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第五章「盲愛の寺」
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「ほう、その理由は?」、殿の考えと違ったのか、意外という顔で訊ねた、「西国の件か?」
「それもありまする。両丹を平らげ、有岡城も風前の灯とは申せ、西国には毛利がおりまする。これと雌雄を決するには、相当の武力を有するでしょう。ことによれば、織田家の総力をかけて当たらねばならぬやもしれませぬ。ここで甲佐に重きを置き、東国に微妙な緊張を与えるのは、如何なものかと」
「なるほど、ならばそなたなら如何いたす?」
「某のことは別として、大殿はいまや天下に号令をかけることができるお立場にあります」
「天下に号令をかけるやつは、鞆の浦におるぞ?」
「室町殿に従うものなど、いやまおりましょうや? 天下(畿内周辺)にいるものこそが、天下へ号令をかけることができるのです、いわば、大殿こそが、いまや天下 ―― 征夷大将軍にござりまする。天下にあるものは、その威光をもって周辺辺境を照らし出し、これをよくよく治めればよいこと。大殿は、あくまで天下人として、吾妻の武将らに天下泰平を令すればよろしいかと」
「つまりは?」
「あくまで、天下人として、甲斐と相模の仲介に入る」
武田と北条は、時に手を結んだり、縁を切ったりと、生き延びるために互いに利用してきた。
武田現当主勝頼の側室は、北条現当主の氏政の妹であり、北条氏政の正室は、武田勝頼の姉である。
越後の跡目争いで、武田と北条の関係がこじれたが、何かの契機があれば、再びこれらが手を結ぶこともあろう。
東国は、武田と北条が互いに均衡をもって収めているも同然 ―― これが同盟を結べば、周辺の諸国も下手に動けまい。
「なるほど……、されど、それでは羽林(家康)は黙っておるまい」
「徳川は、織田と同盟にありまする。その織田の意向を無視するは、これに旗を翻すと同じ。そのときは………………」
「徳川を……、討つか?」
「場合によっては………………」
「仮に……、徳川を討つとして、誰を向ける?」
「そのときは、某が」
殿は笑った。
「十兵衛、おぬしには両丹の差配があろう。あそこは、毛利に攻め入る際の重要な拠点ともなる。あそこをおぬしに任せたのは、十分に差配する必要があるからじゃ。おぬしが留守をして、どうする?」
「はっ、ごもっともで」
「おぬし以外にじゃ。とはいっても、修理亮(柴田勝家)は越前、右衛門尉(佐久間信盛)は大坂、伊予守(滝川一益)は摂津、連枝衆もこれに釘付け、そうそう兵は動かせぬか?」
「大坂であれば、佐久間様を動かしても大丈夫では?」
殿は、驚いている。
「何故?」
「大坂は、佐久間様のお陰で、すでに四年近くも兵糧攻めにし、九鬼殿の船で海からの兵糧の運び入れも遮断され、こちらこそ風前の灯、和議を望んでいるのは、むしろ本願寺の方でござりましょう。これと早く和議を結び、大坂向けの兵を尾張よりも東に向けた方がよろしいかと」
「右衛門尉が、徳川を抑えられるか?」
「佐久間様ならば、十分かと」
「いや、あれは戦が下手じゃからな」
と、殿は笑っている。
「それは……」
「それもありまする。両丹を平らげ、有岡城も風前の灯とは申せ、西国には毛利がおりまする。これと雌雄を決するには、相当の武力を有するでしょう。ことによれば、織田家の総力をかけて当たらねばならぬやもしれませぬ。ここで甲佐に重きを置き、東国に微妙な緊張を与えるのは、如何なものかと」
「なるほど、ならばそなたなら如何いたす?」
「某のことは別として、大殿はいまや天下に号令をかけることができるお立場にあります」
「天下に号令をかけるやつは、鞆の浦におるぞ?」
「室町殿に従うものなど、いやまおりましょうや? 天下(畿内周辺)にいるものこそが、天下へ号令をかけることができるのです、いわば、大殿こそが、いまや天下 ―― 征夷大将軍にござりまする。天下にあるものは、その威光をもって周辺辺境を照らし出し、これをよくよく治めればよいこと。大殿は、あくまで天下人として、吾妻の武将らに天下泰平を令すればよろしいかと」
「つまりは?」
「あくまで、天下人として、甲斐と相模の仲介に入る」
武田と北条は、時に手を結んだり、縁を切ったりと、生き延びるために互いに利用してきた。
武田現当主勝頼の側室は、北条現当主の氏政の妹であり、北条氏政の正室は、武田勝頼の姉である。
越後の跡目争いで、武田と北条の関係がこじれたが、何かの契機があれば、再びこれらが手を結ぶこともあろう。
東国は、武田と北条が互いに均衡をもって収めているも同然 ―― これが同盟を結べば、周辺の諸国も下手に動けまい。
「なるほど……、されど、それでは羽林(家康)は黙っておるまい」
「徳川は、織田と同盟にありまする。その織田の意向を無視するは、これに旗を翻すと同じ。そのときは………………」
「徳川を……、討つか?」
「場合によっては………………」
「仮に……、徳川を討つとして、誰を向ける?」
「そのときは、某が」
殿は笑った。
「十兵衛、おぬしには両丹の差配があろう。あそこは、毛利に攻め入る際の重要な拠点ともなる。あそこをおぬしに任せたのは、十分に差配する必要があるからじゃ。おぬしが留守をして、どうする?」
「はっ、ごもっともで」
「おぬし以外にじゃ。とはいっても、修理亮(柴田勝家)は越前、右衛門尉(佐久間信盛)は大坂、伊予守(滝川一益)は摂津、連枝衆もこれに釘付け、そうそう兵は動かせぬか?」
「大坂であれば、佐久間様を動かしても大丈夫では?」
殿は、驚いている。
「何故?」
「大坂は、佐久間様のお陰で、すでに四年近くも兵糧攻めにし、九鬼殿の船で海からの兵糧の運び入れも遮断され、こちらこそ風前の灯、和議を望んでいるのは、むしろ本願寺の方でござりましょう。これと早く和議を結び、大坂向けの兵を尾張よりも東に向けた方がよろしいかと」
「右衛門尉が、徳川を抑えられるか?」
「佐久間様ならば、十分かと」
「いや、あれは戦が下手じゃからな」
と、殿は笑っている。
「それは……」
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