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第五章「盲愛の寺」
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二十三日、殿は滝川一益を召し寄せ、上野一国と信濃の小県・佐久の二郡を与え、関東八州の警固役に任じた。
「年を取ってから遠国へ遣わすのは気の毒じゃが、関東八州をまとめられるのは、そなただけじゃ。世話をかけるが、取次ぎ役、頼むぞ」
「この老体に、斯くもありがたきお役を頂き、ありがたき幸せ。最後のご奉公と、倒れるまで力を尽くしまする」
鬢や顎髭に白髪が混じっているのに、一益の鼻息は荒い。
「おいおい、まことに倒れてもらっては困るぞ」
「それは、あくまで言葉のあやで、それほどの気心で務めさせていただきまする」
「うむ、頼みにしておるぞ」
殿から葡萄鹿毛の馬を下賜された一益は、この二日後に意気揚々と上野へと下っていった。
二十八日、甲斐から信忠が参陣した。
殿は、此度の戦はすべて信忠のお陰だと、梨地蒔絵拵えの刀を贈った。
「天下の儀もなさるべし(天下の差配を、そなたに譲ろう)」
と、付け加えて。
信忠は、喜んでこれを受け取ったが、太若丸は、傍らに仕えていた十兵衛の眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「参陣が遅くなりまして、申し訳ございません。処々あらかた片付けて参りました」
「うむ、ご苦労。それで……、松姫は見つかったか?」
信忠は驚いていた。
「何処から斯様なことを?」
殿は苦笑した。
「儂が思うよりも、甲斐まで一気に駆け抜けていったからのう。一日千秋の想いで、愛しい女子のもとに馳せ参じたのかと思ったのよ」
「決して、そのようなことは………………」
殿は、「よいよい」と手を振る。
「男であれば、一度は思うこと。されど、あまりに執着するのはよくないぞ」
「承知しておりまする」
信忠は、ぶすっとした顔をした。
相変わらず、女に関しては奥手のようだ。
「それで、見つかったのか?」
首を振る。
「左様か……」
殿は外に視線を移す、曇天である、遠くに稲光が見える、ひと雨くるか?
「十兵衛よ、金照庵とは、何処にある?」
訊かれた十兵衛は、徐に口を開いた。
「武蔵の多摩、恩方にござりまする」、信忠に向き直って、「聞き及びまするに、見目麗しい姫君が、四人の子どもを連れ、駆け込んできたと」
信忠の顔が、まるで桜が花開くように綻んだ。
「今すぐには難しかろうが、ようよう日を置いたら、迎えに行ってやるがよい」
殿の言葉に、信忠は「承知」と頭を下げた。
ぴかりと辺りが明るくなり、遅れてごろごろと響き渡った………………近い。
ざっと雨が降り出す。
「これは、すごいな」
殿の声も聞こえないくらいだ。
殿は、障子を閉めよと、手で合図を送った。
太若丸と乱が障子を閉める。
暗くなったので、明かりを灯す。
雨のせいか、かなり寒くなった。
太若丸は、火鉢を入れた。
「せっかく花も咲いたというに、この分じゃと散りそうじゃのう」
殿は、火鉢に手を翳しながら呟いた。
「勘九郎、寒くはないか?」
「別段」
「いやいや、寒かろう、火鉢に当たれ。十兵衛も歳じゃからのう、近こう、近こう」
「恐れ入りまする」と、信忠と十兵衛は僅かに進み出た。
「それでは、まだ寒かろう。それに、この雨音では話もできぬ。もちと近こう」
と、手招きをする。
ふたりは、殿の前まで進み出て、火鉢に手を翳した。
「狸を……退治するぞ」
殿は、唐突に口を開いた。
「狸?」
と、信忠は首を傾げる。
「徳川殿です」
と、十兵衛が告げた。
この話、殿と十兵衛のふたりだけ秘密ではなかったのか?
