法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
201 / 378
第四章「白村江は朱に染まる」 前編

第6話

しおりを挟む
 安孫子郎女は、夫が朴市に帰った理由を知らないし、別に知りたいとも思わなかった。

 突然、故郷に帰ろうと言われた時は驚いたが、彼女にとって高飛車な飛鳥の貴女たちの中で生活するよりも、腹を割って何でも話し合える友達のいる、故郷の方が生活しやすかったので、むしろ嬉しかった。

 故郷に帰った田来津は、父の後について朴市内を駆けずり回った。

 父の口癖は、『領民のため』である。

 彼は、領民のために近江沿岸を干拓し、山地を開墾した。

 山城の秦一族から良い蚕を貰い受けて養蚕にも励んだし、工人を連れて来て鋳物作りにも励んだ。

 時には領民の先頭に立ち、開墾に汗を流し、氾濫する川に土嚢を積み上げたりもした。

 田来津にとって、父は憧れであり、いつかは越えたい目標でもあった。

 その目標の父も、田来津が故郷に帰って二年後に亡くなってしまった。

 その後は、父の後を継いで、毎日のように駆けずり回った。

 全ては、領民のためである。

 だが、田来津には、そこに満たされぬ想いがあることにも気付いていた。

 彼には、それが何だかわからない。

 ―― 弱き者のために………………

    領民のために………………

 父の言葉に、間違いはないはずだ。

 なのに、この満たされぬ想いはなんだろうか?

 彼のそんな想いに、妻の安孫子郎女も気付いていたが、それを敢えては訊かなかった。

 もしそれを訊くと、彼が彼女の前からいなくなってしまうのではないかと感じたからだ。

 だが、なぜ彼がいなくなるのかも、彼女には分からなかったが………………
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末、最終章? Open the hurt.

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

遺恨

りゅ・りくらむ
歴史・時代
内大相ゲンラム・タクラ・ルコンと東方元帥チム・ゲルシク・シュテン。 戦友であるふたりの間には、ルコンの親友である摂政ナナム・マシャン・ドムパ・キェの存在がいまだ影を落としていた。隣国唐で勃発した僕固懐恩の乱をめぐるルコンの対応に不信感を抱いたゲルシクの内で、その遺恨が蘇る。 『京師陥落~ ཀེང་ཤྀ་ཕབ།』で長安を陥落させた吐蕃最強バディのケンカは、ツェンポ・ティソン・デツェンとナナム・ゲルニェン・ニャムサン、そして敵将呂日将まで巻き込む騒動に発展して……。 と書くほどの大きなお話ではありません😅 軽く読んでいただければー。 ボェの国の行政機構などについて今回は文中で説明していませんので、他の作品を読んでいない方は本編前の説明をぜひご覧ください。 (わからなくても読めると思います。多分)

白物語

月並
歴史・時代
“白鬼(しろおに)”と呼ばれているその少女は、とある色街で身を売り暮らしていた。そんな彼女の前に、鬼が現れる。鬼は“白鬼”の魂をもらう代わりに、“白鬼”が満足するまで僕(しもべ)になると約束する。シャラと名を変えた少女は、鬼と一緒に「満足のいく人生」を目指す。 ※pixivに載せていたものを、リメイクして投稿しております。 ※2023.5.22 第二章に出てくる「ウツギ」を「カスミ」に修正しました。それにあわせて、第二章の三のサブタイトルも修正しております。

うつしよの波 ~波およぎ兼光異伝~

春疾風
歴史・時代
【2018/5/29完結】 これは、少年と共に天下分け目を斬り拓いた刀の物語。 豊臣秀次に愛された刀・波およぎ兼光。 血塗られた運命を経て、刀は秀次を兄と慕う少年・小早川秀秋の元へ。 名だたる数多の名刀と共に紡がれる関ヶ原の戦いが今、始まる。   ・pixivにも掲載中です(文体など一部改稿しています)https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9864870 ・本作は史実を元にしたフィクションです。IF展開・恋愛描写はありません。  ・呼称は分かりやすさ優先で基本的に名前呼びにしています。  ・武将の悪役化なし、下げ描写なしを心がけています。当初秀吉が黒い感じですが、第七話でフォローしています。  ・波およぎ兼光は秀次→秀吉→秀秋と伝来した説を採用しています。 pixiv版をベースに加筆・修正・挿絵追加した文庫版もあります。 https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=74986705

処理中です...