本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 十兵衛たちが、落ち武者退治に山に入る前にひと騒動があった。

「相変わらず、運が悪いな」

 と、八郎は笑っていた。

 騒動の要因は、鉄砲だ。

 若衆数人が、うらが鉄砲を持つと騒ぎ出した。

 昨日、十兵衛が鉄砲を持たせていたのは、若衆で一番ひ弱な男である。

 やはり、それが他の男たちには気に食わなかったらしい。

 どうやら、男は若衆の中では一番低い扱いらしい。

 そいつが、十兵衛に信頼されて、一番目新しい得物を持たされているのだから、他の男たちが煩く騒ぐのも頷けた。

「こいつに持たせても宝の持ち腐れや」

「そうや、うらが持つわ」

「いや、うらが持ってやる」

 うらが、うらが、と騒いで、纏まらない。

 十兵衛は、相変わらず、さてどうしたものかと呑気な顔で騒ぎを見ていた。

 しびれを切らしたのは、八郎であった。

「お前ら、ええ加減にせいよ! 今から山に入って足軽連中をやっつけるんだろうが! 俺が俺がで、戦ができるか! 戦に負けて気力、体力ともに落ちてようとも、連中は戦慣れしてるんだぞ、むしろ、生きるか死ぬかの瀬戸際だ、連中死に物狂いで反撃してくるぞ! そんなやつらを始末しに行くんだ、誰の手柄なんて関係ねぇんだよ!」

 昔ばなしで聞く赤鬼とは、八郎のことだろう。

 ぎょろりとした目玉をさらに見開き、鼻からは荒々しい息を吐いて、顔を紅潮させて怒鳴りあげるものだから、村の中では腕力自慢、胆力自慢をしている若衆たちも、恥ずかしそうに黙りこくってしまった。

「なんでこいつに鉄砲を持たせるかって?」、八郎はひょろりとした男を指さしながら言った、「こいつが役に立たねぇからだろうが」

 言われた男は、いまにも泣き出しそうな顔をしている。

 他の若衆からは、くすくすと笑いが漏れた。

「こいつ、この体で弓が引けるのか? 刀が使えるのか? 鍬や鋤でもぶん回せるんか? できねぇだろうが。お前たちのほうが、よっぽど弓が引けて、刀が使えるだろうが、だからだろうが。使えないやつに弓や刀を持たせたって、足手まといになるだけだ。それなら、鉄砲でも持たせた方がましだろうが」

「まあ、確かにそやけど……」

「それに、鉄砲ってもんは酷く高価なもんなんだぞ。これ一つで城が買えるぞ。そんなもん、お前らみたいな血気盛んなもんに持たせてみろ、それ持って敵の中に突っ込んでいって奪われたら目も当てられん。敵が攻めてきたら、鉄砲担いで逃げるぐらいの臆病者が必要なんだよ」

 そう言われて、男はさらに泣きそうな顔をしていた。

「大体、鉄砲ひとつあっても何の役にも立たん。一発撃てば、次に撃つまでに手間がかかる。弾込めをしているうちに間を詰められて、逆にやられるぞ。それより、弓矢のほうが役に立つ。鉄砲ってのは、数十丁、数百丁、数千丁あって、絶え間なく打ち続けてこそ役に立つんだよ」

 では、なぜ十兵衛は鉄砲など借りてきたのだろう。

 それならば、もっと弓矢を用意すればいいのでは………………と、村人が恐る恐る訊いてきた。

「そりゃ、脅しだよ」と、なぜか八郎がしたり顔で言った、「相手に、こっちは鉄砲も持ってるんだ。無駄な戦はするなって分からせるんだよ」

 若衆は、分かったような分からないような顔をしている。

「えっと……、ということは、戦はせんと?」

「しねぇよ、戦の真似事をするんだよ。こんなことで争って、無駄に死にたくねぇだろう、お互いに。やるんならやるぞ、大人しく言うこと聞けば助けてやる。戦ってもんは、そんなものだ。というか十兵衛、こいつらにそこんとこを話してねぇのか?」

 八郎が呆れたように十兵衛を見る。

 十兵衛は飄々とした顔で頷いた。

「そういうところも、お前の悪い癖だぞ。こういう大事なことを言わない。それじゃ、下は動けんだろうが。全く、他人を信じていないというか、なんというか……」

「まあ、その……、あははは……、ほら、初めから戦の真似事をしますというと、本気を出さないかと思って。敵を騙すには、まずは何とかからと云うではないですか。さて、これで皆さんも分かったわけですし、いいではないですか。それでは、さっそく参りましょう」

 何ともあっけらかんとした調子で、十兵衛は山へと入っていった。

 八郎は先頭に立ち、若衆たちも何とも複雑な表情で続いていく。

 と、鉄砲を持っている若者に、八郎が呼びかけた。

「おい、何かあったら一目散に逃げろ。お前は、お前の命よりも高価なもんを担いでるんだ。それを奪われたらお前の首だけじゃなく、十兵衛の首も飛ぶ。それをお前さんに持たせてるんだ、それだけお前さんは信用ある臆病者ってことだ」

 喜んでいいのか悪いかの、男は情けなさそうな顔をして若衆に従っていった。
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