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第三章「寵愛の帳」
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八月八日、北近江の阿閉貞征が織田側につくとの報せがあり、信長は夜にも関わらず出陣した。
貞征は浅井氏の重臣で、三年前の姉川の戦いでは、織田軍と対峙した武将である。
その後、幾度となく刀を交えたが、世の趨勢を見たのであろう、織田に与すると言ってきた。
これを好機と、信長は出馬し、そのまま明け渡した月ヶ瀬城に入った。
信重も供として従ったが、兜の下はいつもより凛々しくて、ああ、一人前の男になられたのだなと、太若丸も少々嬉しくなった。
小谷城は、淡海の北東岸に位置する小谷山の尾根に築かれた山城である。
浅井三代の居城であって、堅牢な城であった。
その目の前、南西の盛り上がった小山が虎御前山であり、信長側が陣取る城がある。
浅井の喉仏に短刀を突き付けているのと同じである。
小谷山の北には山田山があり、八月十日、信長はそこにも陣を張った。
長政は、必ず朝倉義景に助力を願うであろう。
山田山の麓には越前・敦賀方面から入り込む街道があり、ここを抑えれば朝倉の援軍は小谷まで入れない。
案の定、朝倉軍二万が進軍してきた。
そのまま小谷城の北東に位置する大嶽城に入ろうとしたのだろうが、山田山の信長側に阻まれ、街道入り口の与語・木本・田部山に展開するしかなかった。
八月十二日、信長は大嶽城へと兵を進める。
その日、昼過ぎから降り始めた雨は、風も出てきて、横殴りの雨となった。
これでは戦もできぬと、敵だけでなく、信長陣営も思っていたようだ。
油断し、酒を持ち出すも者もいた。
信長自身も、太若丸の酌で濁酒を飲んでいのだが………………
「ごめん」
と、藤吉郎が入ってきた。
「浅見対馬守より、焼尾への手引き整い候とのこと、如何いたしましょうや?」
浅見対馬守は、浅井長政の家臣であり、大嶽城に通じる焼尾砦を守備していた。
藤吉郎はこれを懐柔し、織田側への忠誠を誓わせていた。
「この天候ゆえ……」
と、藤吉郎が口を開いたところで、信長は杯を床に叩きつけ、
「出陣じゃ!」
と、飛び出していった。
慌てたのは味方の方で、藤吉郎もあたふたとしていた。
信長は、虎御前山城を息子信重に守らせ、僅かな馬廻りだけを連れて、暴風雨のなか、小谷山の裏側となる焼尾砦より大嶽城へと攻め上がったのである。
大嶽城は、小谷城を見下ろす位置にあり、ここには浅井氏の兵とともに、朝倉氏の兵も立て籠もっていた。
尾根伝いに小谷城へと通じる、浅井氏にとっては生命線であり、織田にとっては戦略的に重要な城である。
だが嵐の中を怒涛の如く駆け上がってくる織田勢に恐れをなしたのか、守備する兵は、これといった抵抗もせずに降参してしまった。
戦のしたかった信長にとっては誤算だったようだ。
このまま全員の首を刎ねてしまうかとも考えたようだが、
「まあ、次の戦まで命を預けてやろう」
と、敵陣に送り届けたようである。
そして大嶽城には塚本小大善、不破光治・直光親子、丸毛長照・兼利親子に守らせ、そのままの丁野山を攻めた。
小谷山の西、虎御前山の北、ほんの目と鼻の先に中島山という小高い山があり、ここを浅井氏が守っていた。
その裏側に丁野城があり、朝倉氏の要請で越前平泉寺の玉泉坊ら僧兵が守っている。
が、これらも早々に白旗を上げて逃げ去った。
次いで、中島城も落城した。
貞征は浅井氏の重臣で、三年前の姉川の戦いでは、織田軍と対峙した武将である。
その後、幾度となく刀を交えたが、世の趨勢を見たのであろう、織田に与すると言ってきた。
これを好機と、信長は出馬し、そのまま明け渡した月ヶ瀬城に入った。
信重も供として従ったが、兜の下はいつもより凛々しくて、ああ、一人前の男になられたのだなと、太若丸も少々嬉しくなった。
小谷城は、淡海の北東岸に位置する小谷山の尾根に築かれた山城である。
浅井三代の居城であって、堅牢な城であった。
その目の前、南西の盛り上がった小山が虎御前山であり、信長側が陣取る城がある。
浅井の喉仏に短刀を突き付けているのと同じである。
小谷山の北には山田山があり、八月十日、信長はそこにも陣を張った。
長政は、必ず朝倉義景に助力を願うであろう。
山田山の麓には越前・敦賀方面から入り込む街道があり、ここを抑えれば朝倉の援軍は小谷まで入れない。
案の定、朝倉軍二万が進軍してきた。
そのまま小谷城の北東に位置する大嶽城に入ろうとしたのだろうが、山田山の信長側に阻まれ、街道入り口の与語・木本・田部山に展開するしかなかった。
八月十二日、信長は大嶽城へと兵を進める。
その日、昼過ぎから降り始めた雨は、風も出てきて、横殴りの雨となった。
これでは戦もできぬと、敵だけでなく、信長陣営も思っていたようだ。
油断し、酒を持ち出すも者もいた。
信長自身も、太若丸の酌で濁酒を飲んでいのだが………………
「ごめん」
と、藤吉郎が入ってきた。
「浅見対馬守より、焼尾への手引き整い候とのこと、如何いたしましょうや?」
浅見対馬守は、浅井長政の家臣であり、大嶽城に通じる焼尾砦を守備していた。
藤吉郎はこれを懐柔し、織田側への忠誠を誓わせていた。
「この天候ゆえ……」
と、藤吉郎が口を開いたところで、信長は杯を床に叩きつけ、
「出陣じゃ!」
と、飛び出していった。
慌てたのは味方の方で、藤吉郎もあたふたとしていた。
信長は、虎御前山城を息子信重に守らせ、僅かな馬廻りだけを連れて、暴風雨のなか、小谷山の裏側となる焼尾砦より大嶽城へと攻め上がったのである。
大嶽城は、小谷城を見下ろす位置にあり、ここには浅井氏の兵とともに、朝倉氏の兵も立て籠もっていた。
尾根伝いに小谷城へと通じる、浅井氏にとっては生命線であり、織田にとっては戦略的に重要な城である。
だが嵐の中を怒涛の如く駆け上がってくる織田勢に恐れをなしたのか、守備する兵は、これといった抵抗もせずに降参してしまった。
戦のしたかった信長にとっては誤算だったようだ。
このまま全員の首を刎ねてしまうかとも考えたようだが、
「まあ、次の戦まで命を預けてやろう」
と、敵陣に送り届けたようである。
そして大嶽城には塚本小大善、不破光治・直光親子、丸毛長照・兼利親子に守らせ、そのままの丁野山を攻めた。
小谷山の西、虎御前山の北、ほんの目と鼻の先に中島山という小高い山があり、ここを浅井氏が守っていた。
その裏側に丁野城があり、朝倉氏の要請で越前平泉寺の玉泉坊ら僧兵が守っている。
が、これらも早々に白旗を上げて逃げ去った。
次いで、中島城も落城した。
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