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第四章「偏愛の城」
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やはり裏で公方が動いていたようだ ―― 長治に織田と手を切り、こちらにつけと再三書状を送っていたとのこと。
長治は迷っていたようだが、叔父である吉親の勧めで、旗を翻したようだ。
吉親としては、西国を制した後、織田は別所の所領を取り上げるのではないかという懸念があったようだ。
『一所懸命』である。
「儂が、そんなことすると思うてか? のう、太若丸、乱丸」
乱は、「御尤もで」と媚びていたが、太若丸はただ小さく首を動かすだけ。
先の御弓衆・馬廻り組、員昌への対応をみていれば、恐れを抱くのは別所氏らの播磨衆だけではないと思うのだが………………
別所氏離反の要因は、それだけではないようだ。
どうやら播磨の一向門徒が騒いでいるようだ。
播磨一帯は、古より浄土真宗が盛んで、門徒が多い。
織田に与するは、本願寺を敵にする………………すなわち、多くの領民を敵に回すことになる。
膝元が不安定では、別所も安心できまい。
己の領民を抑える ―― これまた『一所懸命』である。
「公方に、毛利、大坂か………………、それで、この一件に〝猿〟は?」
秀吉は絡んでないようだ。
むしろ、長治の急な離反に大慌てのようである。
播磨を抑えたと意気揚々で殿に報せたのだから当然 ―― その面目を潰されたのだ。
急いで三木城を包囲し、戦に備えているという。
殿は、しばらく考えたと、
「〝猿〟には、三木城を取り囲んだ後は、むやみに攻めぬよう、別所殿をようよう説得せよと伝えよ。して……、十兵衛は今どこに?」
不意に名が出たので驚いた。
太若丸は、十兵衛から詳細な書状を得ていたので、波多野氏の居城八上城攻めに取り掛かっておりますと報せた。
「うむ……、十兵衛に、いつでも播磨に入れるよう、丹波からの道を確保しておけと伝えよ」
秀吉助力のために?
「用心のために」
殿の言葉に、太若丸は大きく頷いた。
三月半ば、久々に安土に吉報がもたらされる。
不識庵謙信が亡くなったという。
「そは真か?」
越前からの使番は大きく頷いた。
「月の頭から越後のほうで慌ただしい動きがあり、こちらに攻め寄せる仕度ではないかと探っておりましたが、どうやらその最中に亡くなったとか」
「うむ……、祝着!」
「上杉には子はおらず、養子が二人。しかも、いずれを跡取りにするか決めずに亡くなったため、一波乱あるのではないかと」
謙信の遠縁にあたる長尾政景の子景勝と、北条氏康の子景虎である。
「早々に攻め入れば、越後も時を待たずして落ちるかと、主は戦の仕度にかかっております」
「うむ、あい分かった。越後が混乱すれば、能登、加賀、越中も動揺しよう。その一件、すべて修理亮に任せる」
「畏まり候」
使番が腰を上げようとすると、
「待て、神保を遣わす」
「神保殿ですか?」
神保長住は越中の守護代神保長職の子であったが、父や家臣たちが上杉に靡くなか、これに反発、越中を追い出され、信長のもとで再起を図っていた。
「国を取り戻すため、死に物狂いで戦おうって。さてと……」、おもむろに立ち上がり、「儂は、大坂を攻める!」
全軍に檄が飛んだ。
長治は迷っていたようだが、叔父である吉親の勧めで、旗を翻したようだ。
吉親としては、西国を制した後、織田は別所の所領を取り上げるのではないかという懸念があったようだ。
『一所懸命』である。
「儂が、そんなことすると思うてか? のう、太若丸、乱丸」
乱は、「御尤もで」と媚びていたが、太若丸はただ小さく首を動かすだけ。
先の御弓衆・馬廻り組、員昌への対応をみていれば、恐れを抱くのは別所氏らの播磨衆だけではないと思うのだが………………
別所氏離反の要因は、それだけではないようだ。
どうやら播磨の一向門徒が騒いでいるようだ。
播磨一帯は、古より浄土真宗が盛んで、門徒が多い。
織田に与するは、本願寺を敵にする………………すなわち、多くの領民を敵に回すことになる。
膝元が不安定では、別所も安心できまい。
己の領民を抑える ―― これまた『一所懸命』である。
「公方に、毛利、大坂か………………、それで、この一件に〝猿〟は?」
秀吉は絡んでないようだ。
むしろ、長治の急な離反に大慌てのようである。
播磨を抑えたと意気揚々で殿に報せたのだから当然 ―― その面目を潰されたのだ。
急いで三木城を包囲し、戦に備えているという。
殿は、しばらく考えたと、
「〝猿〟には、三木城を取り囲んだ後は、むやみに攻めぬよう、別所殿をようよう説得せよと伝えよ。して……、十兵衛は今どこに?」
不意に名が出たので驚いた。
太若丸は、十兵衛から詳細な書状を得ていたので、波多野氏の居城八上城攻めに取り掛かっておりますと報せた。
「うむ……、十兵衛に、いつでも播磨に入れるよう、丹波からの道を確保しておけと伝えよ」
秀吉助力のために?
「用心のために」
殿の言葉に、太若丸は大きく頷いた。
三月半ば、久々に安土に吉報がもたらされる。
不識庵謙信が亡くなったという。
「そは真か?」
越前からの使番は大きく頷いた。
「月の頭から越後のほうで慌ただしい動きがあり、こちらに攻め寄せる仕度ではないかと探っておりましたが、どうやらその最中に亡くなったとか」
「うむ……、祝着!」
「上杉には子はおらず、養子が二人。しかも、いずれを跡取りにするか決めずに亡くなったため、一波乱あるのではないかと」
謙信の遠縁にあたる長尾政景の子景勝と、北条氏康の子景虎である。
「早々に攻め入れば、越後も時を待たずして落ちるかと、主は戦の仕度にかかっております」
「うむ、あい分かった。越後が混乱すれば、能登、加賀、越中も動揺しよう。その一件、すべて修理亮に任せる」
「畏まり候」
使番が腰を上げようとすると、
「待て、神保を遣わす」
「神保殿ですか?」
神保長住は越中の守護代神保長職の子であったが、父や家臣たちが上杉に靡くなか、これに反発、越中を追い出され、信長のもとで再起を図っていた。
「国を取り戻すため、死に物狂いで戦おうって。さてと……」、おもむろに立ち上がり、「儂は、大坂を攻める!」
全軍に檄が飛んだ。
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