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2.迷子

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この森は、殆ど人が立ち入らない。

高い木に囲まれていて実際はわからないけど、ダイアさんの話では数十キロ先を円形に山が囲っていて、毒沼があったりドラゴンが住んでいたりするのだとか。

もちろん魔法があるから転移・転送ワープはある。
でも、転移転送には膨大な魔力と移動先の座標を合わせるために高い魔力精度が必要なため、一般人は扱えない。
その上一度行った場所や印をつけた場所にしか飛べないため、森までくる人はかなり絞られるのだそう。

森に来ても、珍しい素材や称号目当てで毒沼に集まる魔物やドラゴンの集落に人が向かうため、そこから更に数キロ離れたこの場所に人が来ることは滅多にないとのことだった。


「ソニアさん、見てください!今年のキャボです。ソニアさんが作ったものより小さいけど、なんとか収穫できそうです。」

ソニアさんが亡くなる前にもらった置物は、ウサギのような見た目だけどソニアさんの座る姿に似ていたので“ソニアさん”。
同時にもらったブレスレットは“ダイアさん”と呼んで身につけている。

側から見たらイタイ子な自覚はあったけど、誰にも会わないしと開き直った。

「ダイアさん!これから収穫するんで、力を貸してくださいね。」

もちろんダイアさんが力を貸してくれるわけではないけど、気合いを入れたい時に口にする。

腕まくりをして土から出てきたキャボを収穫していく。一列終わって腰を起こすとそれなりの量だ。残りは砕いて土に埋めて肥料にする。

収穫したものも、一度には食べきれないので貯蔵庫に運ぶ。荷車を持ち上げるとそれなりの重さだった。

「わ。わ。やば。」

持ち上げた時にフラついて、荷車を倒してしまった。
せっかく積み上げたキャボが地面に散らばる。

「あーやっちゃった…。拾わないと…」

1人で生活すると、いかにダイアさんとソニアさんに助けられていたか実感する。
少しはマシになったつもりだったのに、要領の悪さは変わっていなかったようだ。

転がっていったキャボを拾い集めて、もうないかと見渡したところで
少し離れた場所に見慣れない色があった。

「あんなところに銀色の草なんて生えてたっけ?」

集めたキャボを荷車に戻してから、恐る恐る近づいてみる。

あと3m程というところまで近づくと、草だと思っていたものは人の頭だった。

「え、子ども?だ、大丈夫?」

回り込んで顔を覗き込むと、顔中泥だらけでところどころ赤く腫れていたりしている。よく見ると服も擦り切れていた。

様子を見るために恐る恐る近寄る。

あと数歩、というところで倒れている子の目が急に開き、警戒するように後ずさった。

「あ、動けるの?かな?動けて、るね。膝?とか、血出てるし、痛そうだけど大丈夫?
良かったらすぐそこだし手当てしようか?」

久しぶりの人との会話に変な文章になってしまった。なるべく敵意がなく見えるように、目線を合わせてしゃがむ。

「…」

「この辺り何もないし、お腹も空いてない?もし食べれそうならご飯もあるから。」

きゅるる…

食事の話をした途端、お腹のなる音が響き渡った。真っ赤な顔で目を逸らされて、張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。

「もし急ぎじゃなかったらちょっと休んでって。この先しばらく民家もお店もないし。家に私しかいないから、遠慮しなくていいから。」

久しぶりの他者との会話に、少し浮かれてしまっているみたい。
ほんの少し警戒が解かれた様子に、つい口元が綻んだ。

近付くと警戒されるので、立ち上がるのを確認してから少し歩いておいでおいでしながら家に招き入れる。

「先にお風呂入った方がいいよね?ちょっとお湯沸かすの時間かかるから、代わりに濡れタオル作るからちょっと待ってね。傷になってるところはばい菌入っちゃうからできるところだけお水で流そうか。そこ座ってて。」

触ったり辺りを見渡したりしながら恐る恐る座ったのを確認して、洗浄の準備を始めた。

魔法が使えない私のためにダイアさんとソニアさんにお湯が貯められて排水もできるお風呂を作ってくれていた。

水は、ありがたいことにダイアさんが川から水を引いてくれて、止めたり出したりする魔道具をソニアさんが作ってくれたから蛇口のように使えている。

薪をくべてお風呂を沸かしながら、コンロに水を入れた鍋をかけて、桶に水を溜めているところではた、と気付く。

「もしかして、洗浄の魔法でキレイになれたりする?」

目が合うと、そのままの体勢で魔法が発動されたらしく、みるみるうちに泥や汚れが無くなっていった。
汚れがすっかりなくなると、怪我だらけの痛々しい顔が出てきた。

「あー。そうだよねえ。こっちの人みんな魔法使えるんだった。怪我・・も気になるけど、お腹が最優先だよね。ご飯、すぐ用意するね。」

鍋を覗くとぽこぽこと泡が浮き始めていた。
かき混ぜると程よい温度だったので掬い上げて器に盛る。
常備している木の実を混ぜたパンも軽くオーブンで温めて添えた。

「はい、どうぞ。このスプーンで掬って食べてね。私お風呂沸かしちゃって薪もったいないし入ってくるから気にせず食べてて。」

パンを手に取ったのを確認してから、いそいそとお風呂場に向かった。
せっかく沸かしたのでカラスの行水とはいけなかったけど、いつもより早めに済ませて出る。タオルで頭を拭きながら戻ると、一口も食べられていなかった。

持ち上げられたパンもそのまま戻されていて、手を膝の上で握りしめたまま目の前の料理を睨みつけていた。

「ご飯、食べたくない?」

隣に座りながら聞いてみたけど、口を強く結んだだけだった。

「少しでも、何かお腹に入れたほうがいいよ。悪いものは入ってないはずだから、ね?」

害がないことを示すために、目の前のパンをちぎって食べてみせる。ついでにスープもスプーンで掬って食べてみせた。

こっちを向いた。信じるべきか、観察している。

もう一口パンをちぎって食べてみせた。
そのままちぎって

「はい、口開けて、あーん」

口元にちぎったパンを近付けると、弾かれたように頭を引かれたけど、再度近付けると、こちらを確認するように見た後で、観念しておずおずと口を開けた。
その隙にポイと投げいれると、しばらく咀嚼して、遂に飲み込んだ。

「食べた!おいしい?次はスープね。」

新しいスプーンを持ってきて、スープを掬って口元に持っていくと、しばらくスプーンを見ていたが、今度は自分から口を開けて飲んだ。

野良猫が懐いたような感覚に感動してると、口を開けて上目遣いで、次を催促される。

「パンとスープ、どっちがいい?」

「…………すーぷ。」

喋った!!!

かわいさに悶えながらも、せっせとスープと時々パンを運び、あっという間にお皿は空になった。

「傷の手当てもしないとだね。傷を治したりする魔法はできるのかな?
 私は魔法使えないから、もし使えなかったら薬塗るけど…」

「魔法、つかえない…?」

「うん。元々魔力?が全くないの。だから私だと薬を塗って治すことになるけど、時間もかかるしきれいに治らないかもしれないから、魔法で治せるなら魔法の方がいいと思うよ。」

「まりょくがない…」

それだけ呟くと、両手を見つめてまたぱたりと無言になってしまった。
動く気配がしないので、一応救急箱用意しようかなと立ち上がると、クッと袖を引かれた。

「なまえ、おしえて。」

そこで、今まで全く名乗ってなかったことに気づき、慌てて座り直した。

「ごめん!名乗ってなかったよね!めちゃめちゃ怪しいよね!!ずっと人と会ってなかったから名乗ること忘れてたの。ほんとごめんなさい。
それで、名前は、えーと宮内 稔がフルネームだけど、ミノリって呼んでもらえたらうれしい、かな?」

動揺しすぎて最後が疑問符になってしまった。いくら1人が長かったからって名乗り忘れるなんて、めちゃくちゃ怪しい人じゃん!
そりゃご飯も警戒するよね!ほんとごめんね!

「えと、なんか私気付いたらここにいて、家族とかいなくて、あ、前は私を拾って住まわせてくれたおじいさんとおばあさんが居たんだけど、2人とも亡くなっちゃってから1人で住んでるし、その2人以外にこの世界に知り合いとか全くいないから外のこととかわかってない情弱なんだけど、君に危害を加えるつもりはないから、ほんと、でも子どもが傷ついたままなのは見てるのも辛いというか、本当に私が今まで他に住んでる人誰も見たことがないくらい民家とかお店とかすごい遠くにあるみたいだし、治るまで居てもいいし、私のこと怪しくて怖かったら出てってもいいけど、やっぱり元気になってから行って欲しいなというか…」

ああ。感情のまま口に出して何が言いたいかよくわからなくない文章になってしまった気がする…

「ジョージャク?…ミノリ、ジョージャク…」

しまった。余計なこと言って間違った言葉覚えさせてしまった。

「あ、いや、その、私は情弱というか…」

「けが、治るまでいていい?」

説明しようとしたけど聞いていなかったようで遮られる。
まあ、追々訂正すればいいか。

「もちろん。好きなだけいていいよ。」

そう言うと、言質取ったといわんばかりににっこり笑った。

「ミノリ、薬塗って。魔法できない。」

この世界で回復魔法はやっぱり選ばれた人…例えばヒロインだけとかの魔法なのだろうか。
ダイアさんは傷を治すくらいはよくしてたけど…

わかったと言って救急箱を取りに行き、なるべく優しく消毒液を塗ったり包帯を巻いたりした。「朝晩で変えるね。」というと、こくんとうなづいて包帯で巻かれたところをそっと触っていた。
いざという時のために薬とかはあるけど、魔法で治すのが普通らしいから、包帯が珍しいのかもしれない。

その日から、久しぶりに誰かのいる生活になった。
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