法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
235 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 中編

第16話

しおりを挟む
 豊璋王の捜索部隊が、すぐさま組織された。

「しかし、前代未聞ですな、総大将が敵前逃亡とは」

 物部熊は、門を出て行く捜索隊を眺めながら呟いた。

 彼の後ろでは、護衛軍将軍の狭井檳榔と朴市秦田来津が、百枝から叱責を受けている。

「何をやっているのだ! お前たちは王の護衛ではないのか! いままで、何をやっていたのだ!」

「はっ、申し訳ございません」

 檳榔と田来津は、畏まった。

「そこで二人を責めても始まらんだろう。狭井将軍、秦将軍、すぐさま王を連れ戻して来るように、宜しいな?」

 比羅夫は、背を向けたまま二人に言った。

「はっ!」

 二人は、急ぎ門を出ようとする。

 それを、また比羅夫は引き止めた。

「見つからなければ当然だが、見つかっても、それなりの処分は覚悟しておくように」

 二人はその言葉を聞くと、頭は下げ、門を出て行った。

 比羅夫は、深いため息をついた。

 三日三晩探し続けたが、豊璋王の一行は見つからず、十七日には唐・新羅軍に城を囲まれたので、捜索は打ち切りとなった。

 唐・新羅軍に周留城を取り囲まれたその夜は、鮮やかな満月であった。

 田来津は、夕刻より夜陰に紛れて豊璋王の捜索に当たったが、成果はなかった。

 彼が城に戻った頃には、月が僅かに西に傾き始めていた。

 そのまま疲れ切った体を無理やり寝床に押し込もうとしたが、逆に頭が冴えて眠れない。

 仕方なく、彼は風に当たろうと外に出た。

 何処からともなく歌声が聞こえてくる。

 それは、彼の耳に懐かしい倭歌である。

 その歌声のする方へと足を進める。

 女性の声のようだ ―― 優しいが、どこか悲しみを含んでいる。

 彼は、城の南の岩場の一本松の下に、ひとり佇む女の姿を認めた。

「安孫子?」

 思わず声に出していた。

 その声に気付いた女性は、振り返った。

 豊璋王の倭人妻、安媛である。

 彼は、しばらくの間彼女の中に安孫子の姿を見た。

 しかし、妻がそこにいるはずはなかった………………
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

信濃の大空

ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。 そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。 この小説はそんな妄想を書き綴ったものです! 前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!

三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」? 確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。 それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします! ※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。

処理中です...