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第三章「寵愛の帳」
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だから、信長が御山を焼いたときは、非難する声はそれほど上がらなかった。
むしろ、御山のこれまでの振る舞いに多くの者が苦虫を噛み潰していた思いがあったので、みな留飲を下したようだ。
なかには借金がなくなったと喜ぶ公家などもいたとか。
坂本周辺の村人や、馬借、商人、船頭、漁師たちも、御山の高い上前や振舞に眉を潜めていたようで、焼き討ち前に十兵衛から味方をせよとの話があった際は、進んで協力した者も多かったとか。
大っぴらには声を出しては言わないが、「神様、仏様、信長様」などと褒める者もいたとか。
だから、十兵衛の坂本城普請に対して、地元の者から不平不満が出ることもなく、城ができるということは、その一帯が開け、繁栄するということで、むしろ喜んで参加している者も多かった。
そこは、十兵衛も気に留めているようで、この周辺一帯が、いままで以上栄えるよう苦心しているようだ。
城造りに忙しいのに、村人や商人、馬借の頭などから相談事や揉め事が持ち込まれると、自ら出向いて差配している。
そこは、昔と変わっていないようだ。
「御山を焼く!」「いや焼くな!」と議論したときは、あの穏やかで、優しい、人の想いの十兵衛はどこにいったのかと思ったりもしたが、なるほど御山のこれまでの振る舞いを考えれば、十兵衛の行為にもいちいち納得がいった。
一見、人の好い、それこそ「義」の人に見える。
が、「利」の人でもある。
己に「利」なければ、主君であろうとも首を切れという人だ………………以前、十兵衛は、三宅弥平次 ―― いまは名を改め明智左馬助秀満にそう話していた。
いま信長の下についているのも、己の「利」を優先したからだろう ―― 確か、将軍義昭に仕えていたはずなのに………………
左馬助に訊いたことがある ―― 如何なるいきさつで、弾正忠の配下となったのか?
『まあ、その……、公方様と織田が色々あって、十兵衛も、どちらに与したほうが良いか考えたのであろう。ありていに言えば、義より、利よ。拙者としては、十兵衛が織田に付くといえば、従わざる得ないが……』
なるほど、己の「利」のためならば、仏罰など恐れぬ人かもしれない。
恐らく十兵衛に尋ねれば ―― 彼も忙しいので、未だ直接話したことはないのだが ―― 「これも、今の世の常ですよ」と笑うだろう。
確かにそうだ。
この世は欲に塗れている ―― 上は帝から公家、将軍、武士、足軽、商人………………、下は百姓に至るまで。
僧も然り。
いや、己が欲を抑え、悟りを開かねばならぬ僧が最も欲に塗れているかもしれない。
仏罰が当たるとすれば、御山の方なのだ。
そうだ、御山は仏罰が下ったのだ。
仏に代わり、十兵衛が罰を下したのだと思った。
それをどうこう言っている連中は、まあ、大半が織田の古参連中なのだが………………要は、嫉妬である。
信長に重用されている十兵衛に妬いているのだ。
それもまた、一つの欲である。
見苦しい!
むしろ、御山のこれまでの振る舞いに多くの者が苦虫を噛み潰していた思いがあったので、みな留飲を下したようだ。
なかには借金がなくなったと喜ぶ公家などもいたとか。
坂本周辺の村人や、馬借、商人、船頭、漁師たちも、御山の高い上前や振舞に眉を潜めていたようで、焼き討ち前に十兵衛から味方をせよとの話があった際は、進んで協力した者も多かったとか。
大っぴらには声を出しては言わないが、「神様、仏様、信長様」などと褒める者もいたとか。
だから、十兵衛の坂本城普請に対して、地元の者から不平不満が出ることもなく、城ができるということは、その一帯が開け、繁栄するということで、むしろ喜んで参加している者も多かった。
そこは、十兵衛も気に留めているようで、この周辺一帯が、いままで以上栄えるよう苦心しているようだ。
城造りに忙しいのに、村人や商人、馬借の頭などから相談事や揉め事が持ち込まれると、自ら出向いて差配している。
そこは、昔と変わっていないようだ。
「御山を焼く!」「いや焼くな!」と議論したときは、あの穏やかで、優しい、人の想いの十兵衛はどこにいったのかと思ったりもしたが、なるほど御山のこれまでの振る舞いを考えれば、十兵衛の行為にもいちいち納得がいった。
一見、人の好い、それこそ「義」の人に見える。
が、「利」の人でもある。
己に「利」なければ、主君であろうとも首を切れという人だ………………以前、十兵衛は、三宅弥平次 ―― いまは名を改め明智左馬助秀満にそう話していた。
いま信長の下についているのも、己の「利」を優先したからだろう ―― 確か、将軍義昭に仕えていたはずなのに………………
左馬助に訊いたことがある ―― 如何なるいきさつで、弾正忠の配下となったのか?
『まあ、その……、公方様と織田が色々あって、十兵衛も、どちらに与したほうが良いか考えたのであろう。ありていに言えば、義より、利よ。拙者としては、十兵衛が織田に付くといえば、従わざる得ないが……』
なるほど、己の「利」のためならば、仏罰など恐れぬ人かもしれない。
恐らく十兵衛に尋ねれば ―― 彼も忙しいので、未だ直接話したことはないのだが ―― 「これも、今の世の常ですよ」と笑うだろう。
確かにそうだ。
この世は欲に塗れている ―― 上は帝から公家、将軍、武士、足軽、商人………………、下は百姓に至るまで。
僧も然り。
いや、己が欲を抑え、悟りを開かねばならぬ僧が最も欲に塗れているかもしれない。
仏罰が当たるとすれば、御山の方なのだ。
そうだ、御山は仏罰が下ったのだ。
仏に代わり、十兵衛が罰を下したのだと思った。
それをどうこう言っている連中は、まあ、大半が織田の古参連中なのだが………………要は、嫉妬である。
信長に重用されている十兵衛に妬いているのだ。
それもまた、一つの欲である。
見苦しい!
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