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第四章「白村江は朱に染まる」 前編
第11話
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斉明天皇の治世六(六六〇)年九月五日、百済から逃れて来た百済の臣下と沙弥覚従によって、百済の国難が奏上された。
「百済が滅びた経緯は分かりました。それで、覚従殿、残された群臣は如何しているのです?」
宝大王は、覚従に訊いた。
「はい、群臣の方々、悉く兵を上げ、唐・新羅軍に抵抗しております。特に、西部恩率鬼室福信殿は任射岐山に、達率余自進殿は中部久麻怒利城に立て籠もり、離散した兵も続々と集結して来ております。武器も、先の戦さで尽きましたが、棓を持って戦い、唐・新羅軍から新たに武器を奪いました。いまは、福信殿らは、百済国民とともに王城を守っています。国民も、『佐平福信、佐平自進』と呼んで尊敬しております。これも偏に、福信殿の神武の力によるところが大きく、滅びた国を興すことができたのでございます」
これを聞いた宝大王は、すぐさま群臣を集め、百済の国難に如何対応すべきか下問させた。
「古来より、百済は我が国とは兄と弟の関係。弟が窮地に立たされている時に、これに手を貸さない兄がいましょうか? いますぐ援軍を組織し、福信を助け、百済を復興させるべきです」
これは、中大兄の意見であった。
これに対し、中臣鎌子は、
「しばらく! 確かに百済と我が国は深い関係にありますが、百済からの正式な救援要請はまだないわけですし、鬼室殿も奮戦中ですので、いましばらく様子を見るのが妥当かと思いますが」
と、百済救援に対し、婉曲に反対した。
「奮戦しているいまだからこそ、救援を送るのだ。福信が敗れた後に救援を送ったところで、後の祭りだぞ」
「百済復興の援軍となれば、大規模な兵を送らなければならないでしょう。しかも、唐・新羅軍を相手にするのならば、それ相当の覚悟が必要になります。幾万の我が国の民の命を賭けるほどの、価値がありましょうか?」
それは、鎌子を中心とする難波派と、中大兄を中心とする飛鳥派の対立であった。
「確かに、内臣殿の言われるとおり、唐・新羅軍を相手にするからには、それだけの損害は覚悟しなければならないでしょう。しかし、百済が滅びれば、我が国は半島への影響力を失います。この方が、我が国にとっての損害が大きいのではないでしょうか?」
と、中大兄を支持したのは蘇我赤兄であった。
その後も、援軍派遣支持と派遣反対で双方の意見が出されたが、折り合いが付かず、最終的に鎌子の、
「百済からの正式な救援要請があるまでは、詳細な情報収集にあたるべきでしょう」
との意見を宝大王が採用して、その場は解散となった。
十月に入り、福信は、佐平貴智を派遣し、正式な援軍要請と、倭国に人質として派遣した余豊璋王子の送還を求めた。
これに対し宝大王は、鎌子の言を採用して、形ばかりの援軍を豊璋王子の護衛に付けて派遣することに決める。
しかし名ばかりの援軍であるが、百済や国内の渡来人の手前もある。
全く役に立たない援軍を送っても、飛鳥の政治能力が疑われ、渡来人が離反しかねない。
名目だけだが、百済や国内の渡来人を納得させるような人材が必要だ ―― そのため、倭国と渡来人を代表する二名の将軍の名前が必要となる。
と同時に、飛鳥派と難波派の息が掛かった人材が必要であった。
中大兄は、倭国の代表として狭井檳榔を推挙した。
彼の一族は、物部氏の傍系であり、彼自身、優秀な武人である。
そして渡来人の代表として、鎌子は朴市秦田来津を推挙したのである。
鎌子は、数十年前の正義感に燃える田来津を思い出し、彼ならば持ち前の正義感で、名目上の援軍の将軍という難しい役柄を演技なくこなしてくれるだろう、そうすれば援軍は一応の形がつくと考えたのである。
