本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
33 / 498
第一章「純愛の村」

33

しおりを挟む
『義景殿自らが戦に出る必要はない。この儂が、織田ごとき蹴散らしてくれようぞ。たかが、尾張の守護代の癖をしおって!』

 と、景鏡は啖呵を切ったらしい。

 それをいえば、守護代であった織田が、主君である斯波氏の領国を奪い取る形になったのは、朝倉氏も同じだ。

 お互い、自らの力で周辺地域を抑え、領国を平定した。

 が、それは越前が七代目孝景、八代目氏景のとき、五、六十年前のこと、それ以降周辺諸国と小競り合いがあっても、一乗谷は平穏である。

 一方の織田は、いままさに尾張平定を終え、さらには美濃まで進出してきた。

 常在戦場の織田と日々平安の朝倉、どちらが勢いに勝るか。

 それは義景自身が良く分かっているのか、

『織田と戦をしても、勝ち目はないと申すか?』

 と、訊いてきたので、ないわけではないと答えた。

『ないわけではない? では、そなたなら、なんとする?』

『織田が強いのは、もちろん銭もあり、兵もよく鍛錬されておるのもありますが、一番は信長自身によるところが大きいです。いま正面からまともに遣り合えば、勝てますまい。が、隙がないわけではない。先ほども申しましたが、信長は戦好きなのか、常に先陣を切り、前へ前へと出ようとします。それは拠点となる城も同じ』

 初めは那古野城にいたが、清州をとると清州城に移り、小牧をとると、小牧山城へと移り住んだ。

『稲葉山城を落としたということは、必ず稲葉山へと居を移してきます。となると、尾張の守りが甘くなる』

 織田は、いま勢いに乗っている。

 が、それは最前線のこと、城が前に前に出過ぎて、後詰めが弱くなっている。

『織田の銭は、いまのところ本貫の津島、そして熱田です。ここを叩いてしまえば、織田の財力は落ち、窮する』

『しかし、越前から尾張まで兵を出せば、我らの方が一乗谷などの守りが甘くなるのでは?』

 今度は吉家が訊いてきた。

『確かに、越前から兵を出せばそうです。が、無理にここから兵を出さずとも、他から出してもらえば良いのでは?』

『他から? 何れからか?』

『例えば、今川……、先代の逆襲の機会を虎視眈々と狙っているはず。または、甲斐の武田か……、それとも伊勢の北畠、いまは手を組んではおりますが、三河の徳川……、京の三好や大和の松永、近江の浅井、六角などと手を結び、信長包囲網を作れば、勢いだけの織田です、自ら崩れていきましょう。そのためには、上からのお墨付きというか、一致団結して織田を放逐せよという書面みたいなもんがほしいですな。例えば、将軍からのとか』

『しかし、将軍はいま……』

 空席である。

『いらっしゃるではないですか、越前に』

義秋よしあき殿か? しかし……』

 十三代将軍義輝の弟、足利義秋は幼いころに寺に入り、覚慶かくけいと名乗っていたが、永楽の変で兄が憤死すると、次の将軍にと還俗して義秋と名乗り、有力な武将を頼って各地を転々とし、義景や越後の上杉氏を鼓舞して上洛の機会を狙っていた。

 立場としては、三好三人衆が推す阿波の義栄よりも、宗家である義秋のほうが本筋であり、将軍に近い。

 義景が義秋を推し立てて上洛すれば、三好三人衆も靡かないはずがない。

 というのが、義秋の意見であるが、なぜか義景は腰を上げない。

 もちろん、加賀の一向宗や美濃の斎藤氏が周囲にいて動きづらいというのはあったのだが、それにしても勿体ないことであるという声も、家臣団の中から出てきていた。

 が、大半の一門衆、家臣団の考えは、自分たちの生活基盤である越前を守ることが重要で、そんなどこの馬の骨とも分からない ―― とは言っても、十三代将軍の弟なのだが、彼を将軍にするために畿内まで行って三好勢と戦をする気など毛頭なかった。

 それは義景自身も同じで、彼からしてみれば、応仁の乱から続く戦乱で荒廃した京など何の魅力もない。

 この一乗谷こそが、花の都なのだ。

 それに、義景以下朝倉の連中が義秋に抱く印象は、必ずしも良くなかった。

 血筋はいいかもしれないが、どうも上に立つ者としての素質にかける。

 その癖、天下近畿圏以外の地方や侍を下に見る。

 誰もはっきりとは言わないが、そうであろうと顔を見れば分かった。

 十兵衛は言った、『いえ、この際、誰が将軍になろうと関係はないのです。足利という名前が必要なのではなく、将軍という格式が必要なのです。ただ、義秋殿は足利宗家という血筋があるので、帝も他よりは将軍にしやすいというただそれだけです』

 と、十兵衛の言葉を聞いて、いままで黙っていた男が烈火のごとく声をはりあげた。

『将軍になるのに、誰でもいいとはなにとぞぞ! 将軍は、我が足利家が務めるもの。何たる無礼か!』

 鞍谷嗣知くらたにつぐともである。

 鞍谷氏は、三代将軍義満よしみつの子、義嗣よしつぐを祖とし、六代将軍義持よしもちと対立したことで、その子義俊よしとしが越前鞍谷に落ちたことから、鞍谷氏を名乗り、応仁の乱以後は朝倉氏の客将といて扱われ、嗣知の娘が義景の側室になるなど、一乗谷でもある程度の勢力を持っていた。

 自分が足利の血筋を引いているという自負があるのだろう。

 その名を、それこそどこの馬の骨とも分からない男に貶されたのだから、怒るのも当然である。

『吉延殿、こやつは何者ぞ! そなたは、こんな無礼な者を召し抱えておるのか? 義景殿も、こんな足軽風情の意見など聞いてどうするのじゃ!』

 それを皮切りに、景鏡や他の家臣団からも激しく罵られ、

『これは大変出過ぎた真似を、平にご容赦を』

 と、十兵衛は平謝りし、評定から退出させられたらしい。

 なので、後の事は分からないが、吉延から聞いた話では、結局何も決まらず、しばらく織田の様子を見ようということになったらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

処理中です...