大兇の妻

hiro75

文字の大きさ
上 下
12 / 21

第12話

しおりを挟む
「それだけじゃないらしいの」と、侍女たちはひそひそ話を続ける、「どうやら、石川臣さまも裏切ったようなのよ」

「まあ、石川臣さままでも?」

 宇音美も口の中で、「石川臣さまも?」と呟き、眉を顰めた。

 蘇我倉山田石川臣麻呂そがのくらやまだのいしかわまろは、蝦夷の弟の息子、入鹿とは従弟同士にあたる。

 石川家は、蘇我本家の次に有力な豪族である。

 麻呂が裏切ったということは、蘇我一族が完全に分裂したことを意味していた。

「飛鳥寺に石川さまの旗が立っているそうよ。他の豪族方の旗もたくさん靡いているんですって」

「蘇我本家に味方なさるのは、東漢やまとのあやうじ氏と高向臣さまだけ?」

「あとは、物部一族よ」

「あら、物部一族も分からないわよ。物部大臣さまが、古人大兄さまと物部一族を連れてくると出て行かれたけど、一向に戻る気配がないわよ」

「じゃあ、物部大臣さまも一族を裏切ったの? 実の家族を見捨てたの? 私たち、これからどうなるのよ。考えただけでも背中が寒くなるわ」

「どうして、こんなことになってしまったのかしら?」

「きまってるじゃない。全部、あの女のせいよ」

「あの女って?」

「宇音美さまよ。全部、宇音美さまのせいだわ」

 聞き耳を立てていた女は、むっと眉を寄せた。

「奥さまがおっしゃってわ。あの女は、不幸を運んでくる女だって。蘇我氏に祟りをなす女だって。本当のことだったんだわ。私もそうだと思ったのよね。あの人の陰気な顔を見ると、こっちまで不幸になりそうで」

「しっ! 声が大きいわよ。いま、大広間にいらっしゃるのよ」

「まあ、祟られないうちに退散しましょう」

 二つの足音が逃げていった。

 宇音美は、胸元を鷲掴みにされ、握り潰されるような思いだった。

 義母だけでなく、侍女たちにも侮蔑されている。

 女としての自尊心が酷く傷つけられた。

 怒りよりも、情けなさが込み上げ、宇音美はひとりしゃくりあげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

縁切寺御始末書

hiro75
歴史・時代
 いつの世もダメな男はいるもので、酒に、煙草に、博打に、女、昼間から仕事もせずにプラプラと、挙句の果てに女房に手を挙げて………………  そんなバカ亭主を持った女が駆け込む先が、縁切寺 ―― 満徳寺。  寺役人たちは、夫婦の揉め事の仲裁に今日も大忙し。  そこに、他人の揉め事にかかわるのが大嫌いな立木惣太郎が寺役人として赴任することに。  はじめは、男と女のいざこざにうんざりしていたが……………… 若き侍の成長と、男と女たちの痴情を描く、感動の時代小説!!

法隆寺燃ゆ

hiro75
歴史・時代
奴婢として、一生平凡に暮らしていくのだと思っていた………………上宮王家の奴婢として生まれた弟成だったが、時代がそれを許さなかった。上宮王家の滅亡、乙巳の変、白村江の戦………………推古天皇、山背大兄皇子、蘇我入鹿、中臣鎌足、中大兄皇子、大海人皇子、皇極天皇、孝徳天皇、有間皇子………………為政者たちの権力争いに巻き込まれていくのだが……………… 正史の裏に隠れた奴婢たちの悲哀、そして権力者たちの愛憎劇、飛鳥を舞台にした大河小説がいまはじまる!!

【1分間物語】戦国武将

hyouketu
歴史・時代
この物語は、各武将の名言に基づき、彼らの人生哲学と家臣たちとの絆を描いています。

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

仏の顔

akira
歴史・時代
江戸時代 宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話 唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る 幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

晩夏の蝉

紫乃森統子
歴史・時代
当たり前の日々が崩れた、その日があった──。 まだほんの14歳の少年たちの日常を変えたのは、戊辰の戦火であった。 後に二本松少年隊と呼ばれた二本松藩の幼年兵、堀良輔と成田才次郎、木村丈太郎の三人の終着点。 ※本作品は昭和16年発行の「二本松少年隊秘話」を主な参考にした史実ベースの創作作品です。  

トノサマニンジャ 外伝 『剣客 原口源左衛門』

原口源太郎
歴史・時代
御前試合で相手の腕を折った山本道場の師範代原口源左衛門は、浪人の身となり仕官の道を探して美濃の地へ流れてきた。資金は尽き、その地で仕官できなければ刀を捨てる覚悟であった。そこで源左衛門は不思議な感覚に出会う。影風流の使い手である源左衛門は人の気配に敏感であったが、近くに誰かがいて見られているはずなのに、それが何者なのか全くつかめないのである。そのような感覚は初めてであった。

処理中です...