本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 お役の方は、それほど難しいものではない。

 豪華に着飾った稚児や若衆数人が、現場の要所要所に立ち、職人や人足の気晴らしにと、笛や太鼓を打ち鳴らして舞い踊るだけである。

「それは、あくまで表向き。まことは……」

 彼らの監視である。

「その点は、ゆめゆめ怠りませぬよう」

 と、貞勝から強く言われ、太若丸は数人の稚児とともに作業場に立った。

 京に集められた稚児や若衆は、三十名ほどだろうか?

 そのうち、稚児は十名ほど。

 五人ずつ二組に分けられた。

 笛と太鼓持ちが一人ずつ、あと三人で踊る ―― その組で、一番年上であった太若丸が頭のような立場になった。

 さあ、踊ろうと舞台に立とうすると、他の稚児は不慣れなのか、もたもたしている。

 もしかして、こういったことは初めてなのか?

 御山の稚児であった太若丸には、存外容易いことである。

 観音菩薩になるため………………とは、口実で、僧たちを慰める女になるため、女としての修行をした。

 夜の行為はもとより、手習い、文、歌、もちろん笛太鼓、舞いも会得した。

 御山の仏行で、舞いを踊ることもあった。

 その時は、多くの僧侶から見染められたほどだ。

 他の稚児たちは ―― 御山以外の寺から来た稚児は、そういった経験が少ないようだ。

 おまけに下品だ。

 化粧の仕方もひどいし、着物のつけ方も野暮だ。

 座り姿勢、立ち姿勢、口のきき方も粗野で、人前でも平気で大声で笑う。

 もちろん、笛太鼓、舞いもひどい。

 見ていられない。

 若衆のほうは、侍の息子や小姓が集まっていたが、こちらは目も当てられない。

 侍としての作法は守っているようだが、女ではない。

 小袖を着て、化粧をすると、お互いその顔を見てげらげらと笑い合っている。

 これでは、職人や人足たちの気晴らしにもならないだろう。

 だが、あくまで人は人、己は己、変な口を出すと面倒なことになるので、太若丸は無視して、己のことだけに専念することにした。

 ただ、太若丸とともに踊る四人の稚児には、ある程度の化粧の仕方と着物の付け方、踊り方を教えてやった。

 太若丸らは、作業場の片隅に建てられた舞台にあがった。

 職人や人足たちは、己の事で忙しく、気が付いていない。

 ならばと、笛太鼓を鳴らして踊りはじめる。

 男たちは、何事ぞと、仕事の手を止め、こちらを振り返る。

 ここぞと、さらに笛太鼓をかき鳴らし、舞い踊る。

「こりゃこりゃ、可愛いお稚児様や」

「まるで女子のようやな」

 と、男たちは舞台の周りに集まってくる。

 太若丸は、衆人の反応を見ながら、着物の袖や裾をまるで蝶のようにひらひらと揺らす。

 すると、男たちから歓声があがる。

 太若丸は、男たちひとりひとりに目をやりながら踊る。

 男たちは、まるで六条の御息所にでも魅入られたように呆けている。

 こうなると、こっちのものだ。

 あとは楽々、太若丸の調子で踊り続けた。

 一頻り舞い終えると、拍手と歓声があがった。

「こりゃいい、まるで天女の舞や」

「極楽浄土とは、まさにこのことや」

「これで辛い仕事も少しは楽になる」

 どうやら、男たちの力になれたようだ。

「太若丸殿、ご苦労でござった、太若丸殿の舞は、なかなか評判が良かったようですぞ」

 と、寺に帰ると、貞勝から褒められた。
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