この意見は大王に聞き入れられ、檳榔と田来津が、豊璋王子の護衛兼援軍の将軍として選ばれたのであった。
「百済が滅びた経緯は分かりました。それで、覚従殿、残された群臣は如何しているのです?」
宝大王は、覚従に訊いた。
「はい、群臣の方々、悉く兵を上げ、唐・新羅軍に抵抗しております。特に、西部恩率鬼室福信殿は任射岐山に、達率余自進殿は中部久麻怒利城に立て籠もり、離散した兵も続々と集結して来ております。武器も、先の戦さで尽きましたが、棓を持って戦い、唐・新羅軍から新たに武器を奪いました。いまは、福信殿らは、百済国民とともに王城を守っています。国民も、『佐平福信、佐平自進』と呼んで尊敬しております。これも偏に、福信殿の神武の力によるところが大きく、滅びた国を興すことができたのでございます」
これを聞いた宝大王は、すぐさま群臣を集め、百済の国難に如何対応すべきか下問させた。
「古来より、百済は我が国とは兄と弟の関係。弟が窮地に立たされている時に、これに手を貸さない兄がいましょうか? いますぐ援軍を組織し、福信を助け、百済を復興させるべきです」
これは、中大兄の意見であった。
これに対し、中臣鎌子は、
「しばらく! 確かに百済と我が国は深い関係にありますが、百済からの正式な救援要請はまだないわけですし、鬼室殿も奮戦中ですので、いましばらく様子を見るのが妥当かと思いますが」
と、百済救援に対し、婉曲に反対した。
「奮戦しているいまだからこそ、救援を送るのだ。福信が敗れた後に救援を送ったところで、後の祭りだぞ」
「百済復興の援軍となれば、大規模な兵を送らなければならないでしょう。しかも、唐・新羅軍を相手にするのならば、それ相当の覚悟が必要になります。幾万の我が国の民の命を賭けるほどの、価値がありましょうか?」
それは、鎌子を中心とする難波派と、中大兄を中心とする飛鳥派の対立であった。
「確かに、内臣殿の言われるとおり、唐・新羅軍を相手にするからには、それだけの損害は覚悟しなければならないでしょう。しかし、百済が滅びれば、我が国は半島への影響力を失います。この方が、我が国にとっての損害が大きいのではないでしょうか?」
と、中大兄を支持したのは蘇我赤兄であった。
その後も、援軍派遣支持と派遣反対で双方の意見が出されたが、折り合いが付かず、最終的に鎌子の、
「百済からの正式な救援要請があるまでは、詳細な情報収集にあたるべきでしょう」
との意見を宝大王が採用して、その場は解散となった。
十月に入り、福信は、佐平貴智を派遣し、正式な援軍要請と、倭国に人質として派遣した余豊璋王子の送還を求めた。
これに対し宝大王は、鎌子の言を採用して、形ばかりの援軍を豊璋王子の護衛に付けて派遣することに決める。
しかし名ばかりの援軍であるが、百済や国内の渡来人の手前もある。
全く役に立たない援軍を送っても、飛鳥の政治能力が疑われ、渡来人が離反しかねない。
名目だけだが、百済や国内の渡来人を納得させるような人材が必要だ ―― そのため、倭国と渡来人を代表する二名の将軍の名前が必要となる。
と同時に、飛鳥派と難波派の息が掛かった人材が必要であった。
中大兄は、倭国の代表として狭井檳榔を推挙した。
彼の一族は、物部氏の傍系であり、彼自身、優秀な武人である。
そして渡来人の代表として、鎌子は朴市秦田来津を推挙したのである。
鎌子は、数十年前の正義感に燃える田来津を思い出し、彼ならば持ち前の正義感で、名目上の援軍の将軍という難しい役柄を演技なくこなしてくれるだろう、そうすれば援軍は一応の形がつくと考えたのである。
この意見は大王に聞き入れられ、檳榔と田来津が、豊璋王子の護衛兼援軍の将軍として選ばれたのであった。
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