信忠は、かなり驚いていたが、
「如何様な子細で?」
十兵衛が、例の一件を話すと、すぐさま険しい顔となり、頷いた。
「確かに徳川には、これまでに主家である織田家を蔑ろにするような目に余る行いがござりました。特に、織田家との縁を深めるためと妹を嫁入りさせたのに、その夫であり、徳川の嫡男でもあった三郎殿を誅殺するは、許しがたき所存。これこそ、織田家への裏切り、主家を主家と思わぬ暴挙!」
一応、織田と徳川(松平)は同盟関係 ―― 対等な立場である………………が、これは表向きで、その領地と軍団の大きさからすれば、織田からみれば、こちらに与する諸将のひとりという扱いだ。
「あのときは、大殿の計らいで事なきをえましたが、某は、あのときに潰しておったほうが良いと思いましたぞ。妹の顔に泥まで塗ったのですから」
「五徳には……、可哀そうなことをした。あれもいまは、すこし落ち着いていよう。狸退治が終われば、また良きつれ合いを探してやろう」
「それは良いことでござりまするが………………、その狸退治はいつ? 如何様に?」
「それは……、いま思案中じゃ」
「そのときは、某を是非に総大将に」
「おぬしをか?」
「徳川(松平)とは、お爺様(信秀)のころから因縁。三河を配下におくこともできずに逝かれたお爺様の無念を晴らすためにも、何卒某に」
殿は首を振った。
「何故?」
「そなたは動くな。そなたはじきに、太政大臣となる身じゃ、戦場に出て武将としての名をあげるのも良いが、そろそろ天下の政事にかかわっていかねばならぬ。戦場に出て、万が一のことがあればどうする?」
「斯様な大事を起こすことなどござりませぬ。それに、武士にとって戦場で死ぬは本望、誉れでござりまする」
「うつけ!」
殿が叱るつけた ―― 信忠を叱るのは、随分久しぶりだ、だが、昔のように怒鳴りつけると違った、幾分優しさのこもった声であった。
「死んではならんのじゃ! 天下を差配するものは、たやすく死んではならんのじゃ! よいか、おぬしはこの一件には関わるな。甲斐に与兵衛を置いて、兵を引き上げよ」
「何故? 徳川と戦うには、このまま兵を留めて置いたほうが宜しいのでは?」
「狸を侮るなよ、化かされるぞ。こちらが化かすほうだ、兵を退いたと油断させる」
「なるほど」
「儂は、ここから天下の名山といわれる富士を見物し、駿河・遠江を廻って、ゆっくりと安土へと戻る………………と、見せかけて、頃合いをみて儂と十兵衛で仕留めに行く。おぬしは、天下人として、高いところからこの大八洲島を隅々まで見渡し、家臣らに指示を出せばよい」
「し、しかし、それでは………………」
「よいか、狸退治の一件に手出しは無用。この一件は、儂と十兵衛が処理してやる。狸だけでなく、北の大百足から西の大梟や大熊、鞆の浦の鵺まで、儂と十兵衛で始末してやる。そなたは、その手を汚すことなく、天守から天下を見渡すがよい」
「しかし、それでは大殿にもしものことがあれば………………」
殿は大笑いした。
「儂は死なん。儂は……」、障子が真っ白になったかと思うと、ものすごい音が鳴り響いた、「神になるからのう」
翌日、軍は解散され、兵たちは木曾方面、伊那方面へとぞくぞくと帰り始めた。
あわせて殿は、武田の支配地であった領地を諸将に分け与えるとのお触れをだした。
すなわち………………甲斐一国(梅雪斎の所領を除く)と信濃の諏訪一郡を河尻秀隆に、駿河一国を徳川家康に、上野一国と信濃の小県・佐久の二郡を滝川一益に、信濃の高井・水内・更科・埴科の四郡を森長可に、もとの所領は安堵し、さらに信濃の安曇・筑摩の二郡を木曾義昌に、信濃の伊那郡は毛利長秀に、この度先鋒として功績のあった団忠直には美濃の岩村を与えた。
また、森長可が信濃の四郡に移ったということで、もとの兼山と米田島二郡は森家三男の乱に与えられた。
乱は、領地を貰ったと、無邪気に喜んでいたが………………
領地の分配にあわせて、甲斐・信濃での国掟も定めたのち、諏訪に信忠を留め、殿は四月二日に出立、大ガ原を経て、
「おお、あれが名山富士か……」
と、真っ白に雪の降り積もった山を仰ぎ見た。
初めて見る富士に、お供のものたちは感嘆の声を上げていたが、殿はしばらく見上げた後、
「なんか……、思ったほどでもないな……」
と、呟いていた。
