本能寺燃ゆ

第二章「性愛の山」

７

　鬱蒼とした山道は月の光も遮られ、目が慣れても、足許も覚束ない。

　それでも姉に追いつこうと、目を凝らしながらついていく。

　飛び出た石や落ちた枯れ木に足を取られそうになりながらも、必死で追いかけるのだが、姉の背中がどんどん遠ざかっていく。

　急ごうとすると、岩につま先を取られ、頭から転んでしまった。

　顔が痛い　――　血が出ているのかもしれない………………

　痛さに、涙が出てくる。

　遠ざかっていく姉の姿が滲む。

　風が吹いているのか、それとも獣が動いているのか、草木が擦れる音がする。

　生き物なのか、それとも物の怪なのか、荒々しい息遣いのような音がどこからともなく聞こえてくる。

　痛さに気が付くと、急に怖さも襲ってきた。

　激痛と恐怖に、権太は声をあげた　――　姉を呼んだ。

　聞こえているのに無視をしているのか、それとも本当に聞こえていないのか、姉の背中が小さくなっていく。

　姉が行ってしまう………………十兵衛のところへ行ってしまう。

　絶対に、そんなことはさせない！

　姉と十兵衛を会わせたくない！

　息を吸い込み、声を張り上げる。

　権太の声が、闇の中に渦をかくように響き渡る。

　姉の姿は、もう小さい。

　何度か呼ぶが、全く気が付いていないようだ。

　姉が見えなくなると、権太はしばし呆然とし、項垂れた。

　行ってしまった………………姉は行ってしまった。

　悔しくて、悲しくて、痛さと怖さも相まって、ぼろぼろと涙が溢れた。

　――　見捨てられた………………

　　　　十兵衛に………………

　　　　姉に………………

　　　　父に………………

　　　　村に………………

　父や村を捨てたのは自分自身なのに、権太は無性に腹が立って、悲しくて、怖くて、訳も分からず泣き続けた。