23 / 378
第一章「宿命の子どもたち」 前編
第22話
しおりを挟む
炎は、まだ三輪文屋の屋敷に達してはいなかった。
弟成は東門から入った。
屋敷には、掛甲に身を固かためた文屋が、妻や女たちに逃げるための指示を出していた。
「弟成、どうしてここにいるのです?」
彼に気が付いたのは、佐倉刀自だった。
「弟成、こんなところで何をしておるんじゃ、早く逃げろ!」
文屋も、驚いた顔で彼を見た。
弟成も、なぜここにいるのか分からなかった。
屋敷が燃えていると分かった時から、自然と走り出していた。
もしかしたら、あの子の無事を確かめたくて走って来たのかもしれない。
しかし、そんな気持ちが理解できるほど弟成は大きくはなかった。
「弟成!」、三成の叫び声がした。
それは、弟を探す血の叫びであった。
「三成か! 弟成はここにおるぞ」
文屋がそれに答えた。
三成が、その声に導かれて東門から入ってきた。
「三輪様……、あっ、弟成、こんなところで何をしておる! 馬鹿たれ! お屋敷に入り込むなんて!」
三成にこっぴどく叱られた。
それを庇うように文屋が、
「弟成は、ワシらが心配で来てくれたのじゃ。それより、二人とも早く逃げろ!」
その時だ!
掛甲に身をかため、手に槍を抱えた兵士たちが、東門からなだれ込んできた。
兵士たちは、文屋たち目掛けて突進してくる。
文屋は、剣を抜き身構える。
弟成は、体が硬直したように動かなかった。
「逃げろ、弟成! 三成!」
文屋が叫んだ瞬間だった ―― 兵士たちが吹っ飛んだ。
弟成は、何が起こったのか分からなかった。
文屋も、己の前で起きたことを理解できずに、呆然としているようだった。
三成は、鬼の形相で荒々しい息をしていた。
よく見ると、庭の真ん中に大人の背丈ぐらいはあろうという大石が、ごろりと転がっていた ―― 屋敷の上がり口に敷いてあった石だ。
信じられないのが、これを三成が投げ飛ばしたようだ。
さらに彼は、屋敷の柱に手を掛けると、いとも簡単に引っこ抜き、まるで枝木のように振り回し出したのである。
これには、屈強の兵士たちも怯んだ。
「な、何をしておる、ひ、怯むな! そいつを叩き潰せ!」
その掛け声とともに、兵士たちと三成の戦いが始まった。
三成は強かった。
あっという間に、10人近くの男を倒してしまった。
「三輪様、早く、いまのうちに!」
「おお!」
文屋は、三成の脅威の力に驚きつつ、彼の言葉に従った。
文屋は弟成を抱きかかえ、妻たちに逃げるように促した。
「弟成は、ワシが連れて行くぞ」
「お願いします!」
と、三成が振り返った瞬間だった。
彼の腕は、馬上の男に、振り回していた柱ごと切り落とされた。
炎よりも真っ赤な血が、雨の如く彼に降りかかる。
噴出した血は、弟成の顔にも降り注いだ。
「兄ちゃん!」
それは声にならなかった。
三成の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「兄ちゃん!」
弟の血の叫びに、三成はいつもの笑顔で応えた。
「三成! おのれ!」
文屋は、弟成を妻に渡すと、男たちに躍り掛かった。
佐倉刀自は弟成をしっかりと抱きかかえ、屋敷の裏手へと走り出した。
弟成は、三成の名を呼び続けた。
斑鳩宮は、炎に包まれた。
弟成は東門から入った。
屋敷には、掛甲に身を固かためた文屋が、妻や女たちに逃げるための指示を出していた。
「弟成、どうしてここにいるのです?」
彼に気が付いたのは、佐倉刀自だった。
「弟成、こんなところで何をしておるんじゃ、早く逃げろ!」
文屋も、驚いた顔で彼を見た。
弟成も、なぜここにいるのか分からなかった。
屋敷が燃えていると分かった時から、自然と走り出していた。
もしかしたら、あの子の無事を確かめたくて走って来たのかもしれない。
しかし、そんな気持ちが理解できるほど弟成は大きくはなかった。
「弟成!」、三成の叫び声がした。
それは、弟を探す血の叫びであった。
「三成か! 弟成はここにおるぞ」
文屋がそれに答えた。
三成が、その声に導かれて東門から入ってきた。
「三輪様……、あっ、弟成、こんなところで何をしておる! 馬鹿たれ! お屋敷に入り込むなんて!」
三成にこっぴどく叱られた。
それを庇うように文屋が、
「弟成は、ワシらが心配で来てくれたのじゃ。それより、二人とも早く逃げろ!」
その時だ!
掛甲に身をかため、手に槍を抱えた兵士たちが、東門からなだれ込んできた。
兵士たちは、文屋たち目掛けて突進してくる。
文屋は、剣を抜き身構える。
弟成は、体が硬直したように動かなかった。
「逃げろ、弟成! 三成!」
文屋が叫んだ瞬間だった ―― 兵士たちが吹っ飛んだ。
弟成は、何が起こったのか分からなかった。
文屋も、己の前で起きたことを理解できずに、呆然としているようだった。
三成は、鬼の形相で荒々しい息をしていた。
よく見ると、庭の真ん中に大人の背丈ぐらいはあろうという大石が、ごろりと転がっていた ―― 屋敷の上がり口に敷いてあった石だ。
信じられないのが、これを三成が投げ飛ばしたようだ。
さらに彼は、屋敷の柱に手を掛けると、いとも簡単に引っこ抜き、まるで枝木のように振り回し出したのである。
これには、屈強の兵士たちも怯んだ。
「な、何をしておる、ひ、怯むな! そいつを叩き潰せ!」
その掛け声とともに、兵士たちと三成の戦いが始まった。
三成は強かった。
あっという間に、10人近くの男を倒してしまった。
「三輪様、早く、いまのうちに!」
「おお!」
文屋は、三成の脅威の力に驚きつつ、彼の言葉に従った。
文屋は弟成を抱きかかえ、妻たちに逃げるように促した。
「弟成は、ワシが連れて行くぞ」
「お願いします!」
と、三成が振り返った瞬間だった。
彼の腕は、馬上の男に、振り回していた柱ごと切り落とされた。
炎よりも真っ赤な血が、雨の如く彼に降りかかる。
噴出した血は、弟成の顔にも降り注いだ。
「兄ちゃん!」
それは声にならなかった。
三成の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「兄ちゃん!」
弟の血の叫びに、三成はいつもの笑顔で応えた。
「三成! おのれ!」
文屋は、弟成を妻に渡すと、男たちに躍り掛かった。
佐倉刀自は弟成をしっかりと抱きかかえ、屋敷の裏手へと走り出した。
弟成は、三成の名を呼び続けた。
斑鳩宮は、炎に包まれた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す
矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。
はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき……
メイドと主の織りなす官能の世界です。
信濃の大空
ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。
そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。
この小説はそんな妄想を書き綴ったものです!
前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!
三國志 on 世説新語
ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」?
確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。
それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします!
※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる