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第三章「寵愛の帳」
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八日には、松永弾正久秀がやってきて、不動国行という刀を献上した。
名刀である。
信長は、三好義継を討伐した後、帰りがけの駄賃として久秀の籠る多聞山城を攻めた。
信長に付いたり、ときには義昭に付き、信長に反抗したりと、天下の覇権を睨んでいた久秀であったが、世の流れを悟ったのだろう、多聞山城を明け渡し、信長に平伏した。
信長は山岡景佐を多聞山城の城番とし、久秀を許した。
その礼らしい。
「松永殿は、様々な名物を持っておられる。羨ましい限りじゃ」、信長は、自ら点てた茶を久秀に差し出しながら言った、「以前にも、薬研藤四郎なる名刀も貰ったな」
「左様な刀もありましたかな? いやいや、あのような名刀、某が持っておっても宝の持ち腐れ。やはり、織田殿が持たれてこそ、映えるというもの」
茶碗を押し頂くようにして受け取り、ごくりごくりと喉を鳴らしながら飲んでいく。
飲み終わると、
「いや~、甘露! 甘露! 流石は織田殿、見事なお点前!」
と、殿を褒めちぎる。
芝居じみている。
すでに齢は六十を過ぎた、一見柔和な好々爺である。
だがこれが、三好三人衆とともに、天下争乱の中心的な人物であったのだ。
殿も、何度か裏切り行為にあっている。
だが、その都度許している。
こういう人好きするというか、芝居じみたところが、殿と波長が合うのだろう。
そういえば、十兵衛にもそんなところがあったな………………
「それほど美味であったか? ならば、また礼を貰わねばなるまいな。どうであろう、松永殿がお持ちの平蜘蛛など?」
「流石はお目が高い。あれで湯を焚き、九十九髪茄子に入れた茶を、織田殿のお点前で飲んでみたいですな」
と、互いに笑う。
その名物は、まだ渡す気がないようで、それとなく話を逸らした。
「名物といえば、大和の東大寺の香木をご存じか?」
殿から、茶器や菓子の用意のため、傍で控えていた太若丸に、知っているかと振られた。
――『蘭奢待』と呼ばれる名木があると聞き及びます。
「左様、なんでも大仏を建立された帝が持たれていたものとか」
「そのような古くからのもの、依然香りがしようか?」
「いえいえ、これがまた〝古めきしずか〟と得も言われる香りだとか。寺の秘蔵品らしいのですが、当時の風流人たる北山殿(足利義満)や東山殿(足利義政)が幾ばくか切り取られたとか。つまるところ、それを手に入れることができれば、天下人の証となりましょう」
久秀はにやりと笑う ―― こういう、何事か企んでいそうな笑いも、十兵衛に似ている。
「天下人の証とな? ふむ……」、しばし、考えた後、「天下などどうでも良いが、その『蘭奢待』という名物、一度お目にかかりたいものじゃな。この三月でも京へと上がるので、その折にでも是非……」
「ほう、ではその折は、某も是非……」
名刀である。
信長は、三好義継を討伐した後、帰りがけの駄賃として久秀の籠る多聞山城を攻めた。
信長に付いたり、ときには義昭に付き、信長に反抗したりと、天下の覇権を睨んでいた久秀であったが、世の流れを悟ったのだろう、多聞山城を明け渡し、信長に平伏した。
信長は山岡景佐を多聞山城の城番とし、久秀を許した。
その礼らしい。
「松永殿は、様々な名物を持っておられる。羨ましい限りじゃ」、信長は、自ら点てた茶を久秀に差し出しながら言った、「以前にも、薬研藤四郎なる名刀も貰ったな」
「左様な刀もありましたかな? いやいや、あのような名刀、某が持っておっても宝の持ち腐れ。やはり、織田殿が持たれてこそ、映えるというもの」
茶碗を押し頂くようにして受け取り、ごくりごくりと喉を鳴らしながら飲んでいく。
飲み終わると、
「いや~、甘露! 甘露! 流石は織田殿、見事なお点前!」
と、殿を褒めちぎる。
芝居じみている。
すでに齢は六十を過ぎた、一見柔和な好々爺である。
だがこれが、三好三人衆とともに、天下争乱の中心的な人物であったのだ。
殿も、何度か裏切り行為にあっている。
だが、その都度許している。
こういう人好きするというか、芝居じみたところが、殿と波長が合うのだろう。
そういえば、十兵衛にもそんなところがあったな………………
「それほど美味であったか? ならば、また礼を貰わねばなるまいな。どうであろう、松永殿がお持ちの平蜘蛛など?」
「流石はお目が高い。あれで湯を焚き、九十九髪茄子に入れた茶を、織田殿のお点前で飲んでみたいですな」
と、互いに笑う。
その名物は、まだ渡す気がないようで、それとなく話を逸らした。
「名物といえば、大和の東大寺の香木をご存じか?」
殿から、茶器や菓子の用意のため、傍で控えていた太若丸に、知っているかと振られた。
――『蘭奢待』と呼ばれる名木があると聞き及びます。
「左様、なんでも大仏を建立された帝が持たれていたものとか」
「そのような古くからのもの、依然香りがしようか?」
「いえいえ、これがまた〝古めきしずか〟と得も言われる香りだとか。寺の秘蔵品らしいのですが、当時の風流人たる北山殿(足利義満)や東山殿(足利義政)が幾ばくか切り取られたとか。つまるところ、それを手に入れることができれば、天下人の証となりましょう」
久秀はにやりと笑う ―― こういう、何事か企んでいそうな笑いも、十兵衛に似ている。
「天下人の証とな? ふむ……」、しばし、考えた後、「天下などどうでも良いが、その『蘭奢待』という名物、一度お目にかかりたいものじゃな。この三月でも京へと上がるので、その折にでも是非……」
「ほう、ではその折は、某も是非……」
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