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第二章「槻の木の下で」 後編
第8話
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どうやら、水場は先約ありのようだ ―― 二人の女の子がいるようだ。
弟成は、静かに近づく。
特に、そうしなければならない必要性はどこにもないのに、なぜか彼はそうしなければと感じていた。
水場が見えるところまで近づくと、草むらの間からその様子を窺った。
女の子二人が、水浴びをしていた。
ひとりが八重女で、もうひとりが八重女の友達の稲女だと。
二人は露な姿で、水に浸した布を首筋にあってがったり、脇の下を拭いたりしている。
「気持ちええね」
「ほんまやね」
八重女たちの声が、微かに聞こえてくる。
弟成には、彼女たちの背中しか見えていなかったが、それでも変な気分だ。
彼女たちが岩間から沸き落ちる水に布を浸す時や、その布を絞る時に見える、小さな前のふくらみに、彼は見てはいけないものを見てしまったような気持ちと、もっとよく見たいという複雑な気持ちが自分の中に入り乱れているのに気付いた。
女の子のあられもない姿を見るのはこれが初めてではなかったが、こんな変な気分になったのは初めてであった。
八重女と稲女は、まだ弟成に気付いていないようだ。
弟成は迷っていた。
彼女たちが水場を出て行くまで、このまま隠れて見ているか?
それとも彼女たちの前に出て行って、当初の目的を達成するか?
別段、いま出て行っても問題はなさそうである。
だが彼の足は、なぜかその場に踏み止まっていた。
水は、岩間から静かに流れ出している。
流れ落ちた水は地面に小さな窪みを作っている。
八重女は、その小さな水溜りに入り、右足を僅かに挙げて、落ちる清水をその足で受け止めた。
彼女の太ももが露わになる。
弟成の緊張が高まる。
手が汗だくだ ―― その汗のせいで、壺が滑り落ちそうになった。
「あっ!」
彼は小さく叫んでしまった。
八重女と稲女は、胸を両手で覆い、声のした方を見た。
「誰?」
弟成の耳に、八重女の声が響いた。
「誰なの?」
弟成は、その声につられるように前に出た。
別に、隠れたままでも良かったのだが、八重女の声には、それを許さないような力があった。
彼は、壺を両手に抱え、彼女たちの前に出た。
稲女は、真赤な顔をして急いで服を着ていた。
八重女は胸を両手で隠したまま、弟成を睨みつけていた。
弟成は、どこに目をやっていいのか分からなかった。
「見てたん?」
八重女が訊いた。
弟成は、彼女の大きな目を見ることはできない。
「別に、見るつもりはなかったけど……」
「そう……」
八重女は服を着た、腰紐を結び直す。
弟成は、まだ突っ立ている。
「でも、弟成で良かった」
服を直し終わった八重女は、彼の顔を覗き込んだ。
その目は、微かに笑っていた。
「行こうか、稲女」
そう言うと八重女は、何事もなかったように弟成の傍を通り過ぎて行った。
その瞬間、彼は記憶のある香りを嗅いだ。
稲女も彼女に続いて、弟成の傍を通った。
その顔は真赤だった。
弟成は、その場に立ち尽くした。
もう、咽喉の渇きは忘れていた。
弟成は、静かに近づく。
特に、そうしなければならない必要性はどこにもないのに、なぜか彼はそうしなければと感じていた。
水場が見えるところまで近づくと、草むらの間からその様子を窺った。
女の子二人が、水浴びをしていた。
ひとりが八重女で、もうひとりが八重女の友達の稲女だと。
二人は露な姿で、水に浸した布を首筋にあってがったり、脇の下を拭いたりしている。
「気持ちええね」
「ほんまやね」
八重女たちの声が、微かに聞こえてくる。
弟成には、彼女たちの背中しか見えていなかったが、それでも変な気分だ。
彼女たちが岩間から沸き落ちる水に布を浸す時や、その布を絞る時に見える、小さな前のふくらみに、彼は見てはいけないものを見てしまったような気持ちと、もっとよく見たいという複雑な気持ちが自分の中に入り乱れているのに気付いた。
女の子のあられもない姿を見るのはこれが初めてではなかったが、こんな変な気分になったのは初めてであった。
八重女と稲女は、まだ弟成に気付いていないようだ。
弟成は迷っていた。
彼女たちが水場を出て行くまで、このまま隠れて見ているか?
それとも彼女たちの前に出て行って、当初の目的を達成するか?
別段、いま出て行っても問題はなさそうである。
だが彼の足は、なぜかその場に踏み止まっていた。
水は、岩間から静かに流れ出している。
流れ落ちた水は地面に小さな窪みを作っている。
八重女は、その小さな水溜りに入り、右足を僅かに挙げて、落ちる清水をその足で受け止めた。
彼女の太ももが露わになる。
弟成の緊張が高まる。
手が汗だくだ ―― その汗のせいで、壺が滑り落ちそうになった。
「あっ!」
彼は小さく叫んでしまった。
八重女と稲女は、胸を両手で覆い、声のした方を見た。
「誰?」
弟成の耳に、八重女の声が響いた。
「誰なの?」
弟成は、その声につられるように前に出た。
別に、隠れたままでも良かったのだが、八重女の声には、それを許さないような力があった。
彼は、壺を両手に抱え、彼女たちの前に出た。
稲女は、真赤な顔をして急いで服を着ていた。
八重女は胸を両手で隠したまま、弟成を睨みつけていた。
弟成は、どこに目をやっていいのか分からなかった。
「見てたん?」
八重女が訊いた。
弟成は、彼女の大きな目を見ることはできない。
「別に、見るつもりはなかったけど……」
「そう……」
八重女は服を着た、腰紐を結び直す。
弟成は、まだ突っ立ている。
「でも、弟成で良かった」
服を直し終わった八重女は、彼の顔を覗き込んだ。
その目は、微かに笑っていた。
「行こうか、稲女」
そう言うと八重女は、何事もなかったように弟成の傍を通り過ぎて行った。
その瞬間、彼は記憶のある香りを嗅いだ。
稲女も彼女に続いて、弟成の傍を通った。
その顔は真赤だった。
弟成は、その場に立ち尽くした。
もう、咽喉の渇きは忘れていた。
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