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第四章「偏愛の城」
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十一月九日、殿は意気揚々と馬に乗られ、京を出陣、その夜は山崎に着陣し、武将たちと今後の策を練った。
「伊予守、十兵衛、五郎左(長秀)らは、芥川、糠塚、太田、猟師川一帯に陣を張れ。敵方の茨木に対し、北の太田に砦を築け!」
「承知!」
滝川一益が大きな声で返答をする。
一益以下、十兵衛、惟住(丹羽)長秀、蜂屋頼隆、氏家直通、安藤守就、稲葉一鉄の主力。
「河内守(不破光治)らは越前衆を率いて、勘九郎らに合流し、馬場に陣を張り、高槻に対して、天神山に城を築け!」
「畏まり候」
返答した光治以下、前田利家、佐々成政、原正茂、金森長近、日根野弘就・盛就兄弟は、信忠率いる織田本隊へと加わる。
殆どの差配が終わったころ、長秀が
「して、三木城はいかがいたしましょうや?」
と、遠慮気味に尋ねた。
「三木城? 捨ておけ!」
殿の素気無い言葉に、長秀は少々面食らっている。
「されど、それでは………………」
「摂津は、天下を左右する大事な土地ぞ! これを治めるに織田の本隊が動かずして、如何する? 別所などは、後回しじゃ!」
「まことに!」、一益が同意する、「惟住殿は、何事が心配か?」
別所氏の居城三木城を秀吉が取り囲み、東進してくる毛利勢を牽制するために、これの後詰として織田本隊が周辺に布陣している。
織田本隊が摂津まで退けば、三木城を取り囲む秀吉が、毛利の脅威にさらされる。
下手をすれば、勢いに乗って毛利勢が摂津まで攻め寄せてくるやもしれない。
長秀は、それを懸念しているようだ。
「毛利など、恐るるに足らず!」
一益の鋭い声が響き渡る。
「よう言うた、伊予守!」
殿の甲高い声も響き渡る。
「毛利勢が攻め寄せてくれば、拙者が蹴散らしてくれましょうぞ!」
「滝川殿の言う通り、西国の田舎侍など拙者らで十分にござりまする!」
内蔵助と又左衛門尉 ―― 佐々成政と前田利家が胸を張る。
母衣衆から、いまや大将格への大出世 ―― 久しぶりに会ったが、面構えも胆力も、以前に増して勇ましくなっているようだ。
「惟住殿は、臆され申したか?」
利家の言葉に、長秀はきっと睨みつける。
「無礼なことを申すな! 犬っころが!」
「なによ!」
利家は刀を抜き、いきり立つ。
利家の幼名は犬千代 ―― それを揶揄って『犬っころ』と呼んだのだろうが、流石に言いすぎであろう ―― 長秀にあるまじきことだが、それほど彼も頭に血が上ったか?
「御両人、大殿の御前でござりまするぞ!」
止めたのは、十兵衛であった。
利家は、蟀谷にぶっとい筋を立てたまま、不服そうに刀を治め、どかりと腰を下ろした。
そのむかし、殿のお気に入りであった同朋衆拾阿弥と諍いになり、殿の目の前でこれを切り捨てたとか………………頭に血が上ると何をするか分からないところは、変わっていないようだ。
一同ほっと胸を撫でおろしたところで、長秀が再び口を開いた。
「大殿、摂津も大事でござりまするが、毛利との前線になる播磨もまた、大事にござります。これを抜かれれば、摂津に接近し、より大坂方とも密に動きを同じくいたしましょう。しかも現況、三木城は羽柴殿が命がけで攻撃をしかけておりまする。これの後詰めを薄くするは、羽柴殿の軍勢が危うくなりかねませぬ」
「五郎左は……、さほどに〝猿〟のことが気がかりか?」
「羽柴殿は、織田家の忠臣 ―― ここで失うは、あまりにも惜しいかと………………」
「〝猿〟は……、よき〝主〟を持ったものじゃな……」
主とは、誰か?
「まあ、心配すな! 〝猿〟も、これまで幾たびも戦場にでて、しぶとく生き残った身、容易には死ぬまいて。それに……、なにごとかあれば〝織田家〟のために『死ね』と言ってある。あれも、武士に憧れて侍になった身、己の死に処ぐらいはわきまえておろう」
長秀は、まだ何事が言いたそうであったが、これ以上夜更かししては明日からの戦に響くと、鶴の一声で軍議はお開きとなった。
みながそれぞれの陣屋に戻るなか、十兵衛だけが残された。
「伊予守、十兵衛、五郎左(長秀)らは、芥川、糠塚、太田、猟師川一帯に陣を張れ。敵方の茨木に対し、北の太田に砦を築け!」
「承知!」
滝川一益が大きな声で返答をする。
一益以下、十兵衛、惟住(丹羽)長秀、蜂屋頼隆、氏家直通、安藤守就、稲葉一鉄の主力。
「河内守(不破光治)らは越前衆を率いて、勘九郎らに合流し、馬場に陣を張り、高槻に対して、天神山に城を築け!」
「畏まり候」
返答した光治以下、前田利家、佐々成政、原正茂、金森長近、日根野弘就・盛就兄弟は、信忠率いる織田本隊へと加わる。
殆どの差配が終わったころ、長秀が
「して、三木城はいかがいたしましょうや?」
と、遠慮気味に尋ねた。
「三木城? 捨ておけ!」
殿の素気無い言葉に、長秀は少々面食らっている。
「されど、それでは………………」
「摂津は、天下を左右する大事な土地ぞ! これを治めるに織田の本隊が動かずして、如何する? 別所などは、後回しじゃ!」
「まことに!」、一益が同意する、「惟住殿は、何事が心配か?」
別所氏の居城三木城を秀吉が取り囲み、東進してくる毛利勢を牽制するために、これの後詰として織田本隊が周辺に布陣している。
織田本隊が摂津まで退けば、三木城を取り囲む秀吉が、毛利の脅威にさらされる。
下手をすれば、勢いに乗って毛利勢が摂津まで攻め寄せてくるやもしれない。
長秀は、それを懸念しているようだ。
「毛利など、恐るるに足らず!」
一益の鋭い声が響き渡る。
「よう言うた、伊予守!」
殿の甲高い声も響き渡る。
「毛利勢が攻め寄せてくれば、拙者が蹴散らしてくれましょうぞ!」
「滝川殿の言う通り、西国の田舎侍など拙者らで十分にござりまする!」
内蔵助と又左衛門尉 ―― 佐々成政と前田利家が胸を張る。
母衣衆から、いまや大将格への大出世 ―― 久しぶりに会ったが、面構えも胆力も、以前に増して勇ましくなっているようだ。
「惟住殿は、臆され申したか?」
利家の言葉に、長秀はきっと睨みつける。
「無礼なことを申すな! 犬っころが!」
「なによ!」
利家は刀を抜き、いきり立つ。
利家の幼名は犬千代 ―― それを揶揄って『犬っころ』と呼んだのだろうが、流石に言いすぎであろう ―― 長秀にあるまじきことだが、それほど彼も頭に血が上ったか?
「御両人、大殿の御前でござりまするぞ!」
止めたのは、十兵衛であった。
利家は、蟀谷にぶっとい筋を立てたまま、不服そうに刀を治め、どかりと腰を下ろした。
そのむかし、殿のお気に入りであった同朋衆拾阿弥と諍いになり、殿の目の前でこれを切り捨てたとか………………頭に血が上ると何をするか分からないところは、変わっていないようだ。
一同ほっと胸を撫でおろしたところで、長秀が再び口を開いた。
「大殿、摂津も大事でござりまするが、毛利との前線になる播磨もまた、大事にござります。これを抜かれれば、摂津に接近し、より大坂方とも密に動きを同じくいたしましょう。しかも現況、三木城は羽柴殿が命がけで攻撃をしかけておりまする。これの後詰めを薄くするは、羽柴殿の軍勢が危うくなりかねませぬ」
「五郎左は……、さほどに〝猿〟のことが気がかりか?」
「羽柴殿は、織田家の忠臣 ―― ここで失うは、あまりにも惜しいかと………………」
「〝猿〟は……、よき〝主〟を持ったものじゃな……」
主とは、誰か?
「まあ、心配すな! 〝猿〟も、これまで幾たびも戦場にでて、しぶとく生き残った身、容易には死ぬまいて。それに……、なにごとかあれば〝織田家〟のために『死ね』と言ってある。あれも、武士に憧れて侍になった身、己の死に処ぐらいはわきまえておろう」
長秀は、まだ何事が言いたそうであったが、これ以上夜更かししては明日からの戦に響くと、鶴の一声で軍議はお開きとなった。
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