282 / 378
第五章「生命燃えて」 前編
第7話
しおりを挟む
「でも、なぜ私が?」
「冠位の改正は、当事者の思惑を排除するため、今回の一件に関わっていなかった人間がやるべきです。それに、そろそろあなたも、こういった仕事のひとつや二つはすべきよ。遊び呆けていないで」
「いやあ、別に遊び呆けているわけではないのですが……」
「それに、前に言っていたでしょう。男として生まれたら、一度は大八州国を治めてみたいと」
「いや、羨ましいとは言いましたが、治めたいとは言ってないと思いますが……」
「兎も角、是非にともあなたにやってもらいたいのです。いいですね」
大海人皇子に、否の言葉はないようだ。
「分かりました。何とかやってみましょう。ただ、なにぶん初めてのことですから、少々時間がかかりますが、それでも宜しいですか?」
「できる限り、早急にお願いします」
大海人皇子は深いため息をつき、やれやれといった表情で大殿を後にした。
間人大王は、どうしても大海人皇子を政界の真っ只中に引き込みたいと思っていた。
と言うのも、彼女は、彼を次の大王候補と考えていたのだ。
今回の百済支援の失敗で、もしかしたら間人大王は責任を取らされて、母と同じ様に生前退位させられるかもしれない。
そうなれば、中大兄が大王になる可能性も出てくる。
縦しんば群臣の反対にあっても、対抗馬がいなければ、中大兄が力尽で……ということも考えられる。
しかし、現時点で対抗馬となりうる人材は、大海人皇子しかいない。
であらば、彼を大王として相応しい人間に育てる必要がある。
大海人皇子は、その性格から人望も厚く、群臣の中には中大兄の対抗馬として注目している者も多い。
一方、執政能力を疑問視する声も少なくはない。
だからこそ、ここで大海人皇子に冠位改正の仕事をさせて、宮廷内での地位を確固たるものにしておきたいのだ。
それが、有間皇子を死に追いやった中大兄を絶対に大王にさせないという、彼女の強い信念であった。
間人大王は、顳顬に手を添えた ―― 少し、頭が痛い ―― 休んだ方が良いかしら?
彼女は、椅子に凭れて天を仰ぐ。
天井の木目が、彼女を見下ろしている。
「冠位の改正は、当事者の思惑を排除するため、今回の一件に関わっていなかった人間がやるべきです。それに、そろそろあなたも、こういった仕事のひとつや二つはすべきよ。遊び呆けていないで」
「いやあ、別に遊び呆けているわけではないのですが……」
「それに、前に言っていたでしょう。男として生まれたら、一度は大八州国を治めてみたいと」
「いや、羨ましいとは言いましたが、治めたいとは言ってないと思いますが……」
「兎も角、是非にともあなたにやってもらいたいのです。いいですね」
大海人皇子に、否の言葉はないようだ。
「分かりました。何とかやってみましょう。ただ、なにぶん初めてのことですから、少々時間がかかりますが、それでも宜しいですか?」
「できる限り、早急にお願いします」
大海人皇子は深いため息をつき、やれやれといった表情で大殿を後にした。
間人大王は、どうしても大海人皇子を政界の真っ只中に引き込みたいと思っていた。
と言うのも、彼女は、彼を次の大王候補と考えていたのだ。
今回の百済支援の失敗で、もしかしたら間人大王は責任を取らされて、母と同じ様に生前退位させられるかもしれない。
そうなれば、中大兄が大王になる可能性も出てくる。
縦しんば群臣の反対にあっても、対抗馬がいなければ、中大兄が力尽で……ということも考えられる。
しかし、現時点で対抗馬となりうる人材は、大海人皇子しかいない。
であらば、彼を大王として相応しい人間に育てる必要がある。
大海人皇子は、その性格から人望も厚く、群臣の中には中大兄の対抗馬として注目している者も多い。
一方、執政能力を疑問視する声も少なくはない。
だからこそ、ここで大海人皇子に冠位改正の仕事をさせて、宮廷内での地位を確固たるものにしておきたいのだ。
それが、有間皇子を死に追いやった中大兄を絶対に大王にさせないという、彼女の強い信念であった。
間人大王は、顳顬に手を添えた ―― 少し、頭が痛い ―― 休んだ方が良いかしら?
彼女は、椅子に凭れて天を仰ぐ。
天井の木目が、彼女を見下ろしている。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
信濃の大空
ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。
そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。
この小説はそんな妄想を書き綴ったものです!
前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!
三國志 on 世説新語
ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」?
確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。
それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします!
※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる