371 / 378
第五章「生命燃えて」 後編
第39話
しおりを挟む
弟成の話し相手と言っても、別段することもない。
食事や衣服のほうは寺の小僧が仕度をするので、八重女はたまに来て、傍に座っておしゃべりに興じるだけ……そのおしゃべりも、八重女の一方的な昔話で終わる。
出会ったころのことや、一緒に遊んだこと、友だちのこと、三成のこと、そして大伴氏から逃げ帰ったときのこと。
「覚えている、弟成? あのとき、あなた、私を助けようとしてくれたのよ」
馬に乗った兵士に、弟成が棒切れで殴りかかったのを、この前のように覚えている。
結局は、その兵士に組み伏せられてしまったが。
八重女は、弟成の反応を期待するが、彼は目も合わすことなく、只管仏像を彫り続けている。
たまにその手をとり、自分の身体に触れさせたい衝動を覚える。
仏像という温かみのない物体ではなく、生身の女の身体の温かさを。
だが、聞師にあまり刺激を与えないようにと言われているので、じっと我慢している。
もどかしい………………
こんな状態、いつまで続くのだろうか?
聞師は、『人の心をなくすような情景を見てきたのでしょう、あの戦で。ですから、できるだけ静かに、自然と心が戻るようにしてあげてくださいませんか?』と頼まれている。
自分も、人の心を捨て、傀儡になろうと何度も思ってきた。
そのような状況に何度も追いやられたし、実際何度も試みたが、本当に心をなくすことなどできなかった。
弟成は、あの戦で、どれほど悲惨な目にあったというのか?
―― 憎い!
弟成をこんな目に合わせた戦が憎い!
あの戦に連れて行った連中が憎い!
なにより、弟成の心を癒せない自分が憎かった………………
八重女は、いまにも溢れ出そうな涙をぐっと堪え、格子窓から外を見た。
すでに、日は赤みを帯び、西に傾いている。
「もうこんな……、そろそろ帰らなくては……、弟成、また来ますので、そのときは……」
彼女は、弟成に触れたい気持ちを我慢して、寺を後にした。
食事や衣服のほうは寺の小僧が仕度をするので、八重女はたまに来て、傍に座っておしゃべりに興じるだけ……そのおしゃべりも、八重女の一方的な昔話で終わる。
出会ったころのことや、一緒に遊んだこと、友だちのこと、三成のこと、そして大伴氏から逃げ帰ったときのこと。
「覚えている、弟成? あのとき、あなた、私を助けようとしてくれたのよ」
馬に乗った兵士に、弟成が棒切れで殴りかかったのを、この前のように覚えている。
結局は、その兵士に組み伏せられてしまったが。
八重女は、弟成の反応を期待するが、彼は目も合わすことなく、只管仏像を彫り続けている。
たまにその手をとり、自分の身体に触れさせたい衝動を覚える。
仏像という温かみのない物体ではなく、生身の女の身体の温かさを。
だが、聞師にあまり刺激を与えないようにと言われているので、じっと我慢している。
もどかしい………………
こんな状態、いつまで続くのだろうか?
聞師は、『人の心をなくすような情景を見てきたのでしょう、あの戦で。ですから、できるだけ静かに、自然と心が戻るようにしてあげてくださいませんか?』と頼まれている。
自分も、人の心を捨て、傀儡になろうと何度も思ってきた。
そのような状況に何度も追いやられたし、実際何度も試みたが、本当に心をなくすことなどできなかった。
弟成は、あの戦で、どれほど悲惨な目にあったというのか?
―― 憎い!
弟成をこんな目に合わせた戦が憎い!
あの戦に連れて行った連中が憎い!
なにより、弟成の心を癒せない自分が憎かった………………
八重女は、いまにも溢れ出そうな涙をぐっと堪え、格子窓から外を見た。
すでに、日は赤みを帯び、西に傾いている。
「もうこんな……、そろそろ帰らなくては……、弟成、また来ますので、そのときは……」
彼女は、弟成に触れたい気持ちを我慢して、寺を後にした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
信濃の大空
ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。
そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。
この小説はそんな妄想を書き綴ったものです!
前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!
三國志 on 世説新語
ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」?
確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。
それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします!
※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる