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11.不審者の来訪

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生活者が急に1人増えた事で
冬の間に食糧が足りるかという問題が浮上した。

まだギリギリ森をうろつく動物がいるだろうということで、何年かぶりの狩りに出る。

「外寒そうだしもうちょっと着て来るから待ってて。」

ソニアさんの結界の中は快適に過ごせる温度で保たれているけど、結界の外は耳が痛くなるくらい風が冷たい。

いつもはダイアさんのジャケットとソニアさんのベストがあればよかったけど、狩場は家より高い位置にあるのでもう少し暖かさが欲しいところだ。

「必要ない。」

呼び止められて振り向くと、全身が淡く光ってすぐに消えた。

「ノルック…もしかして…。」

「防寒の魔法。ミノリにもかけられるようになったから。」

体感温度はかわらないけど、なんとなく薄い膜で覆われているような感覚がある。

「私にもかけられるようになったの?!すごい!ありがとう!外出たらどんなかんじなのか確認してみたい。外でていい?」

「いいよ。行こう。」

少しの距離なのに、ノルックは転移で目の前に移動してきた。「わ」と思った時は景色が変わっている。
風が頬を撫で、背後から水の流れる音がする。足元を枯草がくすぐる。

転移だ!私も転移してる!

「すごい…!すごいしかいえないけどすごい!!本当に寒くない。前は私も一緒に転移んだりはできなかったのに…。ノルック、本当にがんばってきたんだね。えらいね。」

昨日からずっと「すごい」しか言ってない気がする。人と話さなすぎて語彙力が死んでる。もっといい言葉でノルックを褒めたいのに。
私とは違って、がんばった分をちゃんと力にしているノルックは素直に尊敬する。

「全然えらくない。こんなのちょっと調べたらすぐできたし。
あの時知っていればミノリを怪我させることもなかった。」

ノルックは視線を合わせないように地面を見つめ、左手の指を擦り合わせ始めた。

「でも、あれがあったからノルックは5年間学び続けて魔法を極めたんでしょ?それくらい集中して身につけられるなんてそうそうできないことだから、ノルックはやっぱりすごいよ。」

急にいなくなったり、大蛇に遭遇したのは二度と経験したくないが、こんなに成長して帰ってきたんだから、必要な出来事だったんじゃないかとすら思えてきた。

「ミノリが喜んでくれるならよかった。」

いつの間にかノルックの視線が上を向いていた。
見てて、と言って、南東の方角に手を伸ばしたかと思うと、離れたところで地面が少し揺れるくらいの音がした。

何が起きたのかわからずノルックの方を見ると、何も言わずそのまま手を取られて、二度目の転移をした。

転移先には、倒れたボアロがいた。
この時期にまだいたとは。冬眠直前だったんだろう、軽自動車くらいの大きさがある。

「まあまあだな。」

そう言ってノルックが倒れたボアロに手をかざすと、重さに潰れた草だけを残して跡形もなく消えた。

「あれ…?ボアロは…?」

「収納空間に移動させた。」

収納空間?!何をしたのか全然わからなかったんだけど。

これを5年で身につけたの?!
普通に考えたらチートなのでは?
ノルックがいたところって想像以上にスパルタ…?とんでもない世界なんじゃ…

森に引きこもっててよかった。
ソニアさんとダイアさんに改めて感謝する。ここじゃなかったら生きていけなかったかもしれない。

ドヤ顔のノルックに、より讃える気持ちをこめて夢中で拍手した。
ご機嫌になったノルックが斜め右と真横に両手を翳すと、離れたところで2箇所また地響きがする。「ここにいて」と言って今度はノルックだけが消えた。仕留めたものを回収しにいったみたいだ。

家を出てから10分も経っていないけど、狩りは終わりの気配を見せている。
ボアロ1匹で冬越せるんじゃないかと思いつつ、ノルックが張り切ってるから余計なことは言わないでおこう。

今日の夕食はノルックの好きな食べ物で揃えてみようかな。こんなにいろんなことできるようになるまでがんばってきたんだから、お祝いしないと。新鮮なボアロもあるし。

何が作れるか、家にある食材のストックを思い出しながら頭の中で並べているとノルックが戻ってきた。

「お疲れさま。これで冬どころか当面お肉には困らずにいられそうだね。
ついでに薬草とかも少し採って帰ってもいい?」

ノルックがよく食べてたボアロの肉入りスープに必要な薬草が少なくなってるから補充しておきたい。

見たことない爽やかな笑顔で「もちろん」と頷いて、左手をきゅっと握られた。
仲良し姉弟みたいでいいな、と思いながら握り返して、あっち、と目当ての野草が生えているとこに足を踏み出すと、聞き慣れない声が流れてきた。

「…この辺だと思うんだがな。」

怠そうな低い声。
おそらく私よりも年上の、男性だろう。

声の位置を特定しようと見渡すと、繋いでた手を引かれて顔を胸に押し付けられた。頭の上で機嫌が良かったはずのノルックの舌打ちが聞こえた。

動かない方が良さそう、としばらく息を潜めていると、空気の振動が変わった。

「ノエルジェーク・G・モンバード!出てこい!!この辺りにいるんだろ?!
10数えるうちに出てこないなら、ここ一帯を吹き飛ばすぞ。」

さっきよりも声がはっきり聞こえた。
近くにいるのかと腕の隙間から外を見るけど何も見えない。

息が苦しくなってきたので、腕を叩いて緩めてもらう。新鮮な空気を吸い直してから口を開こうとすると、再び口を塞がれそうになったので小声で話しかける。

「出たらダメ?誰か探してるみたいだけど、知らない人みたいだし。
ここ、ダイアさんとソニアさんとの思い出がたくさんあるの。ノルックとの思い出だってあるし、やめてって言わなきゃ」

縋るように見上げると
ノルックは眉間に皺をよせていた。

やがてため息をひとつ吐くと、声のした方へと腕を伸ばす。

「…!」

何か叫び声が聞こえたような気がしたが、やがてまた元のように風が吹き始めた。

「とりあえず遠くに飛ばしたけど、あいつはおそらくまた来る。」

「あいつって…ノルックの知ってる人なの?」

「…」

問いかけても、目線を合わせないまま黙り込んでいる。

「……私には、言えないこと…?」

「…」

沈黙が続く。ノルックは何も話す気が無さそうだ。話してくれないと何にもわからないのに。

「そう。関係ないよね、私なんて。とにかくここなくされたら困るから、知り合いなら説得してもらえる。」

ノルックの腕の中から抜け出し、完全に離れる位置まで後ずさった。

「…僕がいなくなってもいいの?」

目線を合わさないまま、突然、そんなことを言いだした。

「いなくなるの?」

「会ったら、連れ戻される。」

「連れ戻されるって…。自由の身になったんじゃなかったの?」

また口を閉ざすノルックに、追求しても無駄だと悟った。

「…迷惑かけてる人がいるなら、先にそっちいってきなよ。私はいいから。」

なんだかよくない感情が湧き出る予感がした。このままだと酷いことを言ってしまいそう。
一度一人になりたくてその場で踵を返した。

「ミノリは、僕がいなくてもいいの…?」

逃がさないように腕を強く掴まれる。
二度目の質問だ。
ノルックの手が、引き止めてほしいと言っている。

そんなことないっていうべきだとわかっていた。

でも、再会した時、自由の身なったんだって、これからはずっと一緒って、言ったのは嘘だったんだよね?
私が、何も知らないからって…バレないと思ったの?

「今更だよ。5年前にいなくなったのはノルックだし、それから私はたった1人で、ずっと生活してたんだから。」

口から出たのは、ノルックを突き放す言葉だった。
ノルックがこちらを向く気配がしたけど、目を合わせられなくて今度は私が逸らしてしまった。
何も考えたくなくてそのまま目を瞑る。

どれくらい時間が経っただろうか。
しばらくして、腕が解放された。

「わかった。」

と言う言葉を残してノルックが消えた。
周りを見渡すと、見慣れた床や壁があった。私だけ家に飛ばされたんだ。

「あ…」

ノルックは今度こそもう帰ってこないかもしれない。

大人気ないことを言ってしまった。
答えはわかっていたのに。

「2度と、離れないって、言ったのに…」

なのに、ノルックを責めるような言葉が出てしまう。

とりあえず、今はお互い離れて正解だと思うことにした。一度冷静にならないと。
家に帰ったのだから家事でもしよう。

思い出さないようにひたすら手足を動かしてると、徐々に気持ちが落ちついてきた。

少なくとも私と一緒にいたいと思ったから会いにきてくれたはずで、服やスプーンに喜んで贈り物を用意して魔法を見せてくれたのは、私を騙したり侮辱するためではないはず。
甘い考えなのは自覚があるけど、ノルックを哀しませたことに後悔が止まらない。

ノルックにもう一度会えたらちゃんと謝ろう。どんな理由かわからないけど、ノルックがいてくれた方が嬉しいってちゃんと伝えよう。

そう決めてから、窓やドアが開かないか確認するけど、時々いたずらに風が通り過ぎるだけだった。

日が暮れても人が訪れる気配はなくて、
落胆しながらも手は祈るように胸元で光るペンダントを撫で続けていた。

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