甲斐に入り、勝頼の居城であった焼け跡をみたあと、躑躅ヶ崎の館でしばし逗留することとなった。
一息ついたところで、恵林寺の成敗がついたと報せがきた。
恵林寺は、六角次郎義定を匿っていたという。
義定は、南近江の六角氏 ―― 殿が、足利義昭を奉じて岐阜から京への上洛する際、これに抵抗した六角義賢の次男である。
殿に敗れた後、六角一族は散り散りとなって身を潜めていたが、義定は甲斐に隠れていたようだ。
ここで会ったが百年目と、恵林寺に義定引き渡しを要請したが、寺はこれを拒んだらしい。
ならばと信忠が、津田元嘉、長谷川与次、関成重、赤座永兼らを派遣し、僧侶らを山門の二階に押し込めると、これに火を点け、焼き殺したらしい。
快川紹喜を筆頭に長老格で十一人、それを含めても百五十人の僧侶が焼き殺されたらしい。
して、肝心の義定は………………
「寺に入ったときには、すでに姿はなく………………」
との、元喜の話を聞いた殿は苦笑していた。
「また逃げたか、六角は、しぶとい奴じゃな。しかし、恵林寺も、六角など素直に差し出せばよいものを。あのようなものを助けて何になる?」
「寺には、寺の法というものがございましょう。誰かが助けを求めて駆けこんでくれば、それを助けるのも、また仏の道と………………」
「仏の道? 修行もせずに美味いものを喰らい、酒や女子どもに溺れ、高利で銭を貸し付け、それが返せなければ着ているものまで剥ぎ取っていくようなことが、仏の道か? 仏の道とは、じつに都合が良いものじゃのう、太若丸?」
おっしゃるとおりで。
「かほど仏の道を守ることが大事ならば、ずっと寺に籠って修行だけせよ、現世のことに口を出すな! ……というこじゃ」
「御尤もで。え……、次に……」
と、元喜は話を替えた。
武田の残党の首が続々と持ち込まれているらしい ―― 百姓らが、褒美欲しさに襲って、首を持ってきているようだ。
「うむ、黄金を与えよ」
と、殿が言ったものだから、ますます首が増えてしまった。
稲葉貞通が陣を張っていた飯山で一揆が起こり、包囲されてしまった。
すぐさま、森長可が稲葉重通、稲葉刑部らを率いて助力に、信忠も団忠直を出陣させ、これを鎮圧し、事なきを得た。
「天晴、天晴! 鬼武蔵はやるのう、のう乱丸」
兄を活躍に、乱は誇らしげであった。
「さて、これで東は大丈夫であろう。そろそろ安土へと戻ろうか」
殿が腰をあげたのは、四月十日のことであった。
「年を取ってから遠国へ遣わすのは気の毒じゃが、関東八州をまとめられるのは、そなただけじゃ。世話をかけるが、取次ぎ役、頼むぞ」
「この老体に、斯くもありがたきお役を頂き、ありがたき幸せ。最後のご奉公と、倒れるまで力を尽くしまする」
鬢や顎髭に白髪が混じっているのに、一益の鼻息は荒い。
「おいおい、まことに倒れてもらっては困るぞ」
「それは、あくまで言葉のあやで、それほどの気心で務めさせていただきまする」
「うむ、頼みにしておるぞ」
殿から葡萄鹿毛の馬を下賜された一益は、この二日後に意気揚々と上野へと下っていった。
二十八日、甲斐から信忠が参陣した。
殿は、此度の戦はすべて信忠のお陰だと、梨地蒔絵拵えの刀を贈った。
「天下の儀もなさるべし(天下の差配を、そなたに譲ろう)」
と、付け加えて。
信忠は、喜んでこれを受け取ったが、太若丸は、傍らに仕えていた十兵衛の眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「参陣が遅くなりまして、申し訳ございません。処々あらかた片付けて参りました」
「うむ、ご苦労。それで……、松姫は見つかったか?」
信忠は驚いていた。
「何処から斯様なことを?」
殿は苦笑した。
「儂が思うよりも、甲斐まで一気に駆け抜けていったからのう。一日千秋の想いで、愛しい女子のもとに馳せ参じたのかと思ったのよ」
「決して、そのようなことは………………」
殿は、「よいよい」と手を振る。
「男であれば、一度は思うこと。されど、あまりに執着するのはよくないぞ」
「承知しておりまする」
信忠は、ぶすっとした顔をした。
相変わらず、女に関しては奥手のようだ。
「それで、見つかったのか?」
首を振る。
「左様か……」
殿は外に視線を移す、曇天である、遠くに稲光が見える、ひと雨くるか?
「十兵衛よ、金照庵とは、何処にある?」
訊かれた十兵衛は、徐に口を開いた。
「武蔵の多摩、恩方にござりまする」、信忠に向き直って、「聞き及びまするに、見目麗しい姫君が、四人の子どもを連れ、駆け込んできたと」
信忠の顔が、まるで桜が花開くように綻んだ。
「今すぐには難しかろうが、ようよう日を置いたら、迎えに行ってやるがよい」
殿の言葉に、信忠は「承知」と頭を下げた。
ぴかりと辺りが明るくなり、遅れてごろごろと響き渡った………………近い。
ざっと雨が降り出す。
「これは、すごいな」
殿の声も聞こえないくらいだ。
殿は、障子を閉めよと、手で合図を送った。
太若丸と乱が障子を閉める。
暗くなったので、明かりを灯す。
雨のせいか、かなり寒くなった。
太若丸は、火鉢を入れた。
「せっかく花も咲いたというに、この分じゃと散りそうじゃのう」
殿は、火鉢に手を翳しながら呟いた。
「勘九郎、寒くはないか?」
「別段」
「いやいや、寒かろう、火鉢に当たれ。十兵衛も歳じゃからのう、近こう、近こう」
「恐れ入りまする」と、信忠と十兵衛は僅かに進み出た。
「それでは、まだ寒かろう。それに、この雨音では話もできぬ。もちと近こう」
と、手招きをする。
ふたりは、殿の前まで進み出て、火鉢に手を翳した。
「狸を……退治するぞ」
殿は、唐突に口を開いた。
「狸?」
と、信忠は首を傾げる。
「徳川殿です」
と、十兵衛が告げた。
この話、殿と十兵衛のふたりだけ秘密ではなかったのか?
信忠は、かなり驚いていたが、
「如何様な子細で?」
十兵衛が、例の一件を話すと、すぐさま険しい顔となり、頷いた。
「確かに徳川には、これまでに主家である織田家を蔑ろにするような目に余る行いがござりました。特に、織田家との縁を深めるためと妹を嫁入りさせたのに、その夫であり、徳川の嫡男でもあった三郎殿を誅殺するは、許しがたき所存。これこそ、織田家への裏切り、主家を主家と思わぬ暴挙!」
一応、織田と徳川(松平)は同盟関係 ―― 対等な立場である………………が、これは表向きで、その領地と軍団の大きさからすれば、織田からみれば、こちらに与する諸将のひとりという扱いだ。
「あのときは、大殿の計らいで事なきをえましたが、某は、あのときに潰しておったほうが良いと思いましたぞ。妹の顔に泥まで塗ったのですから」
「五徳には……、可哀そうなことをした。あれもいまは、すこし落ち着いていよう。狸退治が終われば、また良きつれ合いを探してやろう」
「それは良いことでござりまするが………………、その狸退治はいつ? 如何様に?」
「それは……、いま思案中じゃ」
「そのときは、某を是非に総大将に」
「おぬしをか?」
「徳川(松平)とは、お爺様(信秀)のころから因縁。三河を配下におくこともできずに逝かれたお爺様の無念を晴らすためにも、何卒某に」
殿は首を振った。
「何故?」
「そなたは動くな。そなたはじきに、太政大臣となる身じゃ、戦場に出て武将としての名をあげるのも良いが、そろそろ天下の政事にかかわっていかねばならぬ。戦場に出て、万が一のことがあればどうする?」
「斯様な大事を起こすことなどござりませぬ。それに、武士にとって戦場で死ぬは本望、誉れでござりまする」
「うつけ!」
殿が叱るつけた ―― 信忠を叱るのは、随分久しぶりだ、だが、昔のように怒鳴りつけると違った、幾分優しさのこもった声であった。
「死んではならんのじゃ! 天下を差配するものは、たやすく死んではならんのじゃ! よいか、おぬしはこの一件には関わるな。甲斐に与兵衛を置いて、兵を引き上げよ」
「何故? 徳川と戦うには、このまま兵を留めて置いたほうが宜しいのでは?」
「狸を侮るなよ、化かされるぞ。こちらが化かすほうだ、兵を退いたと油断させる」
「なるほど」
「儂は、ここから天下の名山といわれる富士を見物し、駿河・遠江を廻って、ゆっくりと安土へと戻る………………と、見せかけて、頃合いをみて儂と十兵衛で仕留めに行く。おぬしは、天下人として、高いところからこの大八洲島を隅々まで見渡し、家臣らに指示を出せばよい」
「し、しかし、それでは………………」
「よいか、狸退治の一件に手出しは無用。この一件は、儂と十兵衛が処理してやる。狸だけでなく、北の大百足から西の大梟や大熊、鞆の浦の鵺まで、儂と十兵衛で始末してやる。そなたは、その手を汚すことなく、天守から天下を見渡すがよい」
「しかし、それでは大殿にもしものことがあれば………………」
殿は大笑いした。
「儂は死なん。儂は……」、障子が真っ白になったかと思うと、ものすごい音が鳴り響いた、「神になるからのう」
翌日、軍は解散され、兵たちは木曾方面、伊那方面へとぞくぞくと帰り始めた。
あわせて殿は、武田の支配地であった領地を諸将に分け与えるとのお触れをだした。
すなわち………………甲斐一国(梅雪斎の所領を除く)と信濃の諏訪一郡を河尻秀隆に、駿河一国を徳川家康に、上野一国と信濃の小県・佐久の二郡を滝川一益に、信濃の高井・水内・更科・埴科の四郡を森長可に、もとの所領は安堵し、さらに信濃の安曇・筑摩の二郡を木曾義昌に、信濃の伊那郡は毛利長秀に、この度先鋒として功績のあった団忠直には美濃の岩村を与えた。
また、森長可が信濃の四郡に移ったということで、もとの兼山と米田島二郡は森家三男の乱に与えられた。
乱は、領地を貰ったと、無邪気に喜んでいたが………………
領地の分配にあわせて、甲斐・信濃での国掟も定めたのち、諏訪に信忠を留め、殿は四月二日に出立、大ガ原を経て、
「おお、あれが名山富士か……」
と、真っ白に雪の降り積もった山を仰ぎ見た。
初めて見る富士に、お供のものたちは感嘆の声を上げていたが、殿はしばらく見上げた後、
「なんか……、思ったほどでもないな……」
と、呟いていた。
甲斐に入り、勝頼の居城であった焼け跡をみたあと、躑躅ヶ崎の館でしばし逗留することとなった。
一息ついたところで、恵林寺の成敗がついたと報せがきた。
恵林寺は、六角次郎義定を匿っていたという。
義定は、南近江の六角氏 ―― 殿が、足利義昭を奉じて岐阜から京への上洛する際、これに抵抗した六角義賢の次男である。
殿に敗れた後、六角一族は散り散りとなって身を潜めていたが、義定は甲斐に隠れていたようだ。
ここで会ったが百年目と、恵林寺に義定引き渡しを要請したが、寺はこれを拒んだらしい。
ならばと信忠が、津田元嘉、長谷川与次、関成重、赤座永兼らを派遣し、僧侶らを山門の二階に押し込めると、これに火を点け、焼き殺したらしい。
快川紹喜を筆頭に長老格で十一人、それを含めても百五十人の僧侶が焼き殺されたらしい。
して、肝心の義定は………………
「寺に入ったときには、すでに姿はなく………………」
との、元喜の話を聞いた殿は苦笑していた。
「また逃げたか、六角は、しぶとい奴じゃな。しかし、恵林寺も、六角など素直に差し出せばよいものを。あのようなものを助けて何になる?」
「寺には、寺の法というものがございましょう。誰かが助けを求めて駆けこんでくれば、それを助けるのも、また仏の道と………………」
「仏の道? 修行もせずに美味いものを喰らい、酒や女子どもに溺れ、高利で銭を貸し付け、それが返せなければ着ているものまで剥ぎ取っていくようなことが、仏の道か? 仏の道とは、じつに都合が良いものじゃのう、太若丸?」
おっしゃるとおりで。
「かほど仏の道を守ることが大事ならば、ずっと寺に籠って修行だけせよ、現世のことに口を出すな! ……というこじゃ」
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「うむ、黄金を与えよ」
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