本能寺燃ゆ

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第四章「偏愛の城」

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 翌朝、殿はいよいよ村重が立て籠る有岡城の近く、小屋野(昆陽)に進出、ほかの将兵にも周りを囲ませるように陣を張らせた。

 このとき、織田家の進軍を恐れた村人たちが山上がりしてしまった。

 戦に巻き込まれないように用心するのは、村人として当然である。

 太若丸の村でも、同じようなことをしていた。

 だが、殿は気に障ったようだ。

「この儂が、足軽のような乱取りをすると思うてか!」

「左様でございます」、煽ったのは乱である、「これは処断する必要がございますね」

 火に油を注ぐにょうなことを!

「うむ、そやつらを全員連れ戻せ! 抵抗するなら切り捨てよ! なんなら、取れるものはすべて取ってこい!」

 哀れ、山に逃げ込んだ村人たちはすべて切り捨てられ、米や粟などすべて取り上げられた。

 村人の宿命といえば宿命だから、諦めろと言えばそうだが………………普通、山上がりした村人をわざわざ追いかけて殺すか………………?

 殿も、乱も、武家の家に生まれて、百姓の気持ちなど分らぬか………………

 同じ頃、滝川一益と惟住(丹羽)長秀両軍が、西宮・茨住吉・芦屋里・雀が松原・三陰宿・滝山・生田まで進軍、一部は村重の従兄弟である荒木元清もときよの籠る花熊を囲み、本隊はそのまま兵庫までたどり着く。

 こちらも、抵抗する寺方の僧俗、老若男女関係なく撫で切りし、伽藍もすべて焼き放ち、さらに須磨・一の谷まで進み出て、ここも火の海とした。

「上々! 上々!」と、殿は喜びようはこの上ない、「これならば、有岡もすぐさま落ちるのではないか?」

 そこに、さらによき報せが………………大田和城の安部二右衛門が首を垂れてきたと。

 こちら側に内通していた芝山監物しばやまけんもつの説得に折れ、蜂須賀小六正勝はちすかころくまさかつを通して陣幕にやってきたのである。

 大田和城は、尼崎、伊丹(有岡)に入るための要所である。

 此度の戦だけでなく、大坂方との戦を左右する大事な城である。

 殿は大変喜ばれ、二右衛門と監物に、黄金二百枚を贈った。

 が、数日後、二右衛門はこれを返してきた。

 監物の話によれば、

「父君らは、戦う気満々で………………」

 二右衛門が、織田方に城を受け渡すと父と伯父に話すと、

『門跡(顕如)と荒木殿に不義理を働くことにできん。お主が織田に下るならば、それもよし。儂らは、儂らだけでも戦う!」

 と、ふたりは本丸に籠ってしまったらしい。

 ふたりの言うことも尤もだ、だが時勢に逆らうことはできない、だからといって、父や叔父らを相手に戦うことはできない………………残念ではあるが、黄金を返そうとなったらしい。

 贈り物を返すということは、敵となるということ。

「それは……、仕方があるまい」

 と、殿はひどく残念そうであった。

 大和田城の戦いがはじまった。

 城方から、取り囲んでいた蜂屋頼隆、阿閉貞征に鉄砲が打ちかけられる。

『御敵いたすぞ!』

 と、怒声が飛ぶ。

 さらに二右衛門は、伯父を使者に立て、大坂方と尼崎の村次に忠節を尽くすと誓わせた。

 その数日後の夜、再び二右衛門がやってきた。

 父親を捕らえ、京へと人質として送ったらしい。

 僅か数日でころころと変わる状況に、さすがの殿も唖然としていた。

「如何様な手を使って?」

 織田方への攻撃は見せかけで、これに満足し、本丸から降りてきた父が、

『さらば、親子揃って合戦じゃ!』

 と、やる気満々にところを、捕らえたらしい。

「あっぱれ!」

 と、殿は大いに喜ばれ、左文字の脇差と馬、馬具一式を贈られた。

 さらに、黄金二百枚と摂津川辺一帯を与えた。

 翌日には、一の谷から戻ってきた一益、長秀の両部隊が、塚口に陣を張る。

 状況は、織田方に有利!

「勝負あったな! これで有岡を一挙に攻めれば、摂津も泣いて詫びをいれてくるじゃろう」

 十二月八日、鏑矢の鋭い音が夕闇に響き渡る。

 村重の籠る有岡攻めのはじまりである。

 有岡は、猪名川と支流の伊丹川を天然の擁壁とした城である。

 東側は崖となっているため、攻めにくい。

 城の周囲には、家臣たちの住む屋敷が立ち並び、その周囲をさらに町衆が住む町家が並ぶ。

 さらに、北には『岸の砦』、西には『上臈塚の砦』、南には『鵯塚の砦』がある。

「摂津め……、良い城を作りおって」

 殿も、ひどく感心していた。

 が、感心している場合ではない。

「手前の町家が邪魔じゃのう、火矢で焼き払え! 久太郎(堀秀政)、仙千代(万見重元)、久右衛門(菅谷長頼すがやながより)はこれを守るため、鉄砲隊を引き連れ、城方に発砲せよ!」

 鉄砲隊が城方に発砲する。

 この間に、平井久右衛門ひらいきゅうえもん中野一安なかのかずやす芝山次大夫しばやまじだいゆらが率いるお弓衆が、火矢を射って町家を焼き払った。

 眼下に、夕日に照らされる水面の如く煌めく町家を眺めながら、

「うむ、攻め時じゃ! かかれ!」

 と、酉の刻に総攻撃をしかけた。

 守りは五千もいないだろう。

 攻めるこちらは、五万とも、六万とも。

 殿は、鈴木重秀(雑賀孫一)を攻めたときと同様、前線に次から次へと兵を送る。

「休みなく攻めたてろ!」

 対する城方も、必死の防御 ―― 砦から絶え間なく鉄砲を撃ってくる。

 まるで、雑賀の鉄砲衆のような戦い方だ。

 それでも負けじと、数で攻め寄せるが………………

「万見殿、討ち死に!」

 その報せを聞いた信長は、ひどく嘆いていた。

 その後も、前線からは続々と報せが入るが、いずれも殿の顔が曇るものばかり。

「致し方がない、いったん兵を退かせよ!」

 戦いは亥の刻に終わったが、織田方の戦死者は二千、負傷者も多数。

 これには殿も、大きなため息を吐かれた。
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