法隆寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
125 / 378
第二章「槻の木の下で」 後編

第16話(了)

しおりを挟む
 弟成と黒万呂は、罰として大杉の下に括り付けられていた。

 あの後、雑物の従者たちから散々に痛めつけられ、体中は痣だらけだ。

「なあ、お前も八重女のことが好きやったんか?」

 黒万呂は、鉄の味がする唾を吐き出しながら訊いた。

「別に」

「ほな、なんであいつに飛びかかったんや?」

「別に……」

「別にってなあ……お前」

「黒万呂は何でや? 何で、あないなことしたんや?」

 体の節々が痛い。

「俺は、八重女が好きやからな。好きな女のためなら、命も要らん………………なんてな。それよりも腹減ったな」

 黒万呂の腹が鳴った。

 弟成の腹も鳴った。

 二人は可笑しかった。

 体中痛いのに、腹はしっかりと減っていた。

「何が可笑しいの? こんなところに縛りつけられて」

 その声は、稲女であった。

「はい、これ」

 彼女は、大きな握り飯を取りだした。

「おお、ちょうど腹減ってたところや。稲女、はやくくれ」

「黒万呂、くれって言っても、その格好や食べられへんでしょ。うちが、食べさせてあげるから」

 稲女は、握り飯を少し取ると、黒万呂の口に運んだ。

 美味かった。

 稲女は、弟成の口元にも運んだ。

 しかし、彼は食べなかった。

「それ、稲女が?」

「うちも手伝ったけど、黒女小母さんと三島女小母さんが殆ど作ったねん。二人とも、泣きながら作っとったんやで」

「そうか、母ちゃんが……」

 黒万呂は、それを聞いて初めてしょんぼりとした。

「弟成、食べへんの?」

「俺はええ、いま、腹減ってないし」

 嘘である。

 死ぬほど減っている。

 でも、この飯は食えない。

 雪女と家族を守ると約束したのに、その家族に迷惑を掛けていた。

 それなのに、家族は弟成の心配をしている。

 彼は、その飯を勇んで食べることはできなかった。

「あっ、誰か来るみたいやから、うち行くね。これ、ここ置いとくから」

 稲女は、握り飯を木の下に置くと、急いで帰って行った。

「あいつ、こんなところに置いて行っても食えんがな」

 黒万呂は、稲女の背中に言った。

 その稲女と反対の方向から近づいてくる人影がいた。

 入師と数人の僧侶である。

 入師は、弟成の顔を覗き込んだ。

 弟成は、なぜか彼の顔を見ることができなかった。

「お前が、あんなことをするとは思わなかったわい。なぜ、あんなことをしたのじゃ?」

「……あ、あいつが、兄ちゃんを殺したから……」

 素直に言った。

 黒万呂は驚いた ―― 『あいつだ!』と言う言葉には、そういった意味があったのかと………………

「縄を……、解いてやりなさい」

「しかし、入師様、そんなことをすれば、寺法頭が……」

「寺主は私です。さあ、早く」

 僧侶たちは、弟成と黒万呂の縄を解いた。

「弟成、付いて来なさい。そっちの子も来なさい」

 二人は、入師の後に連れ立った。

 入師は、金堂に二人を通した。

 金堂には明かりが入れられていた。

 お釈迦様は、何時もより輝いていた。

「弟成よ、それがお前の正しい道か?」

 入師は、弟成を見た。

 弟成は、それに答えなかった。

「兄の復讐をすることが、お前の正しい道か?」

 入師は、なお尋ねた。

 弟成は、返事をしない。

 黒万呂は、弟成を見つめていた。

「弟成よ、兄を殺められたこと、さぞかし辛かったであろう。さぞかし悔しかったであろう。だが、お前の兄上は、お前に復讐を望んでいようか? 復讐のために、お前に正しい道を教えたのであろうか?」

 弟成は、お釈迦様を見上げた。

「弟成よ、お前は、道を踏み外してはおらぬか? 兄の言葉を裏切ってはいないか? もう一度、自分の足下を良く見つめてみろ」

 お釈迦様を見続ける。

 お釈迦様の顔に、三成の顔が重なって見えた。

 その顔は、寂しそうに見えた。

 (第二章 後編 了)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

龍馬暗殺の夜

よん
歴史・時代
慶応三年十一月十五日。 坂本龍馬が何者かに暗殺されるその日、彼は何者かによって暗殺されなかった。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

新視点、賤ヶ岳の戦い

いずもカリーシ
歴史・時代
日本史上有名な賤ヶ岳の戦いを、羽柴秀吉側で参加した堀秀政(ほりひでまさ)、柴田勝家側で参加した佐久間盛政(さくまもりまさ)の視点で描きます。 この戦いは勝家軍の敗北に終わり、秀吉の天下人を確定させたことで有名です。 定説では、佐久間盛政が勝家軍の迂回部隊を率いいくつか秀吉軍の砦を攻略したものの、勝家の命令を無視して留まり続けたことが敗因となっています。 果たして本当にそうなのでしょうか? ①秀吉軍、勝家軍の目的は何か? ②どうなれば秀吉の勝ち、勝家の負けなのか? ③どうなれば勝家の勝ち、秀吉の負けなのか? ④勝家軍はなぜ正面攻撃でなく迂回攻撃をしたのか? ⑤迂回攻撃するとして、なぜ参加したのが勝家軍の一部なのか? なぜ全軍で攻撃しなかったのか? こういった疑問を解かない限り、戦いの真実は見えません。 ここでは定説を覆す、真の敗因を明らかにしたいと思います。 AIやテクノロジーの発展で、人の生活は改善し、歴史においても新しい事実が次々と分かってきています。 しかし、人は目的を持って生き、動くものです。 AIやテクノロジーは過去と今の事実を教えてはくれますが、それは目的を見付けるための手段に過ぎません。 過去の人が何の目的を持って生き、今の人が何を目的に生きればいいのか? それは、人が考え、見付けなければならないのです。 戦いは、人と人がするものです。 実際の戦いはなくても、信念のために、未来のために、あるいはビジネスのために戦うこともあるでしょう。 過去の人が、何を目的に、何を考え、どう戦ったのか、事実が分かったとしても真実が見えるわけではないように…… もしかすると歴史の真実は、 よく考え、生きる目的を見付け、そのために戦おうとするとき、初めて見えてくるものなのかもしれません。 他、いずもカリーシの名前で投稿しています。

処理中です...