

「僕以外に、ミノリの油断した姿見せないで。」

ふぁ?!
何、からかってるの?
自慢じゃないけどいつも油断した格好ですけど?!なんならこんなサラサラヘアー前世でもなかったし、私の普段の姿なんてどこにも需要ないわ!

意図が掴めずパニックになってる間に、ノルックの顔が少し下がっていった。
視線を合わせると、とろけるように笑うから、なんでかわからないけど顔がどんどん熱くなってきた。

ごちっ

「おら。無視すんじゃねーよ」

ノルックの後頭部らへんから、鈍い音がした。
防御膜シールドを張っていて、直撃はしなかったみたいだけど…ゆらゆらと振っているその杖でノルックを叩いたの?
大事なうちの子に、信じられない。

「あの、あなたは誰ですか?」

声が刺々しくなるのは当然だろう。
ノルックを押し除けて声の主と対峙すると、ノルックと似たローブを着ている、頬のこけた男性がいた。
黒い髪は天然パーマのようで、後ろで縛っている。目にかかる長さの前髪に、無精髭のせいか草臥れた雰囲気がある。

「ほーん。」

髭を撫でながら不躾に見てきて、なんかイヤな感じだ。

「こいつが、あんたと一緒じゃないと嫌だって駄々こねるから来てみたら、案外平凡そうな女だねえ。意外というか何というか…」

「手を出したら殺す。」

ノルックが私を隠すように前に出た。

「はっ。ま、見たところ魔力は乏しいみたいだし、興味ないね。魔力弱いくせにノエルジェークが近くにいても影響なさそうなのは気になるがな。
やはり、我にとって魔力の強さは重要ポイント…そう。たとえば、ノエルジェーク・G・モンバードとか。」

パチンとウィンクをしたのを見て、ノルックが心底イヤそうな顔をした。

私もたぶんノルックと同じ顔してる。
人の顔見て平凡な女とか、失礼が過ぎる。例え事実だとしても。

一緒に現れたということはノルックの知り合いなんだろうか。
なんとなく嫌な予感がする。さっさとそのナントカさんを探しに行ってほしい。


「我の名はキュリテ・バーナーム・ハングロップだ。一応王宮魔術師という肩書きがあるがあまり気にしなくていい。」

それならわざわざ言わなくてもいいのに…
気が進まないけど、ノルックの知り合いなら一応挨拶しておいた方がいいよね。

「ご丁寧にありがとうございます。私は…「言わなくていい」」

名乗ろうとしたところでノルックに遮られた。

「こんな奴に名乗る必要はない」

「おいおい随分じゃないか。おまえに魔術を教えてあげた恩師だろ?」

「勝手に連れていって監禁実験してきたやつに敬意を払う気はない。」

「なっ!」

聞き捨てならない言葉に頭の中で警報器がビービー鳴り響いた。
監禁?実験?そんなところノルックを返すわけにいかない。


「あの、それで?
どういった御用ですか。探し人がいらっしゃるようですが、こちらにはいませんのでそれだけでしたらお引き取りください。」

「何言ってんだ?ここにいるだろ。」

そう行って杖で突いている先は…
…ノルックだ。

「え?ノルックが??え???」

「あん?おまえ自分の名前教えてないの?」

ノルックが気まずそうに顔を逸らす。

「ノエルジェーク・G・モンバードといったら、若年ながら王国で1、2を争う大魔術師だぜ?」

まさか知らないやつがいるとは、とまで言われた。
開いた口が塞がらない。

王国でトップを争う大魔術師?
そんな人に私はコンロの火をつけてもらったり掃除を手伝わせたりしたわけ?

自分の行いを思い出しては取り返しのつかなさに恐れ多くて、ノルックから距離を取ろうと一歩下がると逃がさないように手を掴まれた。

「で?何の用?」

私の手を掴んだまま、ノルックがキュリテを睨みつける。

「お届け物だよ、陛下から。」

キュリテが手を上に向けると、
手品のように紐で綴じられた巻物が現れた。

見るからに滑らかで質の良さそうな紙質と、紐を押さえる部分のシーリングのような刻印が、私にでも伝わるくらい高貴な雰囲気を放っていた